第156話 四匹の牡鹿


 存在意義が世界樹を食べることで、それ以外には一切の興味を示さない不死の怪物。


 蛇、と言うが実際は概念的な存在らしく、無理矢理引き剥がすことも出来ないらしい。


「なんでそんな怪物が存在してるの?」

「世界樹は世界の柱みたいなもんだからな。いつか神が世界を作り直すとき、こいつに世界樹を喰わせて終わらせるつもりだったらしい」

「神……」


 この島には神に匹敵する力を持つ存在がいるが、おそらく創造神とかそういう存在の方だろう。


 実際、ヴィーさんを完璧な存在として作ったのもその神の一柱だと言うし、それなら大精霊様たちでも苦労するのはわかる。


 俺をこの世界に転生させたのと同等なのかまではわからないが、凄まじい力を持っているのは間違いなさそうだ。


「まあ問題なのはこいつだけじゃないっぽいけどな」

「四匹の牡鹿だっけ?」


 さすがに名前までは覚えられなかったけど、世界樹の芽を食べている存在というのはわかった。


「ダーイン、ドヴァリン、ドゥネイル、ドゥラスロールです」


 家から出てきたブリュンヒルデさんが、そう補足してくれた。


 彼女の格好は先ほどまでの白いワンピースから、戦装飾のように替わっている。

 大きな槍など、自然を愛するエルフらしからぬ格好に思えた。


 エルフと言うより、戦女神と言った方が似合っている。


「その格好は?」

「これよりあの牡鹿どもを叩き落としてきます。やつらは芽を食べているときしか攻撃が通じないので」


 そう言ってブリュンヒルデさんは駆け足で世界樹に向かって行く。


「俺たちも行くか」

「うん」


 エルガと共に追いかけながら、話の続きを思い出しながら纏めていく。

「えっと、まず蛇のニーズヘッグが世界樹の根元を囓ってるから、魔力が漏れちゃうんだよね」

「そうだ。しかも倒せず、剥がせず、食べること以外はなにもしない厄介なやつだ」


 世界樹も自然治癒能力は高いが、それでも追いつけないくらいのペースで食べているため、魔力が漏れ続けているということ。


「それで、今から倒そうとしてる牡鹿が若い芽を食べるんだよね」

「だな。こいつらも死なないうえ、世界樹の芽を食べてる時以外は一切触れることすら出来ない存在らしい」


 さすがは世界を壊すために作られた魔獣というか、厄介すぎる性質だ。

 対処として、食べ始めたらすぐに枝から叩き落とすということしか出来ないが、引き離すことが出来るだけマシらしい。


「ただまあ、一番厄介なのはあれだ」


 そうしてエルガが指を差したのは、世界樹の頂上にある光。


 ――魔力を奪い世界を照らす光、雄鶏ヴィゾーヴニル。


 ブリュンヒルデさんが最後に言ったその怪物。

 そいつが世界樹から魔力を奪い続けているうえ、他の怪物と同じように絶対に倒すことが出来ない存在らしい。


「んで、封印が解かれたこの怪物たちをもう一度封印したいところだが、ハイエルフたちの話じゃ力が足りなくて封印することすら出来ないんだってよ」

「あ、そっか。元々ニーズヘッグとか四匹の牡鹿も元々は封印されてたんだもんね」


 この島の結界が不安定になって復活してしまったらしいが、なにか対処方はあったのだろう。


 ヴィゾーヴニルたちを封印することすら出来なくなってしまったため、これまでも魔力を奪われ続けていたそうだ。


 今は大精霊様たちが奪われる魔力以上に魔力を注いでいるから世界樹が暴走することはないが、それも時間の問題。


「せめて復活したことにもっと早く気づけてたら、状況はもう少しマシだったかもしれねぇな」

「……」


 世界樹に到着すると、ハイエルフたちが集まって駆け上がっていた。

 そして登り切って芽を食べようとした牡鹿を枝から叩き落とす。


「普通の鹿に見えるけど……」

「あの高さから落ちて無傷な鹿だけどな」


 まったく懲りた様子もなく、牡鹿は世界樹を垂直に登っていく。

