第142話 合流

「おおおぉぉぉぉぉー! 大きいぃぃぃ!」


 湖を見てテンションが上がってしまったスノウが瞳を輝かせて叫んでいる。

 あの周辺は地面がぬかるんでいて少し歩きにくく、足を取られそうだ。


「あの子は私が見ておこう」

「いいんですか?」

「一人にはさせられんからな。それに聖女も早く仲間の安否を確認そうにしているし、お前は付いていてやれ」


 見れば、セレスさんはかなりそわそわしていて、動きたそうにしている。

 とはいえ彼女一人ではこの島の魔物に対応出来ないので、動くに動けない状況だ。


「すみません、そしたらスノウをお願いします」

「ああ」

 

 自身の足下が汚れることなど気にせず、泥のところで遊び回るスノウの方へと向かってくれる。


「待たせてごめんね。それじゃあ行こうか」


 俺が振り向くと彼女はホッとした顔を見せ、頷いた。




 エディンバラさんがスノウの相手をしてくれている間、俺とセレスさんは周囲を探索する。

 とはいえ、地面が乾燥していた森と違って、この辺りは湿地になっていて、少々歩きづらい。


「セレスさんは大丈夫ですか?」

「はい、これでも旅は慣れてますから!」 


 むん、と力を入れる姿に不安はなく、真剣な表情で前を見る。


「アークさんたち、無事だと良いだけど……」

「大丈夫ですよ。だってアークは、大陸でただ一人『勇者』に選ばれた人ですから」


 いくら勇者でも、ただの人間がこの島の魔物が相手取るのは無理だと思っていた。

 しかし彼女の言葉には絶大な信頼が込められていて、なにも知