第164話 恋愛巧者
元気いっぱいな子どもたちまだまだ遊ぶということで家に戻ると、エプロンを着けたレイナが呆れた顔をしていた。
とはいえ馬鹿にしたようなものではなく、少し楽しげな表情だ。
「もしかして見られてた?」
「ええ。アラタは子どもに甘いわねぇ」
「レイナだって甘いと思うよ」
居間に入って窓の外を見ると、子どもたちが大精霊様たちとも遊び始めている様子。
ミリエル様、最高に幸せそうだ。ちなみにフィー様たちは彼女が暴走しないよう、警戒した様子を見せている。
「ずっと寝てたからまだお昼食べてないわよね」
そう言ってサンドイッチを持ってきてくれる。
中に挟まっている肉は森とかで狩っている物で、野菜類はアールヴから貰ったものらしい。
「この間サクヤさんのところに遊びに行ったんだけどね――」
そう言って色んなことを話してくれる。
この島に来たときは常に俺が一緒に行動していたけど、最近はいつも誰かが彼女の傍にいてくれるので、色んなところにも行けるようになっていた。
それにいつの間にか弱い魔物くらいなら倒せるようになったみたいだし、どんどん強くなってるみたい。
「これならもう、俺がいなくても大丈夫だね」
別に特別な意図があって言ったわけではなく、ただ何気なく口にした言葉。
だがそれを言った瞬間、レイナの表情が不安そうに曇る。
「どうして、そんなことを言うの?」
「え?」
意味は無いよ、と言おうとした瞬間、当然抱きついてくる。
「レイナ?」
「嫌よ……貴方がいなくなるのは嫌……」
「あ、えっと……うん。ごめん、変なこと言ったね」
この間スノウがいなくなってしまったことを思い出してしまったのかもしれない。
かなり取り乱していたし、俺の言葉は不用意だったな。
「俺はいなくならないよ」
子どもをあやすように、優しく抱きしめる。
身体に顔を埋めているため彼女がどんな顔をしているのかわからないが、俺を離さないようにぎゅっと抱きしめてきた。
こういうとき、だいたい子どもたちがじっと見つめていてうやむやになるんだけど……。
窓の外を見ると大精霊様たちと遊ぶことに夢中になっていて、しばらくこちらにやって来る気配はない。
温かい太陽と柔らかい風を受けながら、俺はしばらくレイナを抱きしめ続ける。
「……」
しばらくすると彼女も恥ずかしくなったのか、顔を紅くして離れた。
と言ってもソファの隣に座り直しただけで、離れる気はないみたいだ。
実際、指は今もくっついていて、くすぐったい気持ちになる。
お互い無言のまま、ずっとそうしていると、不意にレイナが指を離した
「そろそろみんな帰ってくるから……ご飯の準備をしないと」
「え?」
窓の外を見れば、先ほどまで昼だと思っていたのにもう太陽が紅く染まって沈もうとしていた。
どうやら気付かないうちに何時間も経っていたらしい。
好きなことをしている間は時間が過ぎるのが早いものだけど、ただ傍にいるだけでこれはもう凄いな。
うん、本当に凄い。
「大精霊様たちもいるし、今日はまた外で食べましょうか」
「そうだね。それじゃああの子たちにも言って準備してくるね」
そうして俺は家から出てから、思わず顔に手を当ててしまう。
心臓がいつもより早く動いていて、色々と気付いてしまったのだ。
「あれー? お兄ちゃんお顔が赤いよ!」
「ぱぱ、大丈夫?」
ルナとスノウが心配そうに近づいてくる。そんな二人に大丈夫だよと返すが、その中で一人、ティルテュだけは訝しげな顔でこちらを見てくる。
「旦那様、もしかしてレイナなにかあったんじゃ……」
俺はなにも言わず、バーベキューが出来るように色々と収納魔法から取り出すのであった。
夕食の準備が進むにつれて、人が集まるのはいつものことだ。
マーリンさんやゼロスも家から出てきて準備を手伝いに来てくれて、どこで聞いたのかエルガが大量のお酒を背負ってやって来た。
エディンバラさんは水の大精霊であるディーネさんと会話をしている。
二人とも落ち着いた人たちだから、話が合うのかも知れない。
勇者や聖女と言われるだけあり、アークやセレスさんにとって光の大精霊であるミリエル様は特別な存在らしく、感動していた。
そんな二人にママと呼ばせようとしていたが、恐れ多すぎると断られて泣いており、いつもどおりフィー様に追撃されている。
七天大魔導、それに勇者一行。そんな彼らもこの島では決して強者というわけではない。
だから最初の頃は出会う種族を恐れていたりしていたが、初めて会う人たち同士でも交流も深められていて、ずいぶんとこの島に慣れたなと思った。
「はっはっは、いつも通り騒がしくも良い雰囲気ですなぁ」
「あ、ゼフィールさん」
「ギュエス殿から貰った酒があるので、一盃どうですかな?」
「いいですね」
近くの岩に座ると、ゼフィールさんは瓢箪に入った酒をお猪口に入れてくれる。
それを飲むと、喉が焼けるような感覚。
鬼神族の酒は辛口の日本酒のようで結構強く、だけど美味しい。
「これはまだ子どもたちには飲ませられないですね」
「大人の味ですからな!」
ゼフィールさんは楽しげに笑いながら、騒がしくしている面々を見る。
その顔はとても優しげだ。
「なんともまあ、この島は不思議な場所です。これだけの人種が集まるなど、大陸ではまずあり得ない光景でしょう」
「そうなんですか?」
