第187話 セレスの勘違い

 ゼロスの話を聞き終えたので、次に行こうと思ったのだが……。


「そういえば俺、今までカーラさんやセティさんとちゃんと話したことないなぁ」

「あの二人はまだこの島に馴染めてないのか?」

「近くに家を建ててるんですけど、他の人たちと交流はあんまりしてないみたいで……どこかには行ってるみたいなんですけどね」


 だからマーリンさんの家から直接伺わず、森にいるゼロスの方を優先したという理由もある。


 さてこの話をどうしようか……と思っているとカーラさんが一人で森の中を歩いているのが見えた。


 なにやらコソコソとしていて、誰にも見つからないように動いているようだ。


「なにしてるんだろ?」

「さてな。とりあえず用事があるようだから、後にしよう」

「そうですね」


 彼女はそのまま南の森に出かけていったので、それを見送る。

 そうなると残りはセティさんになるので、家に向かうが……。


「あれ、いないのかな?」


 ノックをするが出てこないので、出かけているらしい。

 こうなると一旦エディンバランさんの過去を調べる話はストップになっちゃうけど……。


「アラタ様、エディンバラ様、こんにちは」

「あ、セレスさん。こんにちは」


 エディンバラさんとどうしようかと話していると、セレスさんとエリーさんが近づいて来た。


「二人だけって珍しいわね。なにかあったの?」

「実は……」


 隠すようなことではなく、むしろ出来る限り色んな人と話した方がいいかもしれないと思ったので二人にもゼロスと同じような話をする。


「そう……まあ本人が望むなら仕方ないんじゃ――」

「素晴らしいです!」


 エリーさんは若干困惑した言葉を遮るように、セレスさんは瞳を輝かせてエディンバラさんの手を握る。


「娘のように想っている弟子をちゃんと見送るため、辛い過去をも乗り越えて記憶を取り戻したい! まさに聖母のごとし想い! 私は応援します!」

「そうか……そう言ってもらえると助かる」

「聖母って……セレスあんた、港町でこいつにやられたこと覚えてない――」

「もちろん協力もしましょう。私たちが知っているエディンバラさんのことをお話しますので、ぜひ家に来て下さい!」

「お、おお……」


 なにが起きてもほとんど動じない彼女が、テンション上がったセレスさんに圧倒されている。

 中々珍しいものを見た、と思っているとエリーさんが軽く背中を突いてきた。


「ねえアラタさん。セレスが暴走して全然私の話聞いてくれないんだけど……」

「あ、あはは……」


 親友に無視されて、ちょっとショックを受けているらしい。

 そういえばレイナもセレスさんが暴走して色々と追求されたことがあるって言ってたっけ。


 まあこれが彼女の良さでもあるから、と思っているとエリーさんはちょっと心配そうだ。


「本当に大丈夫かな?」

「エディンバラさんの記憶のことですか?」

「うん……この島に来るまで一緒に行動したけど、傍にいるだけで恐怖を感じるくらいヤバいやつだったのは間違いないわよ」


 島で再会したときは、同じ顔をした別人だと思ったくらいだ、とエリーさんは言う。


 彼女の過去を知っている誰に聞いても同じようなことを言われるのだから、記憶を無くす前の彼女は本当に暴君みたいな人だったのだろう。


 でも、レイナもゼフィールさんも言っていた。

 彼女が記憶を無くしたのは、自分の意志だったと。


 だとすれば、彼女は今みたいになりたいという想いがずっとあったんだと思う。

 それなら今から記憶を取り戻したって、きっと平気なはずだ。


「大丈夫ですよ」


 セレスさんに押し込まれて困った顔をしている彼女を見ると、少しおかしくなる。

 たとえ記憶を取り戻しても、今と変わらない生活が出来るはずだ。


「そう……まあいくらあいつでも、この島の中じゃ好き勝手も出来なさそうだしね。あの化物に比べたら――」

「ストォォォップ!」

「むぐ⁉」


 慌ててエリーさんの口を塞ぐ。

 俺の大声に驚いてセレスさんたちもこっちを見ているが、手をどけるわけにはいかなかった。


 彼女の言う化物っていうのがシェリル様のことだからだ。


「エリーさん、良いですか、落ち着いて聞いて下さい」

「んがんんん!」

「レイナが修行に出て行っている間、スノウが寂しがらないようにと……シェリル様が俺たちの家に来ています」

「っ――⁉」

「だから間違ってもあの人のことをこの近くで化物なんて言わないように……」


 コクコク、と頷くので俺はゆっくりと手を離す。

 顔色がだいぶ悪いのは、以前のトラウマがあるからだろう。


「あ、あの!」

「「ん?」」


 急にセレスさんが叫ぶからそちらを見ると、なぜか涙目になっていた。


「エリーとアラタ様が仲良くするのは良いと思います! だけど、その……あまり親しくし過ぎるのは良くないと思います!」

「ちょ! セレスあんたなに想像してんのよ! 私にはその、アークとアンタがいるし!」

「そうですよ! 俺にもレイナとティルテュがいますから! 二人を裏切るようなことは絶対にしませんから!」

「でも、お二人の距離がとても近いです!」


 言われてたしかに、俺たちの距離は近かった。

 だけどそれはシェリル様に聞こえないように小声で話したためだが……。


 ――でも、たとえば他の男がレイナやティルテュとこれくらい顔を近づけたら、嫌だな……。


 改めて自分のしたことがよくなかったと思い、離れると頭を下げる。


「エリーさん、すみませんでした」

「ちょっと、今のは助けてくれたからってわかってるから……ああもう、だけどそうね。こっちもごめんなさい!」


 二人して頭を下げると、セレスさんが首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


 言い訳をしたいという気持ちはあるが、それ以上に自分のしたことを他の人にされたら嫌だった、という気持ちの方が強い。


 だから俺たちからセレスさんにはなにも言わない。


「今のはな……」


 だが一連の流れを見て状況を理解していたエディンバラさんが、そのまま説明してしまった。

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