第163話 大精霊来訪
元々俺はこの島でスローライフを過ごすために転生したのだ。
なのにハイエルフの里では色んなトラブルを解決するために忙しなかった。
これは良くない、こういうことに慣れてしまうとまたブラック企業よろしく、いつも忙しい日々が当たり前になってしまう。
というわけで初志貫徹。今日はだらけようと決めて、木にハンモックをつけて、温かい太陽を浴びながら横になる。
「平和でいいなぁ……やっぱりこれだよね……」
柔らかな風に揺られながら、大きく欠伸をしてしまった。
少し離れたところを見れば、遊びに来たティルテュやルナたちが楽しそうに笑い合っている。
どうやら自分たちの家族を紹介し合っているらしく、ルナはクルルとガルル、ティルテュはアラテュを連れてきていた。
スノウもそんな三匹に囲まれてとても楽しそうだ。
少し離れたところでは、そんな様子をカティマが微笑ましそうに眺めている。
近づかないのはさっきまでスノウのパワーに振り回されて体力を失っているからだろう。
お疲れ様、と思っているとスノウがこちらに駆け足にやってくる。
「わぁい」
「おっと」
そしてそのままジャンプして俺の胸に抱きついてくるので、受け止めた。
腕の中でもぞもぞと動くので自由にさせてあげながら、俺はもふもふの髪の毛を撫でてあげる。
「飛び込んだら危ないよ」
「大丈夫!」
まあ大丈夫だろうけどね。
ただ抱きつきたかっただけなのか、この飛び込みが楽しいのか、一度降りるとまた駆け寄ってきて飛び込む。
「えへへー」
笑いながら何度もそれを繰り返し、俺はそのたびにキャッチする。
――子どもって同じことするの好きだよなぁ……。
なんて思いながら俺もハンモックでだらだらしていると、今度はアラテュが近づいて木に登り、落ちてくる。
「わっ⁉」
「なー」
顔面を隠すように落ちてきたので、視界が真っ暗になった。
アラテュの楽しそうな声が聞こえてくると、どうやらお腹にスノウがまた飛び込んできたらしく、そのままくっついてくる。
「二人とも、ハンモックは一人用だから降りようね」
「なー?」
「あははー!」
全然聞いてくれないし、もういいかと自由にさせる。
太陽に当たって温かなスノウが、布団のように丁度良く、俺は抱きしめながら目を閉じる。
意識が一気に持って行かれそうになり、このまま眠ってしまうことにした。
「あ、良い匂い……」
目が覚めると、どこからか美味しそうな香りが漂ってきた。
太陽が先ほどよりも高い位置にあることがわかり、どうやら一時間ほど昼寝をしてしまっていたらしい。
「あ、起きた。子どもみたいに気持ちよく寝てたねー」
「え?」
ハンモックで空を見上げていると、横から白髪の少女の顔が目の前に現れる。
「おはようアラタ君!」
「……ミリエル、様?」
「うん!」
ぼけた頭で尋ねると、元気な笑顔を見せてくれる。
「どうしてここに?」
「遊びに来たんだよ!」
身体を起こすと、離れたところでスノウがディーネ様を抱えていた。
ティルテュはアラテュを抱えた状態で、ルナはククルとガルルを抱えている。
なぜか子どもたちはみんな、自分の抱えた子にご飯を食べさせていた。
「あー、かーわーいーいー! ママがみんなを抱きしめた-い!」
「駄目よ! 今はあの子たちがママなんだから!」
「あ、フィー様もこんにちは」
「ええアラタ! 挨拶が出来てとても偉いわね!」
ミリエル様の近くに飛んでいたフィー様は俺の傍にやってくると、その小さな手で頭を撫でてくれる。
「あー、私もやる!」
そしてミリエル様がそんなことを言って、俺の頭を撫でる。
なんだこれ?
見た目が小さい女の子や妖精に子ども扱いされているこの状況に、俺はもうされるがままにするしかなった。
「ところで今ってどういう状況なんですか?」
お昼過ぎってことはわかるんだけど、あの子たちがなぜみんな揃ってあんなことをしているのかわからない。
「ミリエルがママになるって言い出してね! そしたらあの子たちが真似し始めたの!」
「えーと……?」
最初はなにを言っているのかわからなかったが、フィー様の言葉を聞いていくと、どうやら彼女たちの中でママブームが始まったらしい。
つまりは、おままごとである。
幼稚園児とかがやる場合は人形で遊ぶんだろうけど、彼女たちの場合魔物が子ども扱いらしい。
そういえばこの世界に来てから教えてきた遊びってどっちかというと男の子向けが多くて、ああいうのは教えてこなかったな。
「ディーネ様、あれいいんですか?」
スノウの膝の上に乗ったディーネ様が赤ん坊のように食事をさせられていた。
あの人、大精霊で偉い人なのに。というかカティマの顔が若干青ざめているのは、それが理由なんじゃ……。
「ディーネはね! 私たちの中だと子どもだからいいのよ!」
「グエンとジアースはすぐにシェリルが連れて行っちゃって、大精霊の子どもと触れ合う機会はなかったから、今とっても楽しそうだもんねー」
「楽し、そう……?」
傍目にはスライムにしか見えないため、感情が読み取れない。
これまで出会った大精霊様の中だと一番しっかり者というか、大人な雰囲気があるだけに怒ったりはしないだろうけど、楽しそうには見えなかった。
そういえば今のフィー様たちの話。
グエン様とジアース様をシェリル様が連れて行ったと言ったけど、どのタイミングだったんだろう?
