第167話 ヴィルヘルミナの礼

 さて、俺は茶々を入れないと決めたが、祝福をしないわけではない。


 今回の件は伝言ゲームのように流れていって、色んな人たちが知っていたことなので、戻ってきたときにはすでに宴会の準備がされていた。


 というより、当人たちを置いて先に色々と始まっていた。


「あ、お帰りなさい。その様子だと、上手くいったみたいね」

「なぬ⁉ おいセレス! 話を聞かせるのだ!」


 レイナとティルテュが最初に気付き、そのままセレスさんとエリーさんを囲むように女性陣が集まった。


「ほらアーク、アンタはあっち行っときなさい。ここからは女の話よ」

「わっ⁉」


 そしてマーリンさんに押される形でアークが追い出されてしまい、離れたところから見守っていた男性陣の方に。


「相変わらずこういうときの女の人は強いなぁ」


 夕暮れ時で赤い太陽が沈みかける時間、とても華やかで賑やかな空間が出来上がる。


 男側はシートの上で座り込みながら酒盛りが始まっていて、ニヤニヤとアークを囲い始めた。


 中心にいるのはスザクさんだ。あの人なぜか男側にいるだけど、それが妙に合ってるなぁ。


 ティルテュ以外の子どもたちは相変わらずご飯優先みたいで、エディンバラさんとカティマが面倒を見ている。


 色んな人がいるけど、それぞれ性格が出ていて少し面白い。

 なんて思っていると、ヴィーさんがこちらに近づいて来た。


 いつも宴会とかには参加するけど、他の人とは距離を取っているのに珍しい。


「おいアラタ、ちょっとこっち来い」


 呼ばれたので素直について行くと、なぜか彼女は迷うことなくエディンバラさんの家ではなく。俺たちの方に入る。


 この島に住んでいる人たちは身内みたいなものだから、普段から鍵などしていない。


 勝手に入るのも、みんな普段から自由に入ってくるからいいんだけど……。


「どうしたんですか?」

「なに、貴様と少しサシで話をしたいと思っただけさ」


 そう言うと彼女は居間のソファに座り、異空間から赤いワインを取り出してグラスに注ぐ。


 昔レイナやティルテュにヴィーさんの血を混ぜたブラッドワインを飲ませて、いやらしい雰囲気にしたのを思い出す。


「ほれ」

「これ、前みたいに変なの入ってないですよね?」

「仮にそうだとしても、貴様には効かないだろうが」


 そうは言うが、どうしても警戒してしまう。


 この島でそれなりに長く生活してわかったのが、ヴィーさんは最強種の中でも別格だ。


 仮に戦闘になったらスザクさんとかも同じくらい強いのだろうけど、長く魔法に携わってきたからか、それとも特殊な生まれだからか、応用の幅が広い。


「ヴィーさんの場合、俺の身体のことを調べ上げてしっかり対応してきそうだから、ちょっと怖いんですよ」

「貴様のような化け物に怖いと言われるなら、私もまだまだ捨てたものではないな」


 この怖いは感覚的なものじゃない。


 それで言うならシェリル様とかスザクさんも同じくらい怖いと思うし、他の大精霊様たちも同等の力を感じるのだから、また別物なのだ。


 自分の楽しみのためなら、ヴィーさんはたとえどんなに難易度が高いことでも、なんとでもしてしまう予感があった。


「そう警戒するな。これでも貴様には感謝しているのだからな」

「感謝? なにかしましたっけ?」


 むしろ世界樹の件で感謝するのは俺の方だと思うんだけど……。


「ふっ」


 ヴィーさんは薄く笑うと、片方は俺の分だと手渡してくる。

 俺が受け取ると軽く杯を合わせた。


 喉に流すと、これまで飲んできたどのワインよりも芳醇で癖が強い。

 同時に、まるで脳に直接味を伝えているかのような強烈な美味さも感じた。


「ヴィーさん、これ……」

「ずいぶんと騒がしくなったものだな」


 俺の言葉を遮り、窓の外を見る。

 子どもたちやクルルたちがエディンバラさんのところに集まり、みんなで仲良くご飯を食べている光景。


 女性たちは相変わらずセレスさんたちを囲い、男性陣は良い感じに酒が回ってきたスザクさんに絡まれていた。


 種族問わずの飲み会はいつもごちゃごちゃしていて、だけどそれが楽しくも思える。


 それを見守るヴィーさんの瞳は、いつもより少しだけ優しく見えた。


「この島に来て、まさかこんな光景が見られるとは昔は思わなかったよ」

「そうなんですか?」


 尋ねると、ヴィーさんは珍しく感傷的な表情をしたまま頷く。


「あいつらが殺し合いを止めた理由、貴様は覚えてるか?」

「……守るべき者が出来たからでしたよね」


 ヴィーさんは真祖の吸血鬼であり、不死の存在として生まれた。

