第172話 大精霊はなにをしてる?

 翌日。


 カティマの家で一泊した俺たちは、そのまま北に向かう。

 出来れば今日中に大精霊様たち全員と会いたかったので、かなり朝も早い。

おかげでスノウはまだ夢の中だ。


「んー……」

「まだ寝てて良いよ」

「……うん」


 腕の中で身動ぎするが、しっかり抱き直してあげるとその体勢が良かったのかそのまままた寝入ってしまう。


「お父上は、本当に慕われてますね」

「まだまだ甘えん坊で、可愛くてつい甘やかしてしまいますよ」


 微笑ましそうに隣を歩くブリュンヒルデは、ハイエルフはあまり睡眠を必要としないからか、キビキビと隣を歩く。


 昨日は結局アールヴの人たちに囲まれて色々と質問攻めを食らいながら夜を過ごしたというのに、凄い体力だ。


「アールヴと話してみて、どうでしたか?」

「正直、自分の視野がこれまでは狭かったんだなと痛感しました。もっと嫌がられると思っていたので、あんな風に歓待されるとは……」

「最後の方はもう、揉みくちゃにされてましたもんね」


 昨夜のことを思い出すと、つい笑いがこみ上げてくる。

 ブリュンヒルデさんは少し困ったような、拗ねたような顔をする。

普段が凜とした雰囲気なだけあり、ギャップがあって可愛いと思う。


 それに真面目な人だから、みんなに好かれたことだろう。


「それで、ここが大地の大精霊様の住処なんですか?」


 足を止めて見上げるのは断崖絶壁。

 ジアース様がこの辺りにだいたいいるはずなんだけど……。


「いないですね」


 おかしいな。一昨日は俺たちの家にいてスノウを見守っていたから、付いてきてここで出てくると思ったんだけど……。


 そういえば家を出るとき、いること確認してなかったっけ?


「仕方ない。とりあえずここは通り過ぎてグエン様のところに行きましょうか」

「わかりました」


 最終的にはシェリル様のところに行けば誰かはいるだろう。


 そう思って絶壁を登り、そのまま火山地帯に入る。

 ここは他と違って魔物が闊歩する場所なので、トカゲのような魔物たちがウロウロとして、空には火竜が空を飛んでいた。


 だが俺の姿を見た瞬間、どの魔物もギョッとした顔をしながら慌てて逃げ出し始める。


「……お父上はどこに行っても恐れられていますね」

「いや、あれは俺のせいじゃなくてカティマだから」


 初めてこの地に足を踏み入れたとき、カティマがホームランを連発した結果である。

 魔物たちは俺が一緒にいたことがあるのを覚えていて、二度と同じ目に合いたくないと逃げ出すのだ。


「襲いかかってこないなら、こっちもなにもしないのになぁ」

「もし攻撃してくるなら、私が撃退します」

「そのときは頼りにしてますね」


 そうしてしばらく歩くと、強い力を感じた。

 間違いなくグエン様だが、もう一つ同等の力を感じる。


「あ、ジアース様もこっちに来てたんだ。というかあれ? 力は出してないみたいだけど、シェリル様もいる……?」


 珍しいな。二人がシェリル様の神殿にいることはよくあるが、逆は初めてかも。


「これが……北の大精霊様の力」


 ブリュンヒルデさんが緊張したように喉を鳴らす。

 スノウがいるから多分大丈夫だけど、念のため彼女の前に立って三人のところに向かう。


「うおおおおおおおお!」

「ヌゥォォォォォォォォ!」


 近づくと、二人の雄叫びが聞こえてくる。

 溶岩の川を全力でクロールするグエン様と、真っ直ぐ手足を伸ばして突き進むジアース様。


 二人が普段は見せないくらい強い力を放出しているせいで周囲には魔物が一匹もいなかった。


「なにしてるんだろう?」


 二人は同時に川の端まで辿り着くと、今度は逆方向にターンして戻ってくる。

 とりあえずそのゴールであろう場所に立っているシェリル様の方に向かうと、彼女は俺たちを一瞥するだけしてグエン様たちの方に向き直した。


 そして俺たちが辿り着くと同時くらいに、グエン様が溶岩から飛び出す。


「うおおおおおおおお! しゃぁぁぁらぁぁぁぁ! 俺様の勝ち――!」


 だがその瞬間、グエン様の足になにかが絡み、そして溶岩の中に引き戻される。

 そして次に出てきたのはジアース様だった。


「ヌオォォォォ⁉ ワレの勝ちダァァァァァ⁉」


 どうやら溶岩を泳いでレースをしていたみたいだ。

 よっぽど勝利したことが嬉しいのか、ジアース様の目が光ったり、全身から溶岩を吹き飛ばしたりと、感情表現が凄いことになっている。


「んんー……?」

 そして二人の叫びによって、ずっと寝ていたスノウが目を覚ます。

「うるさいよぉ」

「もうちょっと寝る?」


 首を横に振るが、降りる気はないらしく顔を胸に押しつける。

 無理矢理起こされて、ちょっと不機嫌そうだ。


「あれが北の大精霊様たちですか……初めてお目にかかりますが、なんという力強い……」

「とりあえず事情を話したいけど、その前にあれがなんなのか聞いてきますね。スノウ、ちょっとブリュンヒルデさんと待っててくれる?」

「……うん」

「え、え、え……いいのですか?」

「はい。スノウのことよろしくお願いします」


 スノウを地面に降ろし、その手をブリュンヒルデさんと繋いで貰う。

 まだうとうとしていて、頭をコックリコックリさせてて可愛い。


 ブリュンヒルデさんは大精霊様と手を繋ぐことになって戸惑った様子だが、本人が良いって言っているから大丈夫だろう。


――――――――――――

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