第152話 吸血鬼と夕食

 家に戻る頃には空が紅く染まり始めていて、レイナはすぐに夕食の準備に取りかかる。


 この時間になると俺は手伝えることがないので居間に行くと、スノウとカティマが遊び疲れたのか、二人並んで眠っていた。


 あれだけ遊んでいたのに二人とも格好が小綺麗になので、恐らく風呂にも入った後なのだろう。


「それにしてもスノウ、幸せそうな顔で寝てるなぁ」


 カーペットの上に大の字になって口を大きく開けている姿は、なんというか愛嬌がある。


 両手を広げて、お腹を出して……その光景がちょっと面白い。


 子どもって変なポーズで寝たりするけど、もしスマホがあれば動画で撮ってしまっていたかもしれない。


 その隣ではカティマが守るように横になっていて、仲の良い姉妹みたいだ。


「この感じだと、カティマは今日泊まって感じか」


 客間は用意しているし、スノウも喜ぶから泊まることにはなんの問題も無い。

 いつも振り回しているけど、それくらいスノウはカティマのことが大好きだから、遊びに来るととてもご機嫌になるしね。


「そういえば、エルフとアールヴって仲良いのかな?」


 なんとなく、信仰している存在が違うので仲が悪いイメージ。

 それにファンタジーだとエルフとダークエルフというのはそれぞれ敵対関係にあることが多いから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。


「まあダークエルフじゃなくてアールヴなんだけど……」


 そういえば前にシェリル様が世界樹から離れた理由を聞いたとき、南の大精霊様たちが真面目過ぎるからと言ってたのを思い出す。


 嫌いという訳ではなさそうだったけど、あまり話題に出さない方が良さそうかも。


 グエン様もジアース様もシェリル様に育てられたって話だし、話を振るのは少し注意した方が良さそうだ。


「可愛いわね」


 食事を持ってきたレイナが、スノウたちの光景を見て笑う。

 よほど疲れているのか二人とも起きる気配はない。


「どうしよっか」

「このまま寝かせてあげたらいいんじゃない? 起きたらすぐ食べられるものを用意しておくし」

「そうだね」


 今日俺が狩ってきた熊肉のシチューを食卓に並べる。

 ジビエってもっと臭みがあると思っていたんだけど、どうやら事前に下処理をしていたのかまったく気にならなかった。


 それに野菜やハーブなんかも入っていて、見た目も食欲を誘う。

 熊肉を口に入れると、思った以上に柔らかい。

 というか初めて食べたけど、もっと歯ごたえもあるってクセが強いと思っていたから正直かなり予想外だった。


「どうかしら? 結構煮込んだから柔らかく出来たと思うんだけど」

「うん、凄く美味しいよ!」

「良かった」


 とろっとしたシチューにとても合ってるし、スプーンが止まらないな、と思ってたらレイナが少し焼いたトーストを用意してくれた。


「レイナ、それは反則じゃない?」


 シチューに付けると固かったトーストが柔らかくなり、味を染み込む。

 一緒に野菜や肉を口に入れると、想像以上の旨みが口の中に広がった。


「うっまぁ……」

「ふふ」


 思わずエルガみたいに叫びそうになるのを抑えて、とにかく感想を言うと、レイナは嬉しそうにこちらを見て微笑んでいた。


 ――ああ、なんかこういうのがいいよなぁ。


 本当に何気ない日常なのだが、これがとても愛しく思う。

 こんな日々がいつまでも続いたら良いな、なんて思っていると窓の外から二人の吸血鬼がこちらを見ていることに気が付いた。


「おい、飯食いに来たぞ。甘々なのがいいな」

「レイナ、母の食事を頼めるだろうか? ついでに私の分も貰えると助かる」


 二人はそのまま入口に回ることなく、その場でこちらを見てた。


 理由はわかる。

 今のやりとりをずっと見ていたことを理解したレイナの顔が羞恥心に染まり、そしてそれこそがこの真祖の吸血鬼、ヴィルヘルミナ・ヴァーミリオン・ヴォーハイムにとっての食事だからだ。


