第191話 勇者について
アークが言うには、勇者は一代で一人だけ、というわけではないらしい。
教会が見つけ出した聖女の数だけいるらしく、今代は三人いたそうだ。
「何人いるかはその時代によって変わりますが、魔王の脅威度によって変わるそうです」
「へぇ……三人っていうのは多いの?」
「いえ、むしろ少ないですね。魔王と呼ばれる存在もいますが、特に人間の住む領域を侵すこともなく平和な時代が続いていましたし」
ってことは魔王はいるんだ。
まあヴィーさんの話だと大陸でも脅威となる存在はこの島に送られてくるので、多分そこまで強くもないのだろうけど。
「後にも先にも神を殺した魔王は一人だけで……」
「ヴィーさんだね」
「……はい」
少し言いづらそうにしていたが、本人が言っていたので気にする必要はないだろう。
「この辺りの話はヴィルヘルミナ様の方が詳しいと思いますが、当時は凄まじい数の勇者がいたみたいですよ」
「そういえば引き籠もってるだけなのに、勇者が何度も攻めてきたから殺し続けたって言ってたもんなぁ」
「あはは……普通そんなに勇者に攻められたら、どこかで討ち滅ぼされるはずなんですけどねぇ」
勇者は神の加護を受けているので、その時代の脅威を取り除けるだけの力を得られるはず。
故に平和な時代のアークより遙かに強大な力を持った勇者たちが多かったらしい。
それをすべて返り討ちに出来ると言うことは、神の力すら超えていた証明であり、神殺しが本当に可能だったという証でもある。
「普段は男女をおちょくるだけなのにね」
「やつは信じられんくらい丸くなった」
「あ、ディーネ様は昔のヴィーさんを知ってるんですか?」
「ミリエルほどではないがな。私はこの島で生まれたからそれ以前は知らないが、当時のやつはこの島のやつらですら持て余すほどの力を振るって暴れたものだ」
もっとも、ヴィルヘルミナに限らず他の奴らも血の気が多かったが、と続ける。
「たしかに本気になったヴィーさん、やばかったもんなぁ……」
「そういえばアラタはやつと戦ったのだったな」
「えっ⁉ そうなんですか⁉」
「うん。アークたちが来る少し前にね」
あのときは俺ですら死を覚悟したくらいだから、よく覚えている。
というか俺みたいに頑丈な身体を持ってない人たちがヴィーさんに挑んだって、当時の勇者たちって凄いんだなって感心してしまう。
「いつかアークもヴィーさんに勝てるようになるのかな?」
「無理です無理です!」
「なにを言っているアークよ。私たちが鍛えるからにはそれを目標にしてもらわねば困るぞ」
「えぇぇ⁉ ディーネ様本気で言ってますか⁉」
アークは反応が良いから、つい揶揄ってしまう。
それはディーネ様も同じなのか楽しそうだ。
「と、とりあえずセレスとエリーたちを守れるくらい強くなります!」
「よし、ならばまた特訓だ。どうやらフィーはセティがお気に入りらしいからな。お前が負けないように引き続き鍛えてやろう」
「お、お手柔らかに……」
そう言って離れていった二人を見送り、少し離れたところにいるエディンバラさんを見る。
「あ……」
いつの間にか起きていたらしいカーラさんと会話をしていた。
なぜか膝枕をした状態で。
「……とりあえず様子を見守ろうかな」
なぜあんな状況で話しているのかわからないが、多分カーラさんは俺に見られたくないだろう。
もう見ちゃったけど……まあこれは不可抗力ということで、のんびり森の雰囲気を堪能することにした。
しばらくして、二人がやってくる。
「あ、話は終わりましたか?」
「……」
俺がいたことをようやく思い出したのか、カーラさんは気まずそうだ。
だがそれに反してエディンバラさんはどこか気分が良さそうにしている。
「ああ。どうやら過去の私はかなり野蛮だったらしい」
「それを聞いた割には機嫌が良さそうですね」
「今までのやつらと違って、カーラは忖度なく伝えてくれたからな」
「ああ……なるほど」
マーリンさんにしても、ゼロスさんにしても基本的に良い人たちだ。
だからエディンバラさんの過去を語るときでも、記憶のない彼女が傷つかないようにある程度言葉を選んだり、気を遣いながら話してくれた。
だがカーラさんはそういうことなく、あるがままを伝えてくれたのだろう。
「まったく、本当に記憶を戻して良いものか悩んでしまうくらいだ」
「戻さない方がいいですよー! 今の方が絶対にいいですから止めましょー!」
「まあ、そういうわけにはいかないがな」
どうやらカーラさんは今のエディンバラさんの方がいいらしい。
「そういえば抱きしめて貰ったり、頭を撫でて貰ったりしてましたもんね」
正直、だいぶ甘やかされてるなと思う。
「ちょっとアラタさん? レディーの恥ずかしい過去を掘り下げるなんて紳士としてあるまじき行為ですよ?」
怒られてしまった。
彼女からしたらあまり思い出して欲しくないことらしい。
「それで、記憶は戻りそうですか?」
「……いや、残念だがまったく戻りそうにない」
「そうですか……そしたらセティさんにも聞きに行きます?」
アークと鍛錬をしているセティさんを見ると、彼女は首を横に振る。
「せっかく鍛錬をしているのを邪魔するのも悪い。それに、聞いても同じだろう」
「そうですか……それじゃあ今日のところは一回帰りましょうか」
「ああ。カーラはどうする?」
エディンバラさんが尋ねるとカーラさんは視線をそわそわさせた。
多分今まで、他の七天大魔導の面々を含めて誘われるといった経験があまりなかったのだろう。
ちょっとだけ嬉しそうに、髪の毛を弄りながら照れた顔をする。
「えー……まあ一緒に行ってあげてもいいですけど――」
「一人では怖いだろう? 手を繋いでやろうか?」
「ハ、ハァァァァ⁉ そ、そんな必要ありませんしー! 一人でも帰れますしー!」
「そうか。それなら私たちはもう行くから、死なないように気を付けて帰ってくるんだぞ」
「一緒に行かないとは言ってませんけどー!」
エディンバラさんはカーラさんの強がりに気付いていない様子でスタスタと家に向かってしまう。
――そういえば、エディンバラさんだけは最初からこの島を歩いても大丈夫そうだったっけ。
ゼフィールさんですら、危険を感じて一人では身動き出来なかったはずだが、やはり大陸でも別格だったんだろうなと思う。
そんなことを考えていると、いつの間にか二人とも木々に隠れて見えなくなってしまい……。
「あ……置いてかれた」
そのことに気付いて、慌てて二人を追いかけるのであった。
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