 道中で芽を見つけたのか、再び食べようとした瞬間にはハイエルフの放った魔法が飛んできて落とされた。


 彼女たちはそれを何度も繰り返している。

 ずっと、ああして世界樹を守ってきたのだろう。


「ニーズヘッグに根元を喰われてるが、ああして新しい芽を守れば魔力が回復するらしい」

「そっか……」


 俺は一度、牡鹿を殴ってみる。

 だが当たらない、というより存在していないかのようにすり抜けてしまう。


 どうやら芽を食べているとき以外は本当にどうにもならないらしい。


「ハイエルフたちも結構疲れてそうだな」

「うん。交代でやってるみたいだけど、少なくとももう一ヶ月くらいはこんなことを繰り返してるんだもんね……」


 戦争の籠城戦みたいなものだ。とにかく増援もないため、持てる手段だけでずっと同じことをし続けなければならない。


 以前俺たちがハイエルフの里に来たとき、すでにこの状況だったのだろう。

 絶対に死なない怪物を相手に、彼女たちはずっと戦ってきたのだ。


「よし!」

「ん? どうするんだ?」

「とりあえず、あの牡鹿たちを一回なんとかしてみる」


 俺は登っている牡鹿についていく。

 近くで警戒しているハイエルフの人が怪訝な顔をしているが、今回は手を出さないで貰おう。


 そして牡鹿が芽を食べようとした瞬間――。


「喰らえぇぇぇぇぇ!」


 手加減なしの全力で殴る。


 かつてエンペラーボアを遙か遠くのティルテュの住処まで飛ばしたことがあるが、今回はそれ以上に力を込めた。


 凄まじい勢いで空まで飛んでいった牡鹿は、一瞬で見えなくなるくらい遠くまで飛んでいく。


「よし! これなら結構時間を稼げるはず!」


 なにせこいつら、世界樹の芽を食べることしか意識がないのか、走ったり焦ったりせずのんびり歩くのだ。


 この世界の端がどれくらい遠いのかわからないが、あれだけ飛ばせばこの鹿たちのペースだったら一日は戻って来れないだろう。


「……」


 ぽかーんとハイエルフたちは俺を見てくるが、今は次だ。

 順番に登ってきた牡鹿を殴り、四方に飛ばしていく、


 根本的な解決にはならないが、これでハイエルフたちも少しは休むことが出来るはず。


 一度地面におり、エルガのところまで戻る。


「お前、前よりパワー上がってんじゃねぇか?」

「え? そうかな?」


 普段あまり全力を出さないので、その辺りはよくわからなかった。

 ただスノウが消え、その原因であるこいつらには怒りが沸いてくるのだ。


「お父上、ありがとうございます」


 世界樹の上にいたハイエルフたちが地面に降り、代表してブリュンヒルデさんがお礼を言ってくる。


 見れば疲労の色も濃く、かなり長い間まともに休めていなかったのだろう。


 他のハイエルフたちも、ホッとした様子。

 だが安心しているところで悪いが、俺にとって今一番大事なのはスノウなのだ。


「どうすればスノウを助けられますか?」

「世界樹を襲っている魔獣たちを再び封印出来れば、あるいは……」


 倒す、というのは無理なのだろう。

 ブリュンヒルデさん曰く、あの魔獣たちを再び封印するにはやはり大精霊クラスの力が複数必要だという。


 この世界の神はどれだけ厄介な魔獣を作ってくれてるんだ……。


「しばらく、危険はないんですよね?」

「それは間違いありません。あくまでも世界樹に魔力を与えているだけですから。ただ、それも限界が来たら……」

「ならすぐに行動します」


 牡鹿を遠くに飛ばしたことで、世界樹の回復は多少出来るのだ。

「根元に案内してください」

「ニーズヘッグを倒す気ですか? あれは死なない魔獣ですし、牡鹿たちと違って剥がれることもありませんよ」

「やってみないと、分かりませんから」


――――――――――

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