第179話 選択の時

 太陽も完全に沈み、星と月の光が窓から差し込む頃――。


「幸せすぎて怖いな……」


 俺は裸の状態でベッドに横になり、そう呟く。

 隣では同じく生まれたままの状態のレイナが小さく寝息を立てていた。


 防音魔術のおかげで静寂な世界で、彼女の吐息だけが周囲に聞こえてくるのは、どんなファンタジーよりも幻想的に思える。


「エルガはみんなの前でプロポーズをし直したって言ってたけど、俺もみんなにはちゃんと言わないとなぁ」


 なんとなくバレてるんだろうけど、これもケジメだ。

 それにみんな、きっと祝福してくれると思う。


「一つだけ懸念があるとしたら……」


 ティルテュになんて説明しよう。


 俺のことを旦那様と慕ってきてくれて、ずっと好意を示してくれていた。

 それに対して俺は子どもの言葉だからと、そこに本心が籠められていることを理解しているにもかかわらず、意識的に受け止めることを避けてきた。


 だけどこうして自分の好意を伝えること、そして今が変わることの怖さを知ったら、あの子がどれだけ凄いことをしてくれていたのかを思い知る。


「ティルテュにこれ以上、誤魔化したりしたら駄目だよな」


 今俺がレイナに抱いている気持ちと、ティルテュを想う気持ちは違う。

 もちろんティルテュのことも好きだが、それは好意であり家族としての愛だ。


 一人の女性として愛していることとは、少し違っていた。

 だからはっきりと伝えよう。

 そう俺が決意した瞬間、いきなり扉が開いた。


「うわぁぁぁぁん!」

「まったく、せっかく我らと一緒に寝てたのに……旦那様もレイナもこんな時間だと寝てるんだぞ」

「だってぇぇぇ! スノウもままとぱぱと一緒に寝たいよぉぉぉ!」

「ああもう、ほら泣くな。あそこに旦那様が……」

「……」


 ぐずっているスノウの手を引きながら入ってきたティルテュは、裸の状態の俺と寝ているレイナを見て固まる。


「まま! ぱぱ! まま! ぱぱ! ……ティルテュちゃん?」


 俺たちの姿を見たスノウが嬉しそうに声を上げるが、ティルテュに手を繋がれているからかそれ以上近づけない。


「ん……アラタ、それにスノウの声? どうした……の?」


 そしてそんな声を聞いて起きたレイナは、目を擦りながら現状を理解出来なくて同じく固まってしまった。


 はらりと、シーツが落ちて彼女の美しい身体が月明かりに反射する。


 まるで一種の芸術だ、と俺が頭の中で考えているのはおそらく現実逃避をしているからだろう。


 ティルテュが力なく手を離した瞬間、スノウはレイナに向かって飛び込んでくる。


「まま! なんでお洋服着てないの?」

「え、っと……その、ね」


 さすがに状況が状況だからか、レイナも歯切れが悪い。


 俺が近くのシーツで下半身を隠しながら立ち上がろうとすると、ティルテュが無言で駆け寄ってくる。


 そして俺の腕を掴み引っ張ろうとして、俺が耐える形になった。


「っ――⁉」

「ティルテュ⁉ 落ち着いて!」

「我も! 旦那様と子作りする! あの吸血鬼の作った部屋だろ⁉ あそこで変わったのだろう⁉ だったら我も行く! 我もやる!」


 俺の声も聞こえないのか、ただひたすら俺をどこかに連れて行こうとする。


 正直、全力のティルテュの力はこの島でもかなり強い。神獣族のガイアス以上だ。

 俺ですらかなりの力を籠めて抵抗しなければ、あっという間に身体ごと持って行かれかねない。


 だからこそ、ここで動かないというのは俺の意思であり、それが彼女にも伝わってしまった。 


「うぅぅ……なんで抵抗するのだ……うぅ、あぁぁぁ!」


 段々と引っ張る力が弱くなり、ついにはそのまま地面に座り込んで子どものように泣いてしまう。


「ティルテュ……」

「われもだんなさまとこづくりぃぃぃ!」


 レイナは上からシーツを羽織った状態でティルテュの傍に寄る。


 今のこの子は感情が高ぶっていて危ない。もしかしたらレイナが怪我をしてしまうかも、と思って止めようとしたが、手で制された。


「アラタ。スノウのことお願い」

「でも……」

「大丈夫。大丈夫だから……ちょっと二人だけで話をさせて貰えるかしら?」


 そう真っ直ぐ言われては引かざるを得ない。


 ――元を正せば俺がこれまではっきりとさせて来なかったせいなのにな……。


