第155話 異変の原因
長い金髪に白のドレス。その上から自然の色をしたマントを羽織った彼女は、以前出会ったハイエルフの女性だ。
背後に並んでいる他のハイエルフたちも同じような格好だが、一人だけ宝飾類が豪奢であり、特に美しい容姿をしているため目を引いた。
「エルガ、それにお父上。お久しぶりですね」
あまり表情を変えず、淡々とした声。
俺をお父上と呼ぶのは、大精霊であるスノウの父親だからだろう。
「ようブリュンヒルデ、なんだよこれ」
「……」
エルガの問いに、ブリュンヒルデと呼ばれたハイエルフの女性はなにかを考えるように沈黙を続ける。
そして軽く手をかざすと、それが合図となって他のハイエルフたちが森の奧、世界樹の方へと消えて行った。
「ふぅ……」
彼女一人になったところで表情を崩し、愁いを帯びた表情で溜め息を吐く。
「見ての通りです」
「いやいやいや、そりゃ……」
「我々の力不足です。このままではまた世界樹が暴走をしてしまうかもしれません」
事情の知らない俺からすると、彼女がなにを言っているのかわからない。
エルガも首を傾げていて、しかし重要なことを言っているのがわかっているのか、言葉を挟まずに聞くことに徹していた。
ブリュンヒルデさんは今にも崩れそうな世界樹を見上げる。
上の方に関してはやはり光の影響で上手く見えないが、地上付近は光の靄などもなくはっきりと見え、根元が腐りそれが遙か上空の枝まで浸食しているようにも見えた。
「魔力を失った世界樹は、自らの飢えをなんとかしようと周囲の生物を無差別に襲うのです」
「え……」
その言葉に、俺は絶句する。
だってスノウは今一人なのだ。
こんな状況で、いくら大精霊でも危険があるかもしれない。
「あの! スノウが……前に俺と一緒にいた大精霊の子どもが消えたんですけどなにか知りませんか⁉」
「世界樹の求める魔力は莫大。とはいえ今はミリエル様たちが魔力を与えて抑えているので、すぐに危険はありません」
その言葉に少しホッとする。
しかし同時に、今すぐでなければ危険があるかもしれないということだ。
「スノウ様が消えたのは、他の大精霊様たちと同じように世界樹に魔力を与えるためかと思われます」
「っ――」
「世界樹と大精霊様は一心同体。ある意味、あの方々の本体こそが世界樹なのです。そこに危機が迫っていたことで、無意識に動いてしまったのでしょう」
「……それで、スノウは今どこにいるんですか?」
「世界樹の中で同化しているかと思われます。見つけ出すには、今の状況をなんとかしないと難しいかと」
なんとなく言っている意味はわかってきたが、それでもブリュンヒルデさんの言葉は端的というか、細かい説明がなされていないため焦りが強くなってしまう。
そのせいでだんだんと苛立ちが強くなってくる。
意味不明な言葉で濁すな! スノウを見つける方法をさっさと教えろ!
そう怒鳴りたくなってしまった。
「落ち着けアラタ」
「エルガ……でも!」
一歩前に出かけたとき、エルガに肩を掴まれた。
「なんとなく状況は理解出来たから、俺に任せな」
この島で生活をしていたエルガは理解出来たのか、納得した様子。
だが同時に、その顔が若干強ばっていて、今が相当不味い状況だということはわかった。
「おいブリュンヒルデ、世界樹はこの島から魔力を得ていたはずだろ? なんでこんなことになってんだ?」
前に出てそう尋ねたエルガに対して、ブリュンヒルデさんは少し顔を伏せる。
「ここ最近、何度も島の結界が揺らいでいたせいで、やつらの封印が解けてしまったのです」
「やつら?」
「ユグドラシルの根を喰らう蛇ニーズヘッグ。若き芽を喰らう四匹の牡鹿ダーイン、ドヴァリン、ドゥネイル、ドゥラスロール。そして……」
再びブリュンヒルデはユグドラシルの頂点を見上げる。
「魔力を奪い世界を照らす光、雄鶏ヴィゾーヴニル」
ハイエルフの里は他の種族たちの村のように種族が集まって住むような場所はないらしい。
代わりに彼らは自然と共に生き、この世界の木々や草の中で寝たり生活をするそうだ。
「今、私はここに住んでいます」
ブリュンヒルデさんに連れられてきたのは青い花が一面に広がった草原と、一本の大きな木。
世界樹まで遮る物は無く、なにかあってもすぐに辿り着けるような場所だ。
ブリュンヒルデさんが木の中に入って行く。
――正直、なにを考えてるのかわかりづらすぎる。
ハイエルフ特有のペースというか、感情が読めないからか、もしくは本人が意図的にそうしているのか、彼女とのコミュニケーションが難しいと思った。
カティマも最初はあんな感じだったし、慣れればまた変わってくるのかもしれないけど……。
「さてアラタ、状況は理解出来たか?」
「……実はまだちゃんとは」
「まあブリュンヒルデ、というよりハイエルフたちはあんな感じで説明が下手だからな。改めて俺が教えてやるよ」
そう言ってエルガは草原に生えている大きな花に腰掛けた。
弾力があって、それ自体がソファのように柔らかい、島でも見たことのない不思議な花だ。
「まず状況の整理だ。世界樹が枯れ始めてる、ってのはわかったな?」
「うん。それで、飢えている状態だから膨大な魔力が必要ってことだよね」
「おう。ただまあ、これ自体は実は問題じゃねぇ」
エルガは一つ一つ丁寧に説明してくれる。
世界樹が枯れるというのは千年に一度起きる自然現象らしい。
――そういえば、初めてブリュンヒルデさんと会ったときも自然現象って言ってたっけ。
普通の木だって冬になったら一度枯れ、そして春にまた新しい葉が芽吹く。
千年に一度というと規模は大きすぎるが、納得の出来る話だ。
「本来世界樹ってのはこの島から魔力を吸って、その魔力で新しい枝や葉を生む。そうして新しい芽がまた成長して次の世界樹となるんだが……今回はそこに問題が起きた」
「さっき言ってた封印が解けた魔獣のことだよね。ニーズヘッグとかだっけ?」
他の魔物の名前はちょっと覚えきれないけど、こいつだけは昔やったゲームなんかでもたまに出てくる名前の魔物だから覚えていた。
龍のイメージがあったけど、さっきの話だと蛇らしい。
「正直、この島に住む人たちが蛇の魔物程度になにかをされるイメージがなかったんだけど……」
「そりゃ勘違いだ。蛇は昔から神を堕とす怪物ってことで、俺ら神獣族でも警戒するような相手だからな」
「そ、そうなんだ……」
もちろん、俺の知っているような普通の蛇とは異なるのだろう。
そういえば神話だと蛇って堕落の象徴だったり、無限の象徴だったりするもんな。
「でだ、このニーズヘッグってのは世界樹を喰う天敵でな。こいつに喰われている間は、いくら魔力を吸ってもそのまま漏れちまう」
「穴の空いた桶に水を入れる感じ?」
俺がそう言うと、エルガはコクリと頷いた。
「厄介なのがこのニーズヘッグ、死なねぇうえに世界樹から絶対に離れねぇんだ」
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