第189話 ミリエルの洗脳
三人の様子を少し離れた所から見ていたミリエル様も優しげだ。
「良い子たちだよねー」
「そうですね。みんな良い人たちばかりです」
過去の話はこれで終わり、三人はそのまま女子同士で雑談を始めてしまった。
こうなると男の俺は肩身が狭いな、と思っていたらミリエル様がじっとこちらを見上げてくる。
「どうしました?」
「アラタ君、もう大丈夫そうだね」
「えっと……もしかして身体のこと気付いてました?」
「うん。大精霊はみんな気付いてたんじゃないかな」
俺の身体は世界樹やこの島のあらゆるもので出来ていて、だから頑丈なのだが……そのせいでニーズヘッグに噛まれたときに異常が起きていたらしい。
それをヴィーさんが調整してくれて助けてくれたのだ。
「へぇ……あのヴィルヘルミナがねぇ」
「そういえばミリエル様は付き合いが長いんですよね?」
「まだ私が神様と一緒にいたときから殺し合いしてた仲だし、もう一万年くらいは経ってるんじゃないかなぁ」
「い、一万年ですか……」
本当に途方もない時間を生きてるんだなこの人。
大精霊様が一人生まれるまでに千年かかるそうだし、少なくとも七千年は生きてるいのは知ってたけど、もう一つ桁が大きかった。
ということは俺が知ってる七人以外にも、大精霊様っているのか。
「まあこの島って時間の流れが外と比べても曖昧だから、気にしても仕方ないよー」
あははー、と笑うミリエル様は本当に気にしていないらしい。
ヴィーさんや他の長寿の人たちは偶にそんな話をする。
島の時間が動き出したとか、時間の流れが曖昧だからとか、人によって言葉は違うけど多分同じことを言っているのはわかる。
その意味を俺は理解出来ていないけど……本当になにか不味いことが起きているなら言ってくるはずだから、決して悪いことではないのだろう。
「そういえば俺って、この島に来てからどれくらい経ったんだろ……」
「んふふー……一年かもしれないし、五年かもしれないし、もしかしたらずぅぅっと前からいたのかもねぇ」
ニマニマと揶揄うような顔でそんなことを言われると、たしかにずっと前からいたような気がしてきた。
いや、でも多分一年くらいじゃないかな……。多分……本当に?
カレンダーもなく、わざわざ何日経ったかなんて数えてなかった、ってだけじゃない不思議な感覚。
ただ、これが悪いことじゃないのもわかる。
「さっきも言ったけど、気にしなくていいんだー。朝が来たら起きて、太陽が沈んだら寝るの。お昼はみんなでのんびり笑って遊びながら過ごしながら、偶に喧嘩とかもしてね。でもいつか仲直りしたらまた一緒に笑う」
それがこの島の生き方だよ、とミリエル様が微笑む。
たしかにそれは、俺が望んでいた生き方の理想そのものだろう。
「そして子どもが出来たら私がママって呼ばれるように教え込んでー――」
「父よ、なにか洗脳されかかってないか?」
「……はっ⁉」
「もー、せっかく良い感じだったのにー」
エディンバラさんの言葉で不意に我に返ると、ミリエル様がちょっと焦った顔をしていた。
「あの、今のは……?」
「なんでもないよー。ただこの島の楽しい生き方について話してただけだもーん」
「……」
ジーッと見つめると、ミリエル様はだいぶ気まずそうだ。
まあ、この身体は悪意ある攻撃の類を勝手に無効化するし、そんな俺にかかったってことは、悪意はなく本当に素でやっていたんだろうけど……。
「もし俺たちに子どもが出来ても、絶対にママって呼ばせません」
「えー! なんでなんでなんでー! スノウだって呼んでくれないんだから、次の子くらい呼ばせようよー!」
半泣きになりながらだだをこねる子どものように叫んでいるこの人が大精霊だなんて、誰も思わないだろうな。
「うぐぐ……こうなったらレイナちゃんとティルテュちゃんを説得して……」
「多分二人とも駄目って言うと思いますけどね」
「うーうーうー……セレスちゃん!」
「は、はい⁉」
俺が頑として譲らないとわかったのか、ターゲットを変える。
「エリーちゃんも! 二人がアーク君と子ども出来たらママって呼ばせていいよね⁉」
「あ、アークと子ども……」
「私たちが……えっと……もちろんミリエル様が望むなら……」
元々神に仕えるセレスさんはミリエル様に弱い。
エリーさんはなにか妄想をしているのか、顔を真っ赤にしながら幸せそうだ。
多分子どもと一緒にいる将来を想像しているのだろう。俺も偶にするけど。
「父よ、そろそろ私たちは出ようか」
そしてそんな二人を見てもマイペースを崩さないエディンバラさん。
まあこれ以上ここに俺がいても仕方がないか……。
「そうですね。次はどうします?」
「カーラとセティたちを探そうと思う。二人はこれまで聞いてきた話とは別視点で聞けそうだ」
「じゃあ南の森ですね」
アークも一緒にいるらしいけど、どんな関係になってるんだろうか。
そんなことを思いながら、ミリエル様に詰め寄られている二人に軽くお礼を言ってから、家の外に出た。
――――――――――
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