「けけけ、美味しい食事をありがとう」


 悪い笑みを浮かべたヴィーさんは、そのまま窓をよじ登って入ってきて、当たり前のように俺の隣に来る。


「さあ食事の時間だアラタ。腕を出せ」

「そういうのはまた別のタイミングでお願いします」

「ほら、別に普通の食事でもいいんでしょ? だったらこれ食べてよ」


 レイナがシチューを入れた皿をヴィーさんの前に置く。

 ぱっと見た感じでも十人分くらいは作ってあるのは、いきなり誰かが来ても良いようにだろう。


 シチューなら翌日も食べられるし、色々と考えてて凄いよなぁ……。

 再びキッチンに戻ったレイナの背中を視線で追い、尊敬の気持ちがわき上がる。


「おいアラタ。最近ちょっと色ぼけが酷いぞ」

「なんのことかな?」

「エプロン姿のレイナの尻を見つめていただろ。スカートがひらひらしててエロいのはわかる」

「背中ね、背中」


 あまり反応してしまうと過激化するので淡々と返す。

 このやりとりももう慣れたものだ。


 たしかにこう、エプロン姿のレイナの後ろ姿は色っぽさがあって見とれてしまうときがあるのは否定しないけど、そういう目でばかり見ているわけじゃないのだ。


「今のは私もわかるくらい、レイナを優しげに見つめていたぞ。まあいいが、あまり母をないがしろにしないで欲しい」 


 そう言うと、ヴィーさんの真似するように窓からエディンバラさんも入ってくる。

どう考えても悪い影響を受けているなぁ。


 前まではちゃんと玄関から入ってたのに……と思っているとノックが聞こえた。


「あ、出て行かないと」

「「逃げた」」


 吸血鬼親娘がそう言うのを背に、俺は玄関に向かう。


 俺たちの家は基本的に鍵もかけてないし、ルナやティルテュが遊びに来たら勝手に入ってきていいよと言っているため、こうして丁寧な対応をしてくれる人は限られている。


 案の定、扉を開くとそこには困った顔のゼフィールさんがいた。


「アラタ殿こんばんは。こちらにエディンバラ様たちは来てますよね?」

「はい、なんかヴィーさんと一緒にご飯食べに来たみたいですよ。あ、せっかくだからゼフィールさんもどうですか?」


 そう提案すると、ゼフィールさんは少し迷った顔をしたあと頷いた。

 ご近所付き合いは大切だ。


 特にこの島ではレイナの料理があまりにも美味しすぎて、俺たちだけで独占するのもずるい気がするし。


「エディンバラ様、あまりアラタ殿に迷惑をかけてはいけませんよ」

「む、ゼフィールか。貴様だってご飯食べに来ているじゃないか」

「ワシはちゃんと家主の許可を得てから来ました」

「むぅ……」


 入ってきたゼフィールさんはさっそくエディンバラさんに小言を言う。

 まるで孫に物事を教えるお爺ちゃんだ。


 その横では我関せずの態度でシチューを食べ続けるヴィーさん。

 どこから出したのか、赤ワインを入れて一人優雅な夕食を楽しんでいた。


「んんんー?」


 そして人が増えて少し煩くなってきたからか、寝ていたスノウがもぞもぞと動き出した。

 身体を起こして、目をこすり、そして鼻をピクピクとさせ……。


「ごはん!」

「うご――⁉」

「あ、カティマごめん」


 ぱっと立ち上がり、隣で寝ていたカティマのお腹を踏んで謝っていた。


 苦しそうだが、スノウのお腹をさすられたカティマはちょっとだけ嬉しそうにも見える。


「ふ、ふふふ……」


 まるでコントみたいなやり取りに、まず笑ったのがエディンバラさん。

 そして吊られるように、その場にいた全員が笑いだした。


「……?」


 スノウはなんでみんなが笑っているのかわからない様子。

 それが余計に笑いを誘って、食卓が明るくなった。


「ほらスノウ。こっちおいで」

「うん!」


 俺が手を伸ばすと、飛びついてきて腕の中にすっぽりと入る。

 俺の分は食べ終わったので、レイナがスノウの皿を用意してくれる。


「おいしー!」


 その声でまた周囲の雰囲気が柔らかくなり、この子がいてくれて良かったなぁと思った。



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