第171話 変化

 トントン拍子で話が進んでいくからか、置いていきぼりになってしまったブリュンヒルデさんは少し困った顔をしていた。


 これまで敢えて触れないようにしてきた相手だから仕方ない。

 だけどこうして、カティマの方から交流を持とうとしてくれているのだから、ここは頑張って貰わないと。


「えっと……そちらのハイアールヴとお話すればいいのでしょうか?」

「はい。ミリエル様たちが北の大精霊様たちと交流するのを手伝いたいなら、ブリュンヒルデさんもアールヴとは仲良くしないとですしね」

「そう、ですね……」


 そう頷くブリュンヒルデさんはまだ固いが、それでも自らの信仰する大精霊様のためにも、カティマと向き合う。


「ブリュンヒルデと申します……ハイエルフの……」

「カティマだ。よろしく頼む」


 躊躇いがちの彼女に対して、カティマはあっけらかんと手を伸ばして握手を求める。


 恐る恐るその手を握った瞬間、周囲で見ている気配が動いた。

 どうやらハイエルフとこうして手を取ったこと事態に驚いているらしい。


 だがそれに対して怒りの感情はなさそうだし、これならきっと上手くいくことだろう。


「スノウはどうする?」

「んー……」

「あれ?」


 いつもならカティマと一緒にいる! とか言うと思ったんだけど、なんだか元気がないな。


 キョロキョロと辺りを見渡して、なにかを探している?


「スノウちゃん!」

「っ!」


 女の子の声が聞こえて、パッと顔を明るくする。

 見上げると、横穴から手を振っている少女が見えた。


「ミーアちゃん!」


 スノウも両手を挙げて自分の存在をアピールしながらぴょんぴょん跳ぶ。

 なるほど。たしかにルナやティルテュも友達だが、それでもどちらかといえば遊んでくれるお姉ちゃん。


 本当の意味で同年代の友達というのはミーアちゃんくらいだから、スノウにとってもちょっと特別なのかもしれない。


「カティマ、ちょっとスノウを送ったらアールヴの村を見て回ってもいいかな?」

「ああ。お前ならみんな歓迎するはずだ。それに、今みんなが出てきてないのは警戒しているからだけじゃなくて、前にスノウ様を怯えさせたことを反省しているからだからな」

「え? そうなの?」

「うん。もちろん警戒もしてると思うけど」


 それは色々と気をつかわせちゃったなぁ。


 今度また狩りした魔物の肉とかを持ってこようと思いつつ、俺はスノウを抱っこしてミーアちゃんがいる崖のところまで飛ぶ。


 スノウを預けると、俺はそれぞれの家を周りながら最近の状況やハイエルフ、それに南の大精霊様たちがアールヴのことをどういう風に思っているのかを話していった。


 こうして一人一人に説明していくと、みんな驚いたり感心したり様々な反応を見せる。


 そして自分たちがどういう風に思っていたかを吐露していくうちに、エルフたちと交流をしなかったのはなんとなくの思い込みが強かった、とみんな言っていた。


 まあ実際、そういうものなのだろう。


 別にアールヴとエルフに限らず他の最強種同士もこれまで特別仲の良い種族というのはあまりいなかったし、各々の縄張りの中、同じ種族同士で生きてきたのだから。


 そういう意味では、俺のやっていることは自己満足なのかもしれない。


 ただ毎日ティルテュやルナ、それにこの島に流れてきた人たちの楽しそうな姿を見ていれば、たとえ自己満足でも悪くないと思うのだ。


 しばらくして、アールヴの人たちが家から出てカティマとブリュンヒルデさんに近づいて行くのが見えた。


 あのまま行けばきっと悪いようにはならないだろう。


「アンタは退屈させないねぇ」


 崖を登って一軒の家に向かいお邪魔すると、カティマの育ての親であるサリアさんが楽しそうに笑っていた。


 銀髪の髪をポニーテールにしている彼女はどう見ても俺たちと同年代だが、カティマから婆ちゃんと呼ばれていて、かなりの年数を生きているらしい。


「こんにちはサリアさん。元気そうでなによりです」

「まあカティマの子を抱くまでは元気で居続けるさ。だからさっさと子作りしな」

「しないですよ……」

「レイナに操を立ててるのか? そっちで子作りして、空いてる時間でカティマを抱けばそれでいいんだが?」


 いきなりヴィーさんみたいなことを言ってくるが、彼女の場合からかってるわけじゃなくて本気なのが伝わってくる。


 だから俺も毎回真面目に返事をしているのだが、どうにも諦めてくれないのだ。


「まあいい。いきなりハイエルフ連れてくるなんて、お前じゃなかったら袋叩きにしてやるところだが……」

「不味かったですかね?」

「いんや。前にうちの長老も言ってたが、この島はもう動き出した。そういう意味では、変化は受け入れるだけさ」


 苦笑しつつ、受け入れてくれているのがわかる。


 良かった。長老は普段寝ているので、実質的なアールヴのリーダーはサリアさんだから、彼女がそういう態度であればきっと問題は起こらないだろう。


「アンタのおかげで大精霊様たちもよく来てくれるようになったし、みんな感謝してるんだよ」


 少し優しげにそう言ってくれて、ホッとする。


「それで、あのハイエルフと一緒に大精霊様たちに会いに行くんだって? このまま行ったら夜になるし、今日は泊まっていきな」

「ありがとうございます」

「あとはカティマとの子を――」

「それじゃあ俺、ブリュンヒルデさんたちを呼んできますね」


 後ろで舌打ちが聞こえてくるが、これ以上それを聞くと本当に同じ部屋で隔離されかねないので、俺は逃げるように地上に降りていった。

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