第190話 アークとセティの修行風景

 南の森を進むと、強い魔力のぶつかり合いを感じたので、そちらに向かう。

 アークとセティさんが戦っていて、その様子をディーネ様とフィー様が見守っている様子だ。


「エディンバラとアラタさんじゃないですかー。こんなところでどうしたんですー?」


 そんな二人の様子を、カーラさんが少し離れた岩に座って見ていた。

せっかくだから彼女にも話を聞きたいと思い近づくと、悪い笑みを浮かべてくる。


「もしかしてー……くふふふふ、隠れて逢い引きですかー? レイナに言っちゃおっかなー」

「違いますよ。エディンバラさんが記憶を取り戻したいってことなので、色んな人の話を聞いて回ってるんです」

「え……」


 そう言った瞬間、彼女の顔が引き攣った。

 ギギギ、と錆びたブリキ人形みたいな音を立てながらエディンバラさんを見ると、彼女は頷く。


「そういうことだ。お前たちは昔の私と付き合いが長いと聞いているし、教えて――」

「あーっと! そういえば用事を思い出したので帰らないと――ぐげ!」


 勢いよく岩から立ち上がると、カーラさんは逃げだそうとする。

 しかし飛んできたセティさんの風魔法が後頭部にヒットし、その場に倒れた。


「「……」」


 セティさんたちを見るとちょっと気まずそうにしている。

 どうやら俺たちがいたことすら気付かないくらい熱中していたらしい。


「どうしましょうか?」

「とりあえずこいつは岩に縛っておこう。放っておいたら逃げそうだ」

「それはさすがに可哀想じゃないですかね……」


 どうにも七天大魔導の人たちはカーラさんの扱いが悪い。まあレイナから聞く限り、結構な悪人らしいけど……。


 ――悪人っていうより、不憫な人って印象の方が強いんだよなぁ。


 エディンバラさんも記憶を失っているはずなんだけど、彼女にはなぜか当たりが強い。


「逃げるなら捕まえれば良いだけなので、とりあえず放っておきましょう」

「父がそう言うなら止めておくか」


 その場に座り込むと、カーラさんを自分の膝に乗せて、子どもにするように軽く撫でる。

 再会したときも抱きしめてあげていたが、こういう姿を見ると母性的だなぁ、なんて思ってしまった。


「まったく! ミリエルに爪の垢を煎じて飲せたいわ!」

「フィー様、こんにちは」

「ちゃんと挨拶出来てアラタは偉いわね!」


 俺の頭の上に乗った小さな妖精――風の大精霊フィー様が俺の頭を撫でる。

 これくらいで褒められると、ちょっとくすぐったい気持ちになるな。


「あのー、カーラさんは大丈夫ですか?」

「殺傷能力はない魔法だから大丈夫だろうが、頭に直撃したからな」


 アークとセティさんが近寄ってきて、少し心配そうにカーラさんを見る。

 膝枕の状態で撫でられて、ちょっと幸せそうな寝顔をしていた。


「余裕そうだな」

「あはは……」


 セティさんの言葉に俺もちょっと同じことを思ったので苦笑してしまう。


「あ、セティ! ちゃんと制御しないと駄目でしょ! 風は自由気ままなんだから、ちゃんと見てあげないといけないのよ!」

「ああ……」

「わかったならまた特訓! この島で生きられるようになりたいんでしょ!」


 フィー様はそう言うとセティさんの兜の上に乗り、そのまま奥に歩くよう指示する。


「……アーク、お前は少し休憩しているといい」


 声の大きいフィー様と寡黙なセティさんってどうなんだろうと思ったが、意外と相性が悪くないみたい。


 掌サイズでも大精霊の中でも古株で、実力はこの島でもトップレベル。

 特に風を操るセティ様にからしたら神様のような相手だから素直に従ってるのかな?


 なんにしても、魔法を見て貰う相手としてはこれ以上ない相手だ。


「ふぅ……」

「お疲れ様。最近セティさんと一緒に鍛錬してたんだね」

「はい。今はアラタさんたちに守られていますけど、本当は俺がみんなを守らないといけないですから」

「そっか」


 真面目だな、と思うと同時に凄いなとも思った。

 この島の魔物は大陸とは比べものにならないくらい強いらしいけど、諦めずに強くなろうとする姿は尊敬に値する。


「手応えはどう?」

「それが……」


 俺の質問にアークの顔付きが変わる。

 もしかしてあんまり上手くいってないのだろうか?


「自分でもびっくりするくらい強くなれているんです」

「へぇ。良いことだね」

「はい。まだ皆さんには到底及びませんが、このままいけば一人でも森を探索出来るようになると思います!」


 嬉しそうにそう語り、俺はつられて笑ってしまう。


「そういえばレイナも最初の頃よりずっと強くなったもんなぁ」

「ゼロスさんもですね。セティさんが言うには、元々彼の方が強かったのに、今は足下にも及ばないと……負けたくないから今、俺と一緒に鍛錬してるんですよ」


 レイナとゼロスの二人は、最強種の人たちには敵わないにしても、もう森にいる魔物くらいには勝てるようになっていた。


 特にゼロスなど、今ではティルテュやルナと一緒に森に狩りへ出かけて、誰が一番狩れるか勝負しているくらいだ。


 ――まあ、毎回負けてるみたいだけど。


 島に来た頃は守られているだけだったけど、本当に強くなったなと思う。

 まあまだウサギが出たら逃げないといけないみたいだけど……ウサギどんだけ強いんだろ?


「俺も二人を守れるように、強くならないと……」

「実際、かなり成長が早い。さすが勇者と呼ばれるだけのことはある」

「ディーネ様……ありがとうございます」


 アークたちの鍛錬を見守っていたディーネ様がそう言うなら、本当に成長が早いのだろう。


「そういえば勇者って……昔ヴィーさんを殺そうとしていたんだよね?」

「ヴィルヘルミナ様が魔王だった時代の話ですね。俺もまさか本物が存在しているなんて驚きましたが……そもそも勇者は魔王に戦いを挑む者、という意味です」

「へぇ……倒す者じゃないってことは、勝てなかったから?」

「それは時代によって変わりますね。歴代の聖女が受けた神託に選ばれたのが勇者です。勇者は魔王を倒しに向かい……勝った人もいれば負けた人もいてって感じですね」


 まあ、たとえ神に選ばれた勇者であっても、ヴィーさんに勝てるとは思えないしなぁ。


 エディンバラさんを見ると、引き続きまだ起きていないカーラさんの頭を穏やかに撫でている。


 アークは彼女の過去をほとんど知らないだろうし、セティさんの修業の邪魔は出来ないし……。


「もう少し勇者について聞かせて貰っても良い?」

「もちろんいいですよ」


 勇者というワードに心がくすぐられたから仕方ないよね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る