第157話 世界樹の根に巣くう怪物

 ブリュンヒルデさんの案内で世界樹の根元に辿り着くと、澄んだ綺麗な泉があった。

 触れると、凄まじい濃度の魔力が込められていることがわかる。


「フヴェルヴェルミルの泉と言います。他にもいくつか泉があり、ここから島全体の魔力を得ているのです」

「それで、あれが……」

「はい。ニーズヘッグです」


 蛇というより、ワニのような胴体と手足。

 人程度であれば軽く一飲み出来てしまいそうな大きさだが、想像よりは小さかった。


 周囲には無数の蛇がいて、世界樹の根元に噛みついている。


「ニーズヘッグの眷属共も死なず、剥がれず、世界樹を囓り続けて穴を空けるのです」


 エルガが小さな蛇を掴んで引っ張るが、蛇はまるで最初からくっついているように剥がれない。


 殴りかかっても、そもそもダメージという概念がないように、根元を食べ続けていた。


「こいつはまたひでぇな」

「……」


 神獣族の大戦士であるエルガですら駄目なら、恐らく単純な力業でどうにかなるわけではないのだろう。


 試しに俺も蛇を掴んでみると――。


「あれ? 普通に剥がれた?」


 そんなに力を入れたわけじゃないんだけど……。


「え? そんなはずは」


 驚いたブリュンヒルデさんが同じように蛇を掴むが、やはり剥がれない。

 エルガも別の蛇を引っ張ってみるが、やはり結果は同じだ。


「お前、全力で引っ張ったとかじゃねぇよな」

「いやいや、こんな感じだよ」


 他の蛇を掴むと、蛇は自分の意思のように剥がれてしまう。

 蛇は俺に巻き付いたり軽く噛みついてきたりするだけで、それも本気には見えない。


 特に抵抗する様子もなくぶらーんと噛みつきながら垂れる蛇を見せると、エルガは困惑した様子だ。


「こいつらって世界樹以外に興味がないはずだよな……?」

「すっごい噛みついてくるけど……俺って美味しいのかな?」


 二人でぶらぶらと揺れる蛇を眺める。

 対してブリュンヒルデさんは真剣な表情でそれを見つめて――。


「これなら……お父上!」

「あ、はい!」

「その蛇たちは、殺せますか⁉」


 彼女からしたら、世界樹を攻撃する害獣なのだ。


 当然そう提案してくるし、俺としてもこいつらに対して情が移るなんてことはないので、くっついている二匹の蛇のうち、片方を地面に落として踏んでみる。


 なにか特殊な結界でも離れているのか、まるで感触がない。

 見たところ痛みを感じている様子すらないので、このまま殴ったり踏んだりしても殺すことは出来ないだろう。


「殺すのは駄目みたいですね」

「そうですか……」


 このまま殺せれば問題が解決したから、残念そうだ。

 ただこの蛇を引き剥がせるのであれば、これらのボスであるニーズヘッグももしかして……。


「ちょっとあいつもやってみますね」


 根元に張り付いてガジガジと噛んでいる巨大な蛇。

 その尻尾を掴んで引っ張ってみると、抵抗があった。


 ただ、抵抗があるということは引き剥がすことも可能と言うことで――。


「お、おおおおお!」


 ミシミシと少し地面が浮かび上がり、巨大な根元が浮かび上がった。

 だがさすがにこれだけの規模の大樹の根ということもあり、そこで止まる。


 両手両足で必死に張り付くニーズヘッグだが、徐々に俺の力に負け始めて――。


「らぁぁぁぁぁ!」


 気合いを入れて引っ張ると、世界樹から引き剥がれた。

 なんだか甲高い変な声で鳴いて、すぐに世界樹の元に行こうと足をバタバタさせるが、そうはさせない。


 尻尾を引き摺って、ブリュンヒルデさんたちのところまで持ってきた。


「いけました!」

「す、すごいですね……」

「おいおい、こいつはまた滅茶苦茶するじゃねぇか」


 二人は驚いたようにニーズヘッグを見るが、力自体はそこまで強くないから、またなにか特殊な力が働いていたのだろう。


 実際、エルガが何度か攻撃をしてみるが、やはりダメージはなさそうだ。


 ――なんで俺だけ引き剥がせるんだろ?


 理由はわからないが、これで問題の半分以上は解決出来た。


「っ――⁉」


 さすがに怒ったのか、ニーズヘッグが俺に噛みついてきた。

 先ほどの蛇たちと違って大きな口は俺の腕を一気に飲み込もうと鋭い牙を刺してきて、ほんの少し痛みを感じる。


 ――痛み?


