第186話 ゼロスの過去

 マーリンさんの家から出て、エディンバラさんと二人で森を歩く。


 この島の来たとき、みんな彼女の過去についてはあまり触れなかった。

 それは記憶を失った今の方が性格も穏やかで、一緒に生活をしやすいからだろう。


「やはり昔の私は、相当危ない存在だったようだな」


 そう言うエディンバラさんは、パッと見た感じショックを受けているようには見えない。

 ただ内心でどう思っているまでは……。


「父よ、そんな顔をする必要はないぞ」

「え?」

「心配そうな顔をしている」


 言われて自分の顔に手を当てると、たしかに力が入っているような気がした。

俺の方が心配されているんじゃ、一緒に付いてきている意味がないな。


「……このまま過去を聞いて大丈夫ですか?」

「ああ。問題ない」


 俺の言葉に、エディンバラさんは穏やかに笑う。


「どうやら記憶を無くしても、本質的なものは変わらないらしいからな」

「本質的なこと?」

「私が人でなしだ、ということだ」


 冗談を言うようが、それが本心だということは伝わって来た。

 たしかにマーリンさんの話に出てきた出来事はとても酷いことだ。


 これが仮に前世の日本、いやたとえこの世界であっても、歴史に残る大罪だろう。

 だけど……。


「……もしエディンバラさんが人でなしって言うなら、俺も――」

「それは違うぞ」

「え?」


 俺の言おうとしたことがわかったのか、彼女に遮られる。


「私は人でなく吸血鬼。だから人間を家畜のように扱うのも、父たちが動物を食べるのと変わらない、とでも言いたいのだろう?」

「……なんでわかったんです?」

「父は顔に出やすいからな」


 少し楽しげに笑ったエディンバラさんは、少し真面目な顔をして首を振る。


「言いたいことはわかるが、それを父が言っては駄目だ。少なくとも過去の私は自然の摂理に準じたわけではなく、己の欲望のためにしたことだからな」


 たしかに聞いた限り、マーリンさんの人生を壊したことに、大した理由などなかったように思える。それこそ退屈凌ぎとか、そういう理由な気がした。


 生きるためや、大切なことのためなどなく、自分の欲望のため……か。


「でも……やったのは過去のエディンバラさんで……」

「過去も今も、私は私だ。まあ、今更罰を受けようとも罪を償おうとも思わない私が、言えることではないが……」


 エディンバラさんは立ち止まると、俺を見上げた。


「それはそうと、私が見る限り、父は人の理から外れかけている」

「え?」

「普通の人間なら、こんな大量殺人を犯した化物なんて傍に置けないのに、それを当然と思っているのがその証拠だ」

「それは俺の身体が強いから怖くないだけで――」

「肉体の話じゃなくて精神の話なんだが……まあこの島で生活をするなら多少外れた方がいいのは間違いないが、外れすぎるのも良くないと思うぞ」


 そう言われて、改めて考えるとたしかに俺の考え方は昔と大きく変わっているような気がした。

 少なくとも前世であれば、大量に人を殺したような相手を友人と思うことは出来なかっただろう。


 多分、この島に来た七天大魔導のみんなは過去に多くの人を傷つけてきた。

 彼らだけではない。この島の住民の中には、過去に誰かを傷つけてきた人もいるだろう。


 それを完全にスルーしていたのは、日本人だった俺が見たら異常者に思えるはずだ。


「これは私の推測だが……父はこの世界に来るにとき、精神に変化が与えられている」

「変化?」

「無敵の肉体だけでなく、精神的なダメージも受けないように」


 俺が望んだのは病気をしない健康な身体だ。

 その病気、というのが精神的なものも含めるとしたら、そうなっていてもおかしくない。


 現代で見られる病気の中には、ストレスから来ているものもあるくらいだしな。


「悪いことじゃないぞ。父をこの世界に送った神は、よほどお節介だったんだろうな」

「あはは……良い神様でしたよ」

「そうだな。きっと母たちを苦しめた神とはまったく違う存在だ」


 再び歩き出し、俺はかつてこの世界に送ってくれた神様について少し考えた。

 少なくとも彼女は人間を見下すような傲慢な神様ではなかったし、それどころか人が好きで好きで仕方が無いって雰囲気だったのを思い出す。


 そういう意味ではミリエル様はかなり近いな、なんて思ってしまった。


 ――私にとって、母こそが神だった……。


「え?」

「ん?」

「今、なにか言いませんでした?」


 考え事をしていたため彼女の言葉を聞き逃してしまった。


「……いや、言った気がするが覚えてない」


 思い出そうとして口に手を当てるが、諦めて首を横に振る。

 大事なことを言っていた様な気がするけど、覚えてないなら仕方ないか。


「まあ本当に大事なことならそのうち思い出すさ。それより次だな」

「ゼロスがこっちの森で鍛錬してるはず……あ、いた」


 広場では、上半身裸のゼロスがいつも通り炎で出来た剣で鍛錬を行っていた。

 ずいぶんと長いことやっていたのか、かなり汗だくになっている。


 この島に来てからより強さを極めることに目覚めたらしく、俺が知る限りゼロスが一番ストイックに鍛錬をしている人だ。