 だが今俺がいることで話が拗れるのもわかってしまった。

 ティルテュのことはレイナに任せて、スノウを抱っこする。


「なんでティルテュちゃん泣いてるの? 痛いの?」

「心がね、痛いんだよ。だからあとでいっぱい元気にさせてあげようね」

「うん……」


 そうして部屋から出た俺は着替え、居間で二人が出てくるまで待つ。 

 元々寝ていたのを起きたからか、スノウも眠くなってしまったのかうとうとしていた。


「寝てて良いよ」

「ティルテュちゃんがげんきになるまで……おき、とくの……」

「来たら起こしてあげるから」


 そう言った瞬間、元々限界だったのか俺の膝の上に頭を乗せて寝てしまう。

 スノウの頭を軽く撫でながら、いったいどういう話をしているんだろうかと不安に思う。


 防音魔術がかけられているため、外からではなにも聞こえない。

 二人を信じて待つしか出来ない時間が続き、しばらくしてから扉が開く音が聞こえた。


「……」


 居間にやってきたティルテュの目元には泣き腫らした痕が残っているが、だいぶ落ち着いたのか、レイナの手を繋いだ状態でゆっくりと近づいてくる。


 そして真っ直ぐ俺の目を見つめて、不安そうに口を開く。


「旦那様は、レイナのことが好きなのだよな?」

「……うん。一番大切にしたい人なんだ」


 嘘は吐かない。真っ直ぐ目を見て本音で話す。

 そうじゃないとティルテュに失礼だから――。


「……そうか。なら我が二番じゃ駄目か?」

「え?」

「我も旦那様に愛されたい。少なくとも我の一番は旦那様だ! だから、だから……」


 段々と声が小さくなる中、そっとレイナがティルテュの肩を掴む。

 その顔は、とても真剣なものだ。


「もしアラタがこの子のことを愛する気があるなら、一緒に家族になっていいと思ってる」

「でも、それは……」


 あまりに予想外な言葉に、俺も言葉に窮する。

 だってそれは、俺にとって都合が良すぎる話で……。


「昔アラタが自分の住んでいたところのことを話してくれたとき、一夫一妻だって言ってたわよね」

「うん……」

「だけど大陸だと、一夫多妻はそんなに珍しくない。たしかにアラタを独り占めしたい気持ちは私にもあるわ。だけど……ティルテュがどれくらいアラタのことを好きか、この島に来てから私もずっと見てきたから……」


 ティルテュと出会ってから、この子はずっと俺のことを慕ってくれた。

そしてその傍にはいつもレイナがいた。


「我は旦那様の一番がレイナなら、それでいいと思うのだ」

「ティルテュだったら、一緒にいてもいいの」 


 ――そっか、そうだよな……。


 俺が見てきた分だけ、レイナも一緒だった。

 だったら、最初から俺一人で考えるんじゃなくて、一緒に考えれば良かったんだ。


 改めてレイナとティルテュを見る。

 二人の間にはたしかな信頼関係が結ばれているように見える。


 きっと二人でたくさん話して、そしてお互いに納得し合ったことなのだろう。


「ティルテュ、こっちにおいで」

「……」


 少し怯えたように、しかしどこか期待を孕んだような表情で近づいてくる。

 そんな彼女に俺はそっとキスをした。


「っ――⁉」

「子作りはまだ駄目だから、今はここまでね」


 驚きすぎてなにも言えなくなったティルテュは自分の唇に指を当てる。

 ぽぅっと、ただ呆然と見ている姿を見ていると、そんな彼女も愛おしく思えてきた。


 だから俺はそんなティルテュに手を伸ばして、笑顔を見せる。


「家族になろう。俺と、レイナと、スノウと一緒に」

「……うむ……うむ! 旦那様、大好きなのだー!」

「あ、今飛び込んできたら――」


 俺の膝にはスノウが眠っているので、そのまま纏めて抱きついてくる。

 そうなると当然、気持ちよく寝ていたスノウはティルテュに潰される形になり――。


「むぎゅぅー⁉」

「あ、スノウごめん……」

「うぅぅ……あぁぁぁぁん! なんでぇぇぇぇ⁉ ティルテュちゃんひどいよぉぉぉぉ!」

「うわ、うわわ! スノウごめん! ごめんって! 謝るから許してくれなのだぁぁぁ!」


 寝起きでいきなりのことにビックリしすぎて胸の中で大泣きしてしまったスノウを、三人がかりで宥めるのであった。


――――――――――

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