「ミリエル様は北の大精霊様たちに思うこととかあるんですか?」
以前シェリル様が反抗期に入り、南の森から出て行ったと言っていたから、少なくとも二千年以上前なんだろうけど……。
「あるよあるよー! もっともっと可愛がりたかったもん! シェリルだって二千年しか可愛がれなかったんだよ!」
「……なるほど」
シェリル様が離れる理由もわかった気がした。
大精霊様の感覚は俺にはわからないけど、二千歳になってもまだこんな風に甘やかされたら逃げたくもなるかな。
「グエンたちだって五百年くらいしか可愛がってなかったのに!」
「そりゃあんだけべったりしたらあの子たちも逃げるわよ!」
「ただ愛していただけだもん!」
まあつまりそういうことなのだろう。
昔聞いた感じだと大精霊様たちの確執って大きいのかなって思っていたけど、正直全然大したことなさそうだった。
「会いに行かないんですか?」
「行きたいけど駄目って言われてるの。アールヴの子たちがびっくりするからって」
「なるほど……」
たしかに、スノウが生まれてからは結構気楽に村まで出ているみたいだけど、それまでは守るだけにしてたみたいだもんな。
自分たちが信仰している大精霊様たちが来るだけで騒ぎになるのに、あまり仲の良くないと思われている他の大精霊様が来たら大変なことになりそうだ。
――そういえば、いつもならスノウを見守りに来てるのにいないな。
やっぱり警戒してるのかもしれない。
「アンタが気にしなくてもいいわよ! こんなのもう千年以上も前からなんだから!」
「フィーは気にしてよぉ」
「嫌よ! 私シェリル怖いから苦手だもの!」
そんな風に二人が騒いでいると、ディーネ様を抱えたスノウがこちらにやってきた。
「ぱぱが起きてる!」
「うん、起きたよ。ディーネ様、スノウの面倒を見てくれてありがとうございます」
「気にするな。子どもというのはこういうものだ」
するりとスノウの腕の中から抜け出して、また騒いでいるフィー様を諫めていた。
やっぱり大人って感じがするなぁ。
「よっと」
スノウの脇を抱っこすると、丁度向こうから俺と同じように自分の子どもたちを抱っこしている二人がやってくる。
おそろいだね、と言うと二人は嬉しそうだった。
「はわわわわ! 可愛いー! 可愛いよー!」
俺に抱っこされたスノウと子どもたちを見て、ミリエル様の目がハートになった気がした。
それくらいの勢いで近づいて来ていて――。
「ディーネ! ミリエルを抑えるわよ!」
「うむ!」
大精霊二人がかりで抑え込まれて、それでも止まろうとせずこちらに手を伸ばしてくる。
正直ちょっと怖い勢いだ。
「な、なんなのだこいつは……」
「おおー……」
ルナは楽しそうだが、ティルテュなどはちょっと怯えている。
多分力が強いとかそういうのじゃなくて、迫ってくるミリエル様の雰囲気が普通に恐怖なのだろう。
――スノウは、ちょっと興味深そうだけど。
「私も抱っこしたいのー!」
「うーん……スノウ、いい?」
「んー……」
ちょっと可哀想に思えてきてスノウに聞くと、彼女は悩んでいる。
シェリル様だったら全然抵抗なく抱っこされるんだけど、グエン様とかジアース様みたいに迫ってくる相手はちょっと苦手っぽいんだよなぁ。
スノウはじっとミリエル様を見る。
「……いいよ」
少しだけ躊躇いがちだが、本人から許可が出たので、ディーネ様に捕まっているミリエル様のところまで行く。
「わわ! やった! それじゃあ抱っこするね! しちゃうからね!」
「うん」
そしてスノウを手渡すとミリエル様はとても幸せそうな顔をする。
「ああぁぁ! 可愛いー!」
「んー……」
「ねえねえスノウ! ママって呼んでいいんだよ!」
「スノウのままは一人だから、や!」
「そんなスノウも可愛いー!」
対するスノウの顔は嫌だという気持ちがあるわけではなさそうだが、かといって特別楽しそうでもない。
目を細めて、なんとも言えない感じだった。
とりあえず害はなさそうだ。
「旦那様、旦那様」
「ん? どうしたのティルテュ?」
「アラテュが抱っこして欲しいって」
渡されたので抱えてあげると嬉しそうに鳴く。なんか可愛いな。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、クルルとガルルも!」
「それじゃあ全員纏めて抱っこしてあげるからおいで」
「「わーい!」」
そう言ってアラテュを頭に乗せて手を広げた瞬間、なぜかティルテュとルナまでくっついてきた。
正確には腕にぶら下がるような形だが、自分たちで上手くバランスを取ってくれるので、俺はただ棒立ちになっているだけだが。
「っ――⁉ ぱぱ! スノウも!」
そしてこの状況を楽しそうとでも思ったスノウが、慌てたようにミリエル様から離れて俺の背中に張り付いた。
「あぁぁー! いいなぁぁぁぁ!」
「アンタ、すごい格好ね!」
「もはや顔しか見えんぞ」
「あはは……」
両腕と身体にはティルテュとルナとクルルとガルル。
頭の上にはアラテュがいて、背中にはスノウと凄い格好な自覚はあった。
とりあえずこうして懐いてくれているのは素直に嬉しいので、しばらくされるがままにしてあげようと思う。
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