 噛まれた腕を見る。そこまで大した痛さではないけど、俺に怪我をさせられる存在はこの島でほとんどいないはずだ。


 それこそヴィーさんクラスが本気にならないと行けないはずだけど……。

 まあ、今考えても仕方ないか。


「こいつをどうにかする手段ってありますかね?」

「そうですね……何分初めてのことですので……」


 檻にでも入れればいいと思ったが、その程度でどうにかなるならこれまでも困っていないだろう。


 収納魔法は生き物を入れられないし……。


「あ、そうだ」


 俺はかつて大精霊すら閉じ込めた魔法を一つ知っている。

 闇の牢獄――闇の大精霊シェリル様が使っていた、脱出不可能な空間だ。


「よし!」


 自分が何度も放り込まれているから、感覚はなんとなく掴める。

 とはいえ、この場で使ってしまってもし失敗したら大変なことになりそうだから、一度ニーズヘッグの尻尾を持ったまま空に飛ぶ。


「これでどうだ!」


 空中で生まれたブックホールのような空間。

 そこに思い切りニーズヘッグを放り込むと、ニーズヘッグは再び足をバタバタとさせながら慌てたように暴れる。


 しかし俺も以前経験したからわかるが、闇の牢獄には足場のような場所はない。


 上下左右、ただの闇でありどちらを向いているのかすらわからない無重力地帯だ。

 なにより、よほどの力がなければ魔力すら発生させることが出来ないのである。


 奇声を上げながらニーズヘッグは闇に吸い込まれていく。


 しばらく待ってみるが、飛びだしてくる気配はなかった。


「ふぅ……良かった」


 一度発生させた闇の牢獄を解除してしまうとニーズヘッグが出てきてしまうため、空中に放置したまま地上に降りる。


「まさか……こんなことが……」


 驚きすぎて反応が出来ないブリュンヒルデさんに対して、俺のことをよく知っているエルガは呆れた様子。


「今更だけどよ、お前どうなってんだ?」

「どうなってるって言われても……」


 その言葉に俺自身もなにも言えない。だって本当に感覚で出来てしまうから。

 そういえばさっき噛まれていたところ、どうなっているんだろうと思って見ると、すでに血は止まっていた。


 さすが神様印のチートボディだ。


「まあ俺は俺ってことで、このまま蛇たちも片付けちゃおう」


 さっきの鹿たちもそうだけど、これで根本的な解決になるわけではない。

 だがかなり状況は改善されるはずだ。


 俺が蛇たちを捕まえて闇の牢獄に入れている間、ブリュンヒルデさんとエルガが会話をしているのが聞こえてきた。


「……お父上なら、本当にこの状況を救える?」

「お前らハイエルフが他の種族から力を借りるのは極端に嫌がるのは知ってるが、このまま素直に頼ったら良いと思うぜ」

「エルガ……そう、ですね」


 初めて聞いたけど、たしかにエルフは排他的なイメージはあるもんな。


 今回話を聞いてくれているのも、俺が大精霊であるスノウの父親であることと、交流のある神獣族のエルガが一緒だからだったらしい。


 ――やっぱり、どんなに凄い種族でも、協力出来ることはした方がいいよなぁ。


 俺はなんとなくレイナのことを思い出す。

 彼女は俺と違って普通の人間で、この島の住人たちからすれば弱い存在だろう。


 だがこの島で知り合った人たちの中で、今更彼女を軽んじるような者はもういない。


 それはレイナがこれまで培ってきた色んな能力を駆使して、自分の立ち位置を確立したからだ。


「俺みたいに神様からチートを貰ったわけじゃないのに、凄いよなぁ」


 もちろんレイナだけでなく、他の七天大魔導や勇者パーティーの三人も、それぞれこの島に馴染もうとしている。


 それが凄いし、俺も負けないように頑張らないといけないなと思う。


「っと、これで全部かな?」


 世界樹に齧り付いていた蛇たちを全部闇の牢獄の中に入れ終え、なにかを話し込んでいる二人のところに近づいて行く。


 ふと、視線を感じた。

 見るとリスがこちらを見て、驚いた顔をしている。


 なんとなく嫌な気配がしたので捕まえておこうと思った瞬間、凄まじい勢いで世界樹を登って行った。


「なんだったんだあれ?」

「あれはラタトスク。ニーズヘッグたちと同じ世界樹に巣くう害獣です」

「倒さなくていいの?」

「あれ自体に世界樹をどうこうする力はありませんので……ただ今回の件を頂上にいるヴィゾーヴニルに伝えられてしまうかもしれません」


 ラタトスクと呼ばれたあのリスは、先ほどのニーズヘッグと頂上にいる魔獣の伝言役を担っているという。


「まあ元々仲の悪い魔獣たちです。倒したことを報告したからといって、報復をしてくるということはないでしょう」


 警戒心は持つだろうが、そもそも世界樹から魔力を奪う以外に害のない生物たちだから関係ないとのこと。


「これなら、ミリエル様たちが戻ってきても大丈夫かもしれない……」


 ブリュンヒルデさんが誰かに言うわけでもなく、独り言を呟く。


 その声には寂しさや悲しさが込められている。

 俺もスノウを助けたいから、はやく解決したいと思った。

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