「ええ。人間は敵を作らねば生きてはいけない生き物ですから」
この島以外にこの世界のことを知らない俺だが、ゼフィールさんが言いたいことはなんとなくわかる。
俺もこの世界に転生する前はブラック企業に勤めていたが、会社という小さな場所ですら上下関係、派閥、好き嫌いで人間関係は悪化する。
これが不思議なもので、元々仲の悪い人間がどちらかいなくなると、今度はまた別の人間と仲が悪くなるのだ。
平和な世界である日本でもそうなんだから、魔法使いや戦士、魔物がいて戦いが日常にあるような彼らの世界はもっと酷いこともあったのだろう。
俺じゃ想像も出来ないような戦いや勢力争いなどがあってもおかしくない。
「力が強くなればその分だけ責任も増すもの。ですがここに来て、誰もがみな相手を尊重しようとしている。これはとても驚くべきことです」
そんな過酷な世界でずっと生きてきたゼフィールさんだからこそ、より強く思うことがあるのだろう。
「元々みんな良い人たちですから」
「ははは! アーク殿たちはともかく、我々がやってきたことをすべて知れば、とても良い人とは言えませんな!」
「それ、俺の知らないことなんで」
この島に来る前に彼らがどんなことをしていたかなんて、関係ない。
俺が知っているのは、この島に来て交流をしていった彼らだけなのだから。
「まあ、そんなアラタ殿がいるからこそ、この光景なんでしょうな」
「俺は普通に、したいことをしてるだけなんですけどね」
そう言うと、ゼフィールさんはまた笑うだけだった。
しばらく二人で酒を飲みながら雑談していると、ヴィーさんが騒ぎに気付いて家から出てきた。
顔を見る限り寝起きっぽく動きが緩慢だ。
エディンバラさんが食事を持って行ったり、色々と世話を始めている。
その流れで子どもたちがヴィーさんの近くに集まっていき、さらにその背後からミリエル様が近づいて行った。
「なに騒いでるんだろ?」
見た感じ、ヴィーさんに虫を払うように手で払われて、それに対してミリエル様が抵抗している感じかな?
多分この島の中でも最古に近い二人なんだろうけど、やってることは子どもの喧嘩だ。
あ、スノウに怒られてる。
さすがのヴィーさんもスノウに怒られてちょっと困っていた。ミリエル様など遠目で見てもショックを受けて、必至に謝っているのが見える。
「スノウはいい子だなぁ」
「アラタ殿はなかなか親馬鹿の素質がありますな」
「そんなことはないと思いますけど?」
スノウが可愛いと思うのはみんなの共通認識だしね。
なんて思っていたら、いつの間にかグラムとサクヤさんが来ていることに気付く。
どうやらレイナが呼んだらしいけど……。
「なんか青春ですねぇ」
「青春?」
「初々しいってことですよ」
食事の中心は炎が燃えてみんな騒がしいが、離れた森の近くは暗く少し見づらい。
わざわざみんながいる喧騒の中じゃなく、ああして離れたところで二人っきりになるのは、学生恋愛っぽさがあって微笑ましい。
「……わざわざ離れる理由がわかりませんな? 隠れたいなら隠れて、皆と一緒にいたいなら輪に入れば良いと思うのですが……?」
「いやいや……あれは――」
「二人とも、ここにいたんですね」
俺がなぜグラムたちがあんな場所にいるのかを説明しようと思ったら、アークがやって来た。
少し顔が赤いが、まだ酔ってはいなさそうだ。
彼の来た方向を見ると、レイナたちがまた女子会に花を咲かせているので、どうやら離れてきたらしい。
「丁度良いや。アーク、あれ見てどう思う?」
「サクヤさんたちですか? えーと、なぜあんなところで……? みんなの前に来たら良いのにとしか……」
どうやらアークもわからないらしい。ってことはこの感覚はこの世界にはまだないのかな?
「あのね。あえてみんながいるときにこっそりと抜け出して、だけど微妙に見える位置で甘え合うのって凄く緊張するんだ」
吊り橋効果みたいなものかな。
結局俺は前世で誰かと付き合ったりはしてなかったから、漫画とかで読んだ知識でしかないんだけど……。
「ふむ……周りからどう見られてるのだろう、ということですかね?」
「そうそう。自分たちが幸せなところを見て貰いたいって気持ちもあるんだろうけど、ちょっとしたスパイスで――」
「ああ、よくアラタさんとレイナさんがやってるやつですね」
「……え?」
そんなことした記憶はないけど、と訂正しようとしたところで、ゼフィールさんが納得したように頷く。
「わかりやすいですな。なるほど、だからアラタ殿はいつもああやっていたのですね」
「あの、いや、その……」
え? 俺ってそういう風に見られてたの?
いやたしかにレイナとちょっとそういう風な雰囲気になるときはあったけど、別にわざとしているわけじゃなくて、たまたまタイミングがあっただけというか……。
「アラタ殿は中々恋愛巧者でしたか」
「凄い……」
「いやちょっと待って。俺そういうのを意識したことなかったし。俺の知識なんて漫画とかだけだからアーク、そんな尊敬したような目で見るのは止め――」
「実は今、彼女たちとの関係に悩んでいて……ぜひ僕の相談にも乗ってください!」
その言葉に、余計なことを言ってしまったと後悔するのであった。
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