第148話 子竜

 今日は特にやることのない一日なので、外で釣り道具の手入れをしていると、ティルテュが遊びに来た。

 その腕には、なにやら見覚えのない竜の子どもを抱えて。


「ティルテュ、その子は?」

「ちょっとお願いして借りてきたのだ」

「借りてきたって……」

「なー」


 愛らしいつぶらな瞳が俺を見上げつつ、そんな鳴き声を発生する竜の子ども。

 まだ赤ん坊といっても良さそうなサイズで、誰かが守ってやらないといけないような雰囲気を出している。


「可愛いね」

「そうだろうそうだろう! 聞いたかアラテュ! 旦那様が今日は父親だぞ!」

「……アラテュって?」

「今日だけこの子の名前なのだ!」


 なぜさっきから今日だけをアピールするのだろうか?

 というか、本当に借りてきたってなんなんだろう?


「とりあえず事情を――」

「あ、ティルテュ! その子ってあのときの子竜じゃない!」

「げ、マーリン⁉」


 俺とティルテュが話していることに気付いたマーリンさんが大股で近づいてくる。

 どうやら彼女はこの子竜のことを知っているらしい。


「なー」

「あら、私のこと覚えてるのかしら?」


 アラテュと呼ばれた子竜はティルテュの腕から下りると、そのままマーリンさんのところに進んでいく。


 そして抱っこをされると嬉しそうに鳴いた。


「あー! 我と旦那様の子なのにマーリンが取ったぁ!」

「ちょっと人聞き悪いこと言うんじゃないわよ! というか、なんの話⁉」


 涙目で指さすティルテュの言葉にマーリンさんが戸惑ったような声を上げる。

 どうやら子竜のことを知っていても、ティルテュがなにをしているのかはわからないらしい。


「だってずるいのだ! レイナにはスノウがいて、あのヴィルヘルミナにもエディンバラが出来て……我も旦那様との子どもが欲しい!」

「「……」」

「なー?」


 俺とマーリンさんが頭を抱えていると、子竜の鳴き声が辺り一帯に響いた。


 とりあえず一度マーリンさんの家に行って、色々と事情を聞いてようやく理解が出来た。


 この子竜は以前ティルテュとマーリンさんが森で出会ったハグレ竜だったらしく、一緒に親竜に返したことがあるらしい。


 それを思い出したティルテュが、わざわざ会いに行って借りてきたという。


「それでこのアラテュは、俺とティルテュの子どもってことにしようとしたと」

「うむ! なーアラテュ」

「なー」 

「ちゃんと親竜の許可貰ってきたんでしょうね」

「もちろんだ。やつは快く預けてくれたぞ!」


 古代龍族に直接お願いされたら、いくらこの島の竜でも言うこと聞くしかない気がするけど……。


 とはいえ、この子竜も結構懐いているみたいだし、ティルテュに守られている以上安全なのは間違いないとでも思われたのかな。


「なー、なー、なー」

「ん? 旦那様のところに行きたいのか?」

「なー」


 ティルテュが手を離すと、アラテュはトコトコと俺の方に近づいてくる。

 そして地面に胡座をかいて座っている俺の膝の上に乗ってきた。


「……可愛いな」

「うむ! 我らの子だからな!」


 甘えるように頭をお腹に乗せて甘えてくる子竜は、中々の破壊力だ。

 マーリンさんもそわそわしているし、抱っこしたいのかもしれない。


「ふふふ、これで我と旦那様も一歩進展したぞ」

「こんなこと教えたつもりないんだけど……なんでそんなこと考えたのよ」


 呆れたような雰囲気のマーリンさんに、ティルテュは拗ねたような顔をする。


「だって、エディンバラが自慢してきたのだ……旦那様が父で、ヴィルヘルミナが母だと」

「それが羨ましかったと」

「うむ……」


 実際、スノウはレイナをママと呼び、俺をパパと呼ぶ。

 それは間違いなく家族と言うべき関係で、普通の友達とはまた違うのかもしれない。

 だからこそ、ティルテュも同じようになりたかった、と。


「そしたらこの子……アラテュと一緒に散歩でもしよっか」

「え?」

「家族なんでしょ?」

「……うむ!」

「なー」

「アラタはこの子に甘いわねぇ……」


 マーリンさんが少し呆れ気味だが、二人とも嬉しそうなので良しとして欲しい。

 俺はアラテュをもう一度抱っこすると、ペタっと身体をくっつけてきた。


 ――こういうところは、大精霊のスノウも、子竜も一緒だなぁ。

「それじゃあマーリン、行ってくるのだ!」

「はいはい。親竜が心配するから、夜までには返してあげるのよ」

「わかってるのだー!」

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