第170話 エルフとアールヴ
いつも通りの道を歩きながら、ついでに魔力で舗装していく。
神獣族の里までの道はほぼ完璧に出来上がっているが、こっちの道はまだ途中だっ
た。
とはいえ、焦ってやる気はない。こういうのも義務感や必要に駆られてやるんじゃなくて、思い立ったときにやる方がいいからだ。
「結界の外というのは、思ったより魔物が出ないのですね」
「あー、俺の魔力に気付いているからかもしれませんね」
先頭をご機嫌に歩くスノウの後ろを付いて歩きながら、ブリュンヒルデさんが興味深そうに辺りを見渡す。
どうやら本当に結界の外に出たことはほとんどないらしい。
そういえばこの島に来てから南の森に行くまで、一度もハイエルフを見たことがなかった。
以前誰かが引き籠もっていると言っていたが、あまり島の外を知らないのかも知れない。
「あのねぇ、これはシロツメクサって言うんだよー」
歩きながら色んな虫や草を見ていたスノウが、白い花を持ってくる。
シロツメクサと言っても基本はクローバーだが、白い花をつけてるので、分けてそっちの名前を教えてあげた。
この島の人たちは自分たちの興味がある物にしか名前を付けないので、こういった草は総称して草か葉っぱか植物あたりで纏めて呼ぶことが多い。
多分ヴィーさん辺りに聞いたら本当の名前を知っているんだろうけど、俺の世界にもあった花なのでそっちで呼んだらスノウたちに定着してしまった。
「あげる!」
「あ、ありがとうございます」
ハイエルフがこれまで信仰してきた三人とは違うけど、スノウは大精霊。
子どもらしく無邪気に近寄ってくるのは、彼女からすればお偉いさんが親しくしてくれるようなものだろう。
だから正直、戸惑うのもわかる。
ブリュンヒルデさんは指で摘まんだシロツメクサを真剣な表情で見つめ、クルクルと回しながらぽつりと呟く。
「どうしましょう。神の贈り物を頂いてしまいました……」
「そこまで仰々しく考えないであげてください」
実際はそうなのかもしれないけど、あの子はそんな風に考えていないし。
あと多分、そんなに長くもたないし。
二人と一緒にしばらく北に進むと、アールヴの村に着く。
赤い崖の横穴に住居が並ぶ圧巻の光景が広がり、ブリュンヒルデさんが驚愕した顔をしていた。
「こんな生命力の少ない大地で生きていられるのですか?」
「まあ生きてれば適応するんじゃないですかね?」
「……信じられない」
ブリュンヒルデさんは呆然と呟く。
二種族は元を辿れば同じ種族だが、生きている環境は大きく異なる。
エルフが世界樹に守られた安住の地で生きているのに対して、こちらは空からは竜が獲物を狙い続け、草木はほとんど生えていない過酷な大地だ。
ただまあ、生物って言うのは生活環境によって適応した進化を遂げるものだから、彼女たちも長い年月をかけてアールヴに進化したのだろう。
「アールヴがどんな種族か知らなかったんですか?」
「話には聞いていましたが、実際に見ると想像以上でした」
「そっか。それなら来た甲斐がありましたね」
「え?」
不思議そうな顔をするが、聞いて知ったつもりになっていたことよりも、直接見た今の方が彼女たちの理解も深くなっていることだろう。
もし合わないとしても、又聞きをしただけでアールヴだから近づかないというより、ちゃんと知ってからの方がいいはずだ。
「そうですね……ところで、アールヴの方々はいるのでしょうか?」
「あー……」
気配は感じる。視線も感じる。ただそれは住居の中からだ。
前回はスノウを取り囲む勢いで勢揃いしたんだけど……これはあれかな。俺たちが最初にこの村に来たときと同じように、警戒心が高くて出てこられない状況になってるのかもしれない。
ただ、敵意はない。
もちろん俺やスノウと一緒だからというのもあると思うが、どうやらアールヴの人たちもエルフに対してどう対応していいのかわからないみたいだ。
「とりあえず長老のところへ……」
と思ったところで崖の上からなにかが落ちてくる。
どん、と両足でしっかり着地。まるで大地に根が張っているかのようにも思えた。
「スノウ様! 遊びに来てくださったのですね!」
「カティマだ!」
「うごぉ⁉ あ、相変わらず元気でなによりです……」
わーいと元気に駆け寄り、そのままカティマを吹っ飛ばされそうになり、頑張って耐えていた。
多分普通のアールヴでは受け止めきれないだろうから、まずカティマが相手をしてくれて良かったかもしれない。
「アラタもこっちに来るのは久しぶりだな」
「うん。ちょっと大精霊様たちに用事があってね」
「用事、か……」
カティマはブリュンヒルデさんを見る。別に敵意はないが、かといって友好的な態度でもない。
興味はあるが、あまり触れ合いたいとは思っていないような感じかな。
この間ハイエルフの里に来てくれたときも似たような態度だったし、逆もまた然りって感じだろうけど、もう少し友好的にしてくれたらなぁって思う。
「ハイエルフがこっちに来るのは初めてだから、みんなちょっと困惑してる。どうする?」
「うーん……とりあえずカティマが彼女と話してみる、とかは?」
そうすればアールヴの人たちも慣れて、ハイエルフと話して良いんだと思ってくれるんじゃないか。そんな軽い気持ちで尋ねてみる。
とはいえ、前回のハイエルフの里でのやり取りを見てると、カティマにとってもブリュンヒルデさんと話すのは結構緊張するもので――。
「いいぞ」
「え?」
そう思っていたが、あっさりと了承を得られてしまった。
「なんだその顔は? カティマが話したらアラタも助かるんだろ?」
「うん。そうだけど……」
「アールヴは貰った恩を返す。お前には色々として貰ってるからな。手伝えることがあるならなんでもやるぞ」
「カティマ……」
そう言って貰えて、自分がこれまでしてきたことが正しかったんだなと思えた。
まだ前世のブラック企業で働いていたときは、こんなこと言って貰えたことなかったからか、ちょっと胸が熱いな……。
「それじゃあ、お願いしていいかな」
「ああ」
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