 だがそれは彼女だけが特別なわけではない。


 他の最強種の人たちのほとんども、本当なら死ぬことはない生物のはずだった。


 それでも生まれ変わったりしているということは、当時の彼らは一度死んでいるということ。


 それは矛盾している話だけど……。


「本来、単体で完成されている存在には死という概念がない」


 ヴィーさんは空になったグラスに再び赤いワインを注ぐ。


「だがそれぞれに庇護するべき種族が生まれ、守るべき存在が出来たとき……やつらは完璧でなくなったのさ」

「それは悪いことじゃないですよね?」

「少なくとも当時の私にとっては悪いことだったよ。これまで絶対に死なないと思ったやつらが、どんどんいなくなっていくからな」

「……」

「だからまあ……騒がしさの種類は違えど、またこういう光景が見られたのは、悪くない」


 トン、と俺の身体が押された。


 前に戦ったみたいに力を上手く流されてしまったのだろう。

 丁度グラスが空になってて良かったと思いながら、そのままソファに倒れてしまう。


「あれ?」


 立ち上がろうとしたが、なぜか力が入らない。


 まさか、と思ったときには手からグラスが落ち、パリンと小さくガラスが割れる音が響く。


 身体が動かないのは、先ほどのワインのせいだと思う。


 意識が酩酊としていて視界が揺れ、その中でヴィーさんの顔だけがはっきりと映り……。


「ヴィー、さん?」

「言っただろ。感謝していると……だからこれはただの礼だよ」


 そのまま彼女は俺にしだれかかると首元に舌を這わせてきた。

 酒で熱くなった身体を冷やすようなそれはとても心地よく、耳の近くで鳴る水音が妙に艶めかしい。


「なんで、俺にはこういうの効かないはずじゃ……?」

「前も試しただろう? 貴様の身体はこちらの敵意や悪意を含めた攻撃に反応するんだとな……だが今の私にはそういう気持ちは一切無い」


 彼女はそのまま一度身体を起こすと、俺と目を合わせる。

 興奮した捕食者のような瞳に見下ろされ、俺の背中にぞわりと変な感覚が走った。


「心配するな。外のやつらも誰も気付けないし、これからすることは誰にも言わん」


 そう言うと彼女は自らの服を脱ぎ、再び首元に顔を埋めてくる。


 血を吸うわけでも無く、全身で俺の身体を抑えながら、ただ舐めるだけの行為。


 片手は指を絡めるように握られ、少しでも身体に触れたいのかもう片方の手をしっかり俺の背中に回して抱いてくる。

 腕、身体、足、全身を密着させながら身動ぎするそれは、まるで野生動物が求愛行動をしているかのようだ。


「ふぅ……」


 そうしてヴィーさんはまた身体を起こし、口元に垂れた唾液を軽く拭う。


 決して彼女に対して性的な興奮を覚えているわけじゃないと心の中で言い訳をするが、そんな俺の内心とは真逆に、服は乱れ、呼吸も少しだけ荒くなる。


「……ん」


 喉を鳴らす音すら淫靡に聞こえ、裸の彼女はとてつもなく女の匂いを漂わせていた。

 片手は変わらず指を絡めたまま、もう反対の手の人差し指を太股、腹、肩、頬、そして――。


「そこか」


 俺の唇に指を沿わせたヴィーさんは、そのままキスをしてくる。


「ぅぁ……」


 瑞々しい音が何度も部屋の中で音を立てる。

 同時に唇を噛まれ、その血を舐めるように舌を這わせてきた。


 なぜか抵抗が出来なくなり、俺はもうなにがなんだかわからなくなる。

 わかっているのは、彼女が悪意を持ってこれをしているわけではないということだけ。


「はぁ……これでもう大丈夫だろう」

「……っ⁉」


 彼女が顔を上げると、いきなり俺の身体が動くようになった。

 ただ、突然されたキス……しかもかなり深いやつを受けて、衝撃に身体が動かせない。


「ふふふ、ずいぶんと恥ずかしそうな顔をしているではないか」

「ちょ……今は」


 恥ずかしすぎて顔が見れず、思わず口元を隠して視線を逸らしてしまう。

 そんな俺がおかしいのか、ヴィーさんはまた挑発するように笑った。


「顔も赤いし、まるで生娘のようだぞ? これはまた中々そそるな。このまま続きをするか?」


 私は良いぞと言いながら舌をペロッと舐め、先ほどとは違うこちらを揶揄うような雰囲気。


 それでようやく彼女が自分を弄って楽しんでいることに気が付いた。


 ――いやでも、じゃあさっきまでは?


 衝撃過ぎるほどにエロかった。

 このまま黙っていると本当に襲われてしまいそうなので、俺は首を横に振る。


「とりあえずどいて、説明お願いします」

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