第159話 ラタトスク

 残った俺は一人で出来ることもなく、一度テントに戻って横になりながら、これからどうするかを考える。


「まだ、根本的な解決にはなってないもんなぁ……」


 ニーズヘッグにしても、あの鳥にしても、闇の牢獄に放り込んだだけ。


 たとえば俺が寿命で死んでしまったら、結局また同じことの繰り返しになってしまうだろう。


「とりあえずシェリル様にお願いしてみるか? でもあの人こっちの大精霊のこと好きじゃなさそうだしなぁ」


 そもそも手伝う気があるなら今の時点でやって来ててもおかしくないけど……。


 まあスノウには甘々な人だ。きっと助けてくれるだろう。


 少しだけ目を瞑る。

 この身体は疲労とは縁の無いはずだが、それでも精神的に疲れていたのかそのまま意識が失い、気が付くと夜になっていた。


 テントから出ると、森は静寂に包まれている。


 どうやらあの鹿はまだこっちに戻ってきていないらしく、ハイエルフたちも各々休みを取っていて、世界樹の方も静かなものだ。


 俺はその場に座り込んで世界樹を見上げる。


「なんだろう。あの木を見ていると懐かしい気持ちになるな……」


 前世で過労死して、神様にこの島へ転生させて貰うまでは日本に住んでいたのだから、あんな巨大な木を見ることなんてなかったはずだ。


 だけど俺はあの世界樹を知っている。それこそ、この島に来るよりも前からずっと……。


「理由、教えてやろうか?」

「え?」


 振り向くと、魔女の格好をしたヴィーさんが背後に立っていた。


 そういえばレイナに呼んでくるように頼んでいたんだけど……この格好ってことは相当本気で来てくれたらしい。


「寝ているところを叩き起こされて何事かと思ったが、もう解決してるとはな」


 少し不貞腐れた様子だが、怒っているわけではないらしい。


「来てくれてありがとうございます」

「レイナがどうしてもというからな。くくく、あいつめ、助けてくれるならなんでも言うことを聞くなどと私と約束したのだ。そこまで言われたら、来ないわけにはいかないさ」

「……お手柔らかにお願いします」

「それは知らんなぁ」


 悪い笑みを浮かべないで欲しいなぁ。


 とはいえ、あのときはそれだけ切羽詰まっていたのは間違いないし、ヴィーさんだって心配して来てくれたんだろう。


 それはレイナたちを置いて自分一人だけで先に来たことからも伝わってくる。

 あとでなにをさせられるのかわからないが、出来る限り受け入れようと思った。


「しかし闇の牢獄か。お前がなんでも真似出来るのは知っていたが、あれにはたしかに有効的だな。出来るかどうかは別として……」


 ヴィーさんが鳥を入れた闇の牢獄を見て感心したような、呆れたような声で言う。


 以前シェリル様に直接使われたせいか、他の魔術よりもコピーしやすかったくらいだけど、やっぱり普通じゃないよなぁ。


「ところで、俺が世界樹を見て懐かしいと思う理由、知ってるんですか?」

「ん? ああ。むしろお前がその理由をわからないとは思わなかったが……お前の身体、世界樹で出来てるだろ?」

「え? そうだったんですか?」


 そう言われて、俺は首を傾げる。

 世界樹? 俺の身体が?


