第166話 みんなでママになろう
というわけで、それぞれが女性陣にアークの件を相談して数日。
噂が噂を呼び、もはや知らない人は当の本人であるセレスさんとエリーさんの二人のみ。
「いやちょっと待ってください! なんで皆さん知ってるんですか⁉」
「えーと……」
俺の家にやって来たアークが困り顔でそう聞いてくるが、仕方なかったのだ。
まず俺がレイナに言うでしょ。で、近くで話を聞いていたスノウがティルテュとカティマ、それに遊びに来ていた大精霊様たちに言っちゃったんだよね。
ゼフィールさんがエディンバラさんに言って、その流れでヴィーさんに。グラムはサクヤさんに言ったら、ギュエスに。
ティルテュがマーリンとゼロスに……。
「そんな感じで色々とめぐり巡って、ね」
「ね、じゃありませんよ! もおぉ……」
もはや田舎の村あるあるだ。一人に話したら翌日には村全体に広まってるやつ。
アークは頭を抱えているが、一番聞かれてはいけない相手にバレていないのだからセーフということで許して欲しい。
それに作戦上、必要な情報共有もあったのだ。
「ほら、一番問題になってたセレスさんの件も解決しないといけなかったしさ」
「……本当にその理由ですか? ただ楽しんでるだけとかじゃないですよね?」
いつも素直なアークが疑いの眼差しを向けてくるようになってしまった。
たしかに楽しんでいる部分がないとは言わないけど、ここまで広まるのは俺だって予想外だったのだ。
グラムとサクヤさんのときも凄かったし、どんな種族でも恋バナは楽しいってことなんだろう。
「女性陣がセレスさんに聞いた感じ、たしかに教会の聖女として神様に身を捧げてるっていう気持ちははまだ残ってるみたい」
「はい。長く聖女として過ごしてきた彼女にとって、神の教えというのはたとえ教会から裏切られても変わらず大切なものですから」
「けどこの島にはたくさんの神様っぽい人がいるから大丈夫!」
すでにその準備はレイナたちがしてくれているのである。
というわけで俺たちは家を出て南の森に入り、そのままハイエルフの里に向かう。
色とりどりの花が咲き、柔らかい日差しにささやくような優しい風。
動物たちも気持ちよさそうに水を飲み、何度来ても美しい楽園のような光景が広がる中――。
「っと、伏せて」
「っ⁉」
森の木々の陰に隠れ、そっと顔だけを出す。
視線の先は綺麗な平原と湖。その先にはセレスさんとエリーさんがいる。
そしてそんな彼女たちの前には、神々しい光を纏ったミリエル様が浮かんでいた。
「あの、結局なにを……?」
「しっ!」
実はまだアークにはどういう作戦を取っているのか話をしていない。下手に期待させて失敗したらショックを受けてしまうかもしれないからだ。
ミリエル様はこの島で一番天使っぽい。つまり神様の使いっぽい。そして天使は神様の代弁者。
我ながら雑な話だが、ミリエル様が言えば神様の言葉としてセレスさんも結婚とかを受け入れやすいだろうという作戦だ。
すでにミリエル様の話は始まっているため途中から聞くことになるけど、今はどんな話をしてくれているのかな?
――神はこう言いました。みんなママになろうと。
「な、なんの話をしてるんですかね?」
距離が合っても俺は集中すれば遠くの言葉とかも聞けるけど、アークは聞こえていないからか戸惑っている。
……本当になんの話をしてるんだろ?
聞こえてる俺もわからなかった。
多分母として子どもを可愛がる楽しさとかそんなのを語っているんだろうけど、はたして効果はあるのかどうか……。
――いいですかセレスちゃん。愛する子との間に生まれた子どもは可愛い神様の贈り物。ママはもっとたくさんの子どもを愛でた……神は自分が信仰されるよりも子を想い慈しみ愛することに喜びを感じるのです。だから一生を捧げる必要なんてないんですよ。それより可愛い子どもをたくさん産んで見せて欲しいのです。
微妙に本音が漏れつつも、ちゃんとセレスさんが恋愛出来るように誘導してくれてるな。
「ちょっと待ってみよう」
俺は聴力を普通に戻して、俺はアークと一緒に木陰に隠れながら時間が経つのを待つ。
エリーさんはかなり緊張している様子だが、肝心のセレスさんはまるで神託を聞くように真剣な表情だ。
しばらくすると、突然セレスさんが泣き出した。
それを慰めるようにエリーさんが抱きつき一緒に泣きだしてしまう。
ただ、ミリエル様は穏やかに笑っているので、悪い結果ではないのだろう。
「セレス! エリー!」
だがアークはそうは思わなかったのか、凄い剣幕で飛び出してしまう。
まさかこの場にいると思わなかったのか、突然現れたアークに二人は驚いた顔をしている。
……ここから先は三人の問題かな。
「頑張れー」
それだけ言って、俺は自分の家に戻ろうとして、ふと思う。
「……このまま置いていったら、三人が帰れないじゃん」
多分ミリエル様がなんとかしてくれるだろうけど、ここまで手伝って貰ったんだしこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないか……。
仕方ない。出歯亀みたいでちょっと駄目だけど、このまま木陰に隠れて三人の行く末を見守ろう。
そして――。
「なんだかんだ上手くいって良かったね」
「「「……」」」
ハイエルフの里を抜けて、家までの帰路。俺の後ろを歩く三人は終始無言だった。
顔を赤くしているのは俺にすべてを見られていたから、というわけだけではないだろう。
あの後、特に揉めることもなく晴れて恋人になったアークたちは、関係性が変わったことによる緊張とか色々な感情が交ざっているのだと思う。
なんにせよ、初々しい三人だ。
つい弄りたくなるが、そうやって外部が茶々を入れることで良くない結果になっても困るし、俺はただ祝福するだけにしておこう。
「それにしてもアークの宣言は男らしくて格好良かったね」
――僕が二人とも幸せにするから、ずっと傍にいて!
離れたところで待っていたのだが、森中に聞こえるほど大きな声で宣言したため普通に聞こえてきた。
しかもそれが聞こえたからか、森中の動物たちがいきなりテンション上がったり、ミリエル様がなんだか悶えてたり、色々と騒がしかったものだ。
「あ、改めてそういうこと言うのは……」
「「……」」
また顔を真っ赤にした女性陣は、アークの宣言を思い出しているのかもしれない。
二人揃って彼のマントをちょっと摘まんでいるのは、少しでも離れたくないからだろうな。
初々しい……ミリエル様じゃないけど、本当になんか良いものを見させて貰っている気分になる。
「でも、ようやくすっきりしました」
「ん?」
「ずっとセレスとエリー、二人と一緒にいたいって思ってましたから」
前に相談してくれたとき、二人とも好きだと言っていた。
しかしセレスさんが聖女として神様に自分の生涯を捧げているため、結婚や子どもを得ることが出来るのはエリーさんだけだった。
それならエリーさんとだけ恋人になるという選択もあったはず。
だけどアークは一緒に苦楽をともにしてきた仲間であり、大切な人だからこそ、なんとかしたい想いが強かったのだろう。
「二人とも良かったね」
「……はい」
「うん……」
アークの言葉が嬉しかったのか、そのまま両腕に抱きつく。
もし日本でこんな光景を見ていたら嫉妬していたかもしれないけど、今は微笑ましい。
「しかし、みんな関係性が変わっていくなぁ……」
最強種だろうと、勇者や聖女だろうと、人は人。
時間とともに色々と変化は起きて、俺が見ている限りそれは前に進んでいるように見える。
「……俺も頑張らないとな」
三人で幸せそうにしている姿を見て、そう強く思った。
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