第184話 レイナの決意
レイナを説得するから明日また来て欲しい。そう言って二人に帰って貰ったその夜。
家に帰ってきたレイナに先ほど聞いた事情を話すと――。
「わかったわ」
あっさりとした声でそう言った。
「なんだか落ち着いているね」
「マーリンと色々と話してね。まあ色々と、感情の整理をするのに時間はかかったけど」
この島に来たとき、レイナとマーリンさんは決して仲の良い友人ではなかった。
それどころか気まずい同僚、あるいは敵にも近い関係だったはずだけど、今じゃ良き相談相手になっているらしい。
立場ってのは、環境が変われば変わるもんだよなぁ。
なんにせよ、レイナがエディンバラさんの記憶を取り戻すことに前向きになってくれたのはありがたい。
「そっか。それじゃあ――」
「猛特訓して決闘を挑むわ」
「え?」
なぜか不穏な単語が聞こえて聞き返す。
「あの人が記憶を取り戻したら戦って、勝つの。それで全部終わり」
「えーと……」
「止めても無駄よ。たとえ今の記憶を失った師匠が親切でも、私の過去が消えるわけじゃないんだもの。だけどね、スノウのことを大切にしてくれて、私のことも想ってくれていることもちゃんと感じている。だから――」
決闘して白黒つけるのよ、と言う彼女の瞳は闘志に燃えていた。
「レイナが燃えてるな」
一緒に話を聞いていたティルテュが感心したような声を上げるが、俺は少しだけ心配だった。
なにせ相手は大陸でも最強の魔法使いと呼ばれた存在だ。
しかも聞いている限り、とても敵対者に手加減をするような人でもない。
記憶が元に戻ったあと、いくらレイナでも……。
「アラタ、心配しないで。私だってこの島に来てから、ただのんびり過ごしていただけじゃないんだから」
――今じゃもう一人でも森の魔物くらいなら倒せるのよ。
そう言うレイナの顔には自信とやる気に満ちていて、どこか楽しそうだ。
「絶対、師匠をぎゃふんと言わせてやるわ」
少し冗談めいた言い方なのは、彼女なりの気遣いだろう。
「あはは、わかったよ。それも一緒に話しておくから」
「ええ! あ、あと明日からしばらく修行で家を離れけど、心配しないでね」
そこまでするのか⁉ と一瞬思ったけど……。
「こっちのことは心配しないで頑張って」
正直、こうして笑いながらも内心では心配ばかりしている。
だけど俺はレイナの心の強さをよく知っているし、これが彼女の望みだというなら、出来る限り叶えられるようにサポートしてあげたい。
だってレイナも、これまでずっと俺のやることを見守ってくれてきた。
本人が危険を承知でやりたいと言うなら、今度は俺が見守る番だ。
もっとも、俺がそう納得出来たからといって、スノウもそうであるとは限らず……。
「ねえまま」
スノウが不安そうな声を出しながら、レイナの服をつまむ。
「エディお姉ちゃんと喧嘩するの?」
「あ……」
スノウの顔を見て、俺は自分のことしか考えてなかったことに気付かされる。
いつも遊んで貰っているお姉ちゃんと大好きなママが喧嘩をすると聞いたら、そうなるよな。
俺にはレイナのやりたい気持ちもわかるし、きっとエディンバラさんも納得してくれると思う。
だけどこの子にそれを理解しろって言うのは、少し酷だろう。
なんと言えばいいか……俺が頭を悩ませていると、レイナは自分の膝の上にスノウを乗せた。
「喧嘩をするわ。だけどこれはね、相手が憎いからするんじゃないの」
「……そうなの?」
「師匠は私のことを自分らしく見送りたいってアラタに言ったわ。だから私は、最強の魔法使いであるあの人に勝つことで――」
レイナは一瞬、言葉を止める。
言葉に悩んでいる、とは少し違う。まるでなにかに気付いたように苦笑する。
「ああ、そういうことか……はぁ、自分のことって案外見えないものね」
「まま?」
レイナはスノウの頭を優しく撫でながら、言葉を続けた。
「貴方が育てた魔法使いは、ここまで出来るようになったんだって、自慢したいのよ」
それは、これまで彼女の中で意識していなかったことだろう。
ただ苦手意識を持っていただけじゃない。幼い頃からずっと見てきたエディンバラさんに、自分の今の姿を見せたい。
そうして、彼女に見送られたい、という気持ちがあったのだと言う。
「……喧嘩したあとは、仲直りする?」
「ええ。約束する」
すっきりした顔のレイナを見たスノウは、その言葉を聞いてこの喧嘩が悪いものじゃないと思ったのか、心配そうな顔を止めて笑顔を見せる。
「ぎゃふんー」
そして膝から降り、先ほどのレイナの言葉を真似しながらティルテュに抱きつく。
「こらスノウ。そんな言葉真似しちゃ駄目だぞー」
抱き合いながら仲良くしている二人を見ていると、レイナが隣に立った。
「まあ、そんな感じみたいだから……その……」
自分でもわかっていなかった想いに気付き、それを吐露したからか、ちょっと恥ずかしそうだ。
「心配しないで、見守っててね」
「もちろん」
エディンバラさんが記憶を戻したいと言ったとき、どうなるかと思ったけど……。
――これなら良い結果になるよね、きっと。
そう思いながら、俺たちはまた四人で一緒に眠るのであった。
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