「ゼロス。ちょっといいかな?」

「ん? アラタとエディンバラか。どうした?」

「実はね……」


 今朝の話をして、エディンバラさんの過去を取り戻したいという話をすると、彼は他の人たち同様に顔をしかめた。


「やっぱり反対?」

「あー……俺は別にそこまで大したことされてねぇから反対はしねぇが……むしろマーリンとレイナが賛成した方が驚いたくらいだぜ」


 たしかに、レイナにしてもマーリンさんにしても、過去のエディンバラさんに人生を丸ごと変えられた。


 それに比べると他の面々はそこまでのことはなかったらしい。

 正直、それを聞いて安心した。


「まあいいか。俺から見たエディンバラ、だったな」

「出来れば昔なにかあったこととかあればいいんだけど」

「さっきも言ったが、大した因縁とかはねぇぞ。せいぜい昔の仲間が全員殺されたくらいだ」

「……」


 因縁、あるくない? しかもかなり重めのやつ……。


「んな顔すんなって。マーリンたちと違って、俺は昔からクズだったからな。野盗時代の仲間がぶっ殺されたってだけで自業自得だ」

「お前は昔、野盗だったのか?」

「ああ。ガキの頃、戦場で拾われたんだよ。最初は傭兵だったらしいが、戦がなけりゃ落ちぶれて野盗になるのも珍しくねぇ」


 そうして幼いゼロスは、子ども相手に油断した村に紛れ込み、内部の状況などを仲間たちに伝えて村を襲っていたらしい。


 最初の頃は上手く行っていたが、偶然村にいたエディンバラさんに見つかり、盗賊団は壊滅。

 子どもだったゼロスは見逃され、傭兵となったという。


「ま、たとえこいつがいなくてもいつか同じことにはなってただろうからな。恨みもねぇよ」

「私はなぜお前たちを壊滅させたんだ?」

「あ? そりゃ村の奴らに助けを求められたからだろ」

「……私が?」

「……改めて考えてみたら、そんなやつじゃねぇよなお前」


 マーリンさんの話だと、面白半分で学園の人間を殺し合いさせた。

 ゼロスの話だと、村人のために盗賊団を壊滅させた。


 とてもこれが同一人物の話とは思えないし、子どもだからってゼロスを見逃したのも気になった。


「なにか理由があったのかな? 捜し物をしてたとか」

「だが別にでかい盗賊団だったってわけでもなけりゃ、宝を溜め込んでたわけでもねぇし……」

「宝じゃなかったら、人とか?」

「俺以外全員殺されてるけどな」

「じゃあゼロスが目的だったんだ」

「そんときは魔法の一つも満足に使えねぇガキだぜ俺」

「「うーん……」」


 二人で首を傾げて悩んでいると、不意にエディンバラさんが口を開く。


「お前はどうして七天大魔導に入ったんだ?」

「あ? そりゃ前のやつをぶっ殺してだけど」

「そうじゃない。理由の方だ」


 たしかに、ゼロスの立場であれば普通入らないだろう。

 たとえそれが盗賊団だったとしても、幼い彼にとっては唯一の家族。


 それが皆殺しにされたなど、トラウマになってもおかしくない。

 あえてエディンバラさんの下に付くのはおかしな話に思えた。


「……憧れたからだよ」

「憧れた?」

「ああ。俺にとって盗賊団のやつらは最強だった。それがなにも出来ずに燃やされていくのは……なんつーかな、格好良かったんだ」


 自分の育ての親たちが殺されたことに対する憎しみより、羨望が勝ったのだと彼は言う。


「だから俺は炎を極めることにした。あの日見た光景を自分の物にするために……」


 俺たちに語るというより、自分の過去を思い出すように呟いた。

 そうして全てを語ると、俺たちがいたことを思い出したのか照れたように顔を赤くする。


「と、とりあえずそんな感じだ! 強くなった俺が傭兵で名を上げてたら、ゼフィールの野郎が来て、七天大魔導になれって言うからなったんだよ!」

「なるほど……よくわかった」


 最後の方はざっくりと纏めた話になったけど、エディンバラさんは納得したように頷く。


「お前は私のことが好きだったのだな?」

「なんでそうなる⁉」

「え、俺もそんな感じかなって思ったんだけど、違うの?」

「違うっつーの! ああもう……お前らちょっとズレてんなぁ……」


 頭を抱えてしまったけど、憧れの人に追いつきたくて頑張って、その夢を叶えて近くまで来たんだって話だし……。


「憧れたってのはマジだが、色恋とかはねぇって……そもそも間近で見たこいつの暴君っぷりに付き合わされたら、女として意識するなんてありえねぇよ」

「……」


 ゼフィールさんは昔から彼女について、結構それっぽいこと言ってたけどなぁ。


「俺から言えるのはこんくらいだ」

「ああ、ありがとう」

「……やっぱお前から礼を言われるとすげぇ違和感あるが、記憶を戻してもそんな感じでいてくれよなマジで」


 ゼロスとしても、今のエディンバラさんの方が付き合いやすいのだろう。


 記憶を取り戻したらどうなるのか……もし今の彼女が消えてしまうというのであれば俺は反対したい気持ちもある。


 だけど最後に決めるのは彼女だから、そのときは俺も覚悟を決めてその意志を尊重しよう。


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