「うん? なんだ、本当に知らなかったのか」

「神様の手で特別頑丈に作られた身体なのは知ってましたけど、俺って世界樹なんですか?」

「正確には世界樹と繋がっているこの……まあそれはいいか。たとえ貴様が何者であっても、この島のやつらはなにも変わらんからな」


 ヴィーさんは意味深に言葉を切ると、世界樹を見る。


「……俺の存在がみんなの迷惑になることって、あります?」

「今回くらいのトラブルはあるかもしれんが、こんなのは何千年も生きていれば良くあることだ。気にするほどのことじゃないさ」


 普通今日くらいの出来事があれば歴史に残る大事件なのだが、やっぱりこの人の感覚はスケールが少し違うな。


 まあそれはスザクさんとか、大精霊様たちも似たようなものか。


「それより帰ったら覚悟しておけよ。レイナはもう私と契約したのだからな。当然、貴様も巻き込んでやる」

「悪魔の契約しちゃったかも……」


 悪い顔して笑うのは怖いけど、お願いしたのは俺だし責任はちゃんと取らないなぁ。

「なに、その分はちゃんと働いてやるとも。とりあえず今の状況を改善する方法を教えてやる」


 そう言ってヴィーさんはポケットから一匹のリスを取り出した。

 闇の紐みたいなのでガチガチに縛られて動けず、バタバタとしている様は少しコメディチックだ。


「それってたしか……ラタトスク、っでしたっけ?」

「ああ。途中で見つけたから捕まえておいた」

「でもそいつって害にならないってブリュンヒルデさんも言ってたけど……」

「害にならない? こいつが?」


 ヴィーさんがかなり邪悪に笑うと、ラタトスクに縛っている紐を持ってブンブンと振り回した。


 ぐるんぐるんとヨーヨーのように回り、悲痛な鳴き声を上げる。


「あのなぁ。今回の件、こいつが原因なんだぞ」

「え⁉」


 そうしてヴィーさんはラタトスクがなにをしたのかを語り出す。


 元々ニーズヘッグにしても、ヴィゾーヴニルにしても、封印から解けたらすぐに世界樹を攻撃するような習性があるわけではなかった。


 たしかに役割は神様が世界をやり直すとき、世界樹を壊すために作った生物ではある。


 だが逆を言えば、指示がなければ世界樹に攻撃することもなく大人しくしているという。


「でだ、そいつらに天界から指示を出すやつが必要で、それがこいつなわけだが……」


 ぐるぐる回ってもはやどんな姿をしているのかもわからない状況だが、つまりそういうこと。


 この神様の使いであるラタトスクが適当なことを言い、その言葉を信じたあの魔獣たちは世界樹を攻撃、或いは魔力を奪い始めたという。


「……」

「そう怒るな。こいつも暇だったんだろ」

「暇つぶしで、みんなが困ったんです。スノウもいなくなって、レイナは泣いて……」


 ヴィーさんが手を止めたので、ラタトスクと目が合う。

 俺の怒りを感じ取ったからか、怯えたようにしていた。


「退屈は不死を殺す」

「……」

「長く生きているとな、それで死んでしまうんだよ。こいつはこいつで必死だったのさ」


 ヴィーさんの言葉は、以前から何度も言っていることだ。

 千年、二千年、下手をしたら万を超える年月を生きてきた彼女にとって、もしかしたらラタトスクの気持ちは痛いほどわかるのかもしれない。


「こいつは私が連れて行く。なに、貴様らに対して悪いようにはしないさ。千年くらいは大人しくなるよう、しっかりと調教しておいてやるよ」

「……わかりました」


 ある意味、核爆弾のスイッチのような存在。それなら下手に放置したり、どこかに封印するよりヴィーさんが従えている方が良いのかも知れない。


 それがどこよりも一番安全な場所だから。


「さて……雑談もいいが、そろそろ来るか」

「え? あ……」


 ヴィーさんが振り向くと、ティルテュやカティマ、エルガ、それにエディンバラさんまで引き連れたレイナがやって来た。


 その表情は必死で、きっと彼女なりに出来ることを全部やった結果なのだろう。


「ははは。どこの世界にあれだけの戦力を引き連れた人間がいるだろうなぁ!」


 ヴィーさんはどこか優しげにそう言うと、空中に浮いた。

 たしかに、神獣族、古代龍族、それに人類最強の魔法使いといった面々を引っ張るなど、普通の人間に出来ることではないだろう。


 きっとみんなスノウを心配してくれて、それにレイナの助けになりたいと思って来てくれたのだ。


「これ以上私がいても出来ることはないな。このリスのことは任せて、貴様は貴様のやるべきことをするといい」


 そうして彼女は夜空に消える。

 なんだかんだ、本当に面倒見の良い人だよなぁ。


 そんな彼女を見送って、俺はやってくるみんなに状況を説明しに行くのであった。


――――――――――

【あとがき】

新作がありますので、良ければこちらも応援お願いします!

▼タイトル

『転生主人公の楽しい原作改変 ~ラスボスに原作知識を全部話して弟子入りし、世界を平和にしてから始まる物語~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330659971670937


毎日更新を続けていた島の更新頻度ですが、次回から『水曜日と土曜日』の週二回になります。

なので次回は13日(土)ですので、よろしくお願い致します。

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