第149話 お別れ

 家から出て、一緒に森の中へ。

 最終的な目的地は親竜の住む場所として、それまでは遠回りをしてもいいだろう。


「ふんふんふーん」

「なーなーなー」


 森の中を歩いていると、ティルテュと子竜はご機嫌そうに鼻歌を歌う。

 ノシノシと歩く小さなアラテュのペースに合わせると、とてもゆっくりした動きになるが、たまにはこれもいいだろう。


「そういえば最近、グラムはどう?」

「ん? あの鬼神族の女とイチャイチャしていてふぬけているな」

「ふぬけて……?」

「これ見よがしに腕を組んで歩いたりして、見せつけてくるのだ!」


 初めての恋人が出来た高校生みたいだな、と思ってしまった。

 浮かれてるんだろうけど、嬉しいなら仕方ないよなぁ。


「……そしたらティルテュも腕を組む?」

「え? いいのか?」

「うん。だって今は、俺たちがこの子の親なんだしさ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ティルテュが飛びつくように腕に抱きついてきた。

 普段からよくくっついて来るけど、今の動きはまた別なのかとても嬉しそうだ。


「むふふふー」

「なー?」

「いいだろー」


 ティルテュが楽しそうだからか、アラテュも嬉しそうに鳴く。

 これだけ見れば、本当の家族に見えているかもしれない。


「抱っこする?」


 アラテュに聞くと、首を横に振った。どうやら自分で歩きたいらしい。


 ノシノシと小さな足を動かしながら森の中を堂々と進む様は可愛らしく、もし子の世界にネットがあったら大バズりしてただろうなと思った。


「……」

「どうしたの?」


 ジーとそれを見ていたティルテュが突然腕を放す。

 そして再びアラテュの隣に行った。


「我は母親だから、ちゃんと隣にいてあげないと駄目なのだ」

「なー」

「なにが来ても我が守ってやるからなぁ」


 見上げてくるアラテュに、ティルテュは優しい笑みを浮かべている。


 ――もう子どもじゃないんだなぁ。


 出会った頃とは比べものにならないくらい、あの子は成長していると思った。

 アラテュを挟んで隣を歩く。


「ティルテュはもう、立派なお母さんだね」

「旦那様もそう思うか! ふふふ、これでまた一歩リードだな!」


 しばらく散歩をしていると、森のひらけた場所に出る。

 どうやらそこで待ち合わせをしていたらしく、竜がその場で眠っていた。

 太陽も温かく、気持ちよさそうだ。


「おーい! 戻ったぞぉ」

「なー」

「っ――⁉」


 ティルテュが声をかけると、親竜は慌てた様子で顔を上げる。

 アラテュを見てホッとたように優しげな顔をし、次にティルテュを敬うような顔。


 そして俺を見た瞬間、明らかに恐怖に怯えて――。


「いやその顔はちょっと、それはショックを受けるんだけど」

「もう旦那様のことは森の魔物たちはみんな知ってるっぽいからなぁ。特に竜は知能も高いから、やばさがはっきりわかるっぽいぞ」

「まあ、狩りとかしてるから仕方ないんだけどさ」


 弱肉強食の世界で、生態系を崩した危ない外来種的な扱いなのかもしれない。


「なーなーなー」


 もっとも、そんな俺のショックや親竜のショックを無視して、アラテュはそのままのんびり進んでいく。


 ティルテュがついていき、そして近づくと抱っこをした。


「じゃあなアラテュ。また遊ぼう」

「なー」


 親愛を表現するためか、可愛い鳴き声を上げながら頬をこすり合わせている。

 見ていて滅茶苦茶微笑ましい光景で、ほっこりする。


「いいなぁ……」


 などと思っていたら、ティルテュが俺を見てこっちに、と手招きをしてきた。

 親竜はダラダラと汗をかいて困った顔をしているが、その場から動かないので、我慢してくれているらしい。


 とりあえず、これ以上怯えさせないようにゆっくりと近づくと、ティルテュがアラテュを渡してきた。


「旦那様もお別れの抱っこだ」

「うん」


 受け取って赤い瞳を見ると、純粋でなにも染まっていないのが凄く綺麗だと思った。

 顔を近づけると、ちょんちょん、と自分の顔をくっつけてくる。


「じゃあね」

「なー」


 地面に降ろしてあげると、一鳴きだけしてそのまま親竜のところに歩いていく。

 そして腕にくっつくと、そのまま頭の上までよじ登っていき、俺たちを見下ろす。


 スノウもよく俺の頭の上に乗りたがるし、帰ったら肩車をしようかな。


「なー」


 こちらに手を振りながら、アラテュは手を振っていた。

 同時に親竜が翼を広げ、周囲の木々が大きく揺れる。

 そして空を飛んで去って行った。


「俺たちも帰ろっか」

「うむ!」


 家族っぽいことが出来て満足したのか、ティルテュの声も明るく元気な物だった。


――――――――――――

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