第192話 泣き虫スノウ

『うわぁぁぁぁん!』 


 カーラさんを連れて南の森を抜け、家の近くに来たところでスノウの泣き声が聞こえてきた。

 ティルテュとシェリル様が見てくれているはずなんだけど、どうしたんだろう?


「ちょっと行ってきますね!」


 二人を置いて慌てて家まで駆け出す。


「ただいま!」

「あ、旦那様! ほらスノウ! 旦那様だぞ!」

「スノウー! ほらほらもう泣かないでー!」


 リビングに入ると、ティルテュとミリエル様がスノウをあやしていた。どうやらあの後遊びに来ていたらしい。


 周囲を見てもシェリル様がいない。もしかしたらミリエル様が近づいて来たことで、隠れてしまったのかも。


「っと、今はそれどこじゃないか」


 スノウはあやす二人の声をかき消す勢いで泣き続けており、俺が帰ってきたことにも気付いていなさそうだ。


 近寄り、スノウのことを抱き上げる。


「っ――⁉」

「スノウ、そんなに泣いてどうしたの?」

「ぱぱ?」


 抱き上げられたスノウは、最初呆気に取られた顔をする。


「ただいまスノウ」

「ぱぁぁぁぁぱあああああぁぁぁぁl!」

「うお⁉」


 再び大声で泣きながら首に腕を回し、絶対に離さないという強い意志を見せてくる。

 そのせいで普段は抑えている魔力が溢れ出し、部屋中が一気に冷えてしまった。


「あちゃー、完全に力が暴走しちゃってるねぇ」


 ミリエル様は特に寒さを感じていないらしく、微笑ましそうだ。

 だが寒さに耐性があまりないティルテュはそうはいかない。


「おおおお……! わ、我はしばらく外に出て――」

「――っ⁉ ティルテュちゃんもいないとだめぇぇぇ!」

「うえぇぇ⁉」


 急激な温度差に歯をガタガタと震わせ家から出ようとするが、スノウの叫びに足を止める。


「さ、寒いからちょっと、な?」

「だめ!」

「窓の外から見えるところにいるから!」

「やっ! ここにいるの!」


 なんとか説得しようと声をかけるが、聞く耳持たず。

 完全に駄々っ子になってしまったスノウにティルテュは勝てず、諦めて近くに来る。 


 バンバンと俺の腕を叩いて、ティルテュもここに来て自分を抱きしめろという合図。


「スノウ、ティルテュが困ってるから」

「うー!」


 ぷくーと頬を膨らませ、とてつもなく不機嫌だ。


「きゃー! すっごい可愛いー! ほっぺツンツンしたいよー!」

「多分今それしたら本気で泣くから止めて下さいね!」

「止めろよ! 絶対に止めろよ!」


 そうなったら今度こそティルテュが大変なことになってしまいそうだし。

 しかしここまで我が儘な状態になるのは滅多にないんだけど、どうしたんだろう?


「な、なぁ旦那様……我はどどど、どうしたらぁ……」

「あ! とりあえず外に出よっか!」


 家の中だとこの子の冷気が直で当たってしまうので、急いで外に出る。

 さっきまで気温は温かかったはずが、周囲は冬のような寒さになっていた。


 異常事態に家にいたみんなが出てきたが、駄々っ子状態のスノウを見て状況を理解したようで、さっさと家に戻る。


 天候異常じゃないとわかったからって、みんなあっさりし過ぎだ。

 慣れたというのは良いことだと思うけどね。


「それじゃあ父よ。特に問題なさそうだから私も今日は帰るな」

「あ、はい……」


 とりあえずティルテュが寒くならないようにバーベキューセットに火を着け、みんなで暖を取る。


「スノウー? まだご機嫌斜めなの?」

「うー……」


 腕の中でもぞもぞ動いているが、まだ拗ねてるらしくて顔を上げてくれない。


「駄目かぁ。ねえティルテュ、俺がいない間になにがあったの?」

「最初は機嫌良くに遊んでいたのだがな……レイナも旦那様も帰ってこないうちに置いていかれたと思ったらしく泣き始めたのだ」

「ああー」


 そういえば以前みんながこの島に来たとき、レイナがゼフィールさんを探しに出たことがあった。

 そのときも置いて行かれたスノウは大泣きしてたっけ……。


 ティルテュとシェリル様がいれば大丈夫だと思ってたけど、それだけこの子にとってレイナは特別ってことか。


「怖かった……」


 コアラのようにギュッと抱きつき、ポツリと呟く。


「ごめんね」

「うー……」


 いつもなら背中をポンポンすると機嫌良くなってくれるんだけど、今日は駄目そうだ。


「ままは?」

「えーと……」


 しばらく集中して修業するから家に帰ってこないつもりみたいだ、という説明はもうしている。


 そのときはスノウもちゃんと納得していたはずだ。

 しかし子どもだから、その意味がちゃんとわかっていなかったのだろう。


 どうしたらいいかなぁ……と思っているとミリエル様がちょんちょん、と突いてくる。


「レイナちゃんが頑張ってるところ見れば、安心するんじゃない?」

「出来るんですか?」

「うん。ちょちょいのちょいっと」


 指をクルクル回すと、光の輪っかが浮かび上がり、そこから映像が映し出される。

 あれ? 森に行くって言ってたはずだけど……。


「グラムとギュエス、それに他のやつらもいるな」

「ってことは、いつもの喧嘩のところにいるってこと? それはさすがに危ないんじゃ……」


 と思ったけど、さすがにみんなの喧嘩に混ざるわけではないらしく、少し離れた所で座禅をして目を閉じている。


 そしてレイナの背後にはヴィーさんがいて……。


 ――覗き見するな。


 こちらに向かって魔力を放たれ、ミリエル様が展開していた光の輪っかが消えてしまう。


「あ、消されちゃった。普通なら気付かないやつなんだけなぁ……」

「まま……」

「あ……」


 一瞬だけ見えたレイナがなにをしているのかわからない。

 けど真剣なのは伝わって来て、それはスノウもわかったのだろう。


「まま、まだ会えないの?」

「そうだね。ママはすっごく頑張ってるから、今は邪魔しちゃ駄目だよ。スノウのことを嫌いになったとかじゃないから、もう少し待ってくれる?」

「うぅ……なら、我慢する……」


 寂しそうに呟くと、また俺の身体に顔を押しつけてしまった。

 しばらくすると泣き疲れたのか寝息が聞こえてくる。


「ね、寝たのか……?」

「うん。これで気温も元通りになると思うよ」

「そうか……まったくこやつめ……泣いていると古代龍より龍のようだ」


 ティルテュはそう言うと、すやすやと寝息を立てるスノウの頭を撫でる。


 俺たちで言うところの怪獣みたいだ、って言いたいのかな?

 まあたしかにこの子は最強種の一角だし、もし大陸で暴れたら怪獣映画みたいになっちゃうんだろうけど……。


「しかしこのままだと可哀想だよね」

「うむ。旦那様がいてもいずれまた大泣きしてしまうかもしれんし、なんとか良い方法はないものか」


 このままだとスノウがストレスでとんでもない天変地異を起こしちゃうかもしれないしなぁ。

 かといって、出来ればレイナの修業の邪魔はしたくない。


「それならちょっと環境変えてみるとかどうかな⁉」

「え?」

「世界樹に遊びにおいでよ! そしたらみんなで可愛がってあげるよー!」


 その提案は、たしかにスノウが喜びそうだと思った。


――――――――――――

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