第173話 勝負の理由
「なにをやってたんですか?」
俺が近づくと、ジアース様が自慢げに腕を組む。
溶岩から出てきたグエン様は、苛立ちながらも負けは認めているようで悔しそうだ。
「どっちがミリエルのところに行くか勝負してたんだよ! ちっくしょうが!」
「え?」
その言葉に俺は驚いた。
グエン様は地面に崩れ落ちてとても悔しそうだ。
てっきり北の大精霊様たちはミリエル様と会うのは嫌なのだと思っていたのだが、あんな風に勝負をしてまで会いたいなんて……。
「なにか勘違いしてるみたいだけど、負けた方が会いに行く勝負よこれ」
「……」
シェリル様の言葉に俺は思わず二人をジト目で見てしまう。
会いたくないから勝負をしたなんて本人に知られたら、また泣いてしまうかもしれない。
「ナ、ナンだその顔ハ⁉」
「お前になにがわかるんだよ! ミリエルはなぁ、本当に厄介なんだぞ!」
二人揃って言い訳がましく、如何にミリエル様の可愛がりが凄まじいものかを語り始める。
幼少期のことがトラウマになっているらしいが、俺からしたら本当に? と思うような出来事も多く、なんとも言えない。
ただ真剣に語っているし、なによりシェリル様が止めないあたり、本当なのかも……。
「とりあえず事情はわかりました。けどそんなことをされたって知られたら、ミリエル様が悲しみますよ」
「「うっ……」」
二人はさすがに自覚があるからか、ちょっと気まずそうだ。
そして最後の一人、シェリル様に関してはどこ吹く風。
「適当に泣かせておけばいいのよ」
「それは可哀想じゃ……ところで、どうして急に会いに行こうと思ったんですか?」
別にこれまでだって会おうと思えたら会えたはずだよな。
たしかにこの島は広いし、特に北側は険しい道が多くて時間がかかる。
だけどシェリル様であれば影を使ったゲートで俺たちの家まで来られるし、結界があってもなんとでも出来る気がするんだけど。
「世界樹を守ったから」
「……?」
シェリル様の言葉足らず過ぎてよくわからないな……。
「俺らが役目を放棄してる間、あいつらだけで頑張ってくれたからな。ミリエルが会いたがってるのは知ってたし、ちょっとくらい顔見せてもいいだろって話になったんだよ」
「ダガ、ワレら全員が行くとアールヴの村がマタ危険にナル。故に誰が残レルか勝負してイタのダ」
「ああ、なるほど」
どうやらこちらから頼む前から、会うことを考えていてくれたらしい。
勝負に買ったジアース様が残るってことは、シェリル様は最初から行くつもりだった、ってことなのかな?
チラっと見ると視線を逸らされる。なんだかんだ優しい人だ。
結界に守られているハイエルフの里とは対照的に、このアールヴの村は弱肉強食の世界が広がっている。
その中で彼女たちは基本的に弱者であり、大精霊様の庇護がなければこの近辺の魔物たちに襲われてしまう環境だ。
カティマのようなハイアールヴであれば魔物相手でも対応出来るが、敵は空から来る。
そうなると少人数では村の人たちを守り切れないため、大精霊様たちが適度に見回りをして威嚇をしているのが、あの村の状況だった。
――だけど、場所を変えようってわけにもいかないもんな……。
アールヴにはアールヴの生き方がある。もし彼女たちがもっと安全な場所で生きたいというのであれば全力で協力するが、そうでない内は口出しする気はなかった。
ただ、結果として大精霊様たちは長期で離れることが出来ないのが現状だった。
「……ジアース様がいなかったら多分ミリエル様も悲しみますよね」
あれだけ子どもたちに会いたいを言っていた人だ。
その願いを叶える為にブリュンヒルデさんも来たわけだし、出来れば大精霊様全員で集まれた方がいいし、どうにか出来ないかな。
「イヤ、キット大丈――」
「あの、よろしいでしょうか?」
スノウと手を繋いで近づいて来たブリュンヒルデさんが、恐る恐る声をかけてくる。
「ハイエルフの里は結界に守られて安全ですし、ミリエル様たちに来て貰えれば……と思うのですが……」
如何でしょうか? という提案に俺は大精霊様たちを見る。
グエン様が俺の肩に手を置いて嬉しそうに親指を上げ、そして逆にジアース様はその場に崩れ落ちた。
そしてシェリル様は――。
「好きにしたら?」
そう言ってスノウを抱き上げた。
いつも通り、その瞬間だけはとても優しい雰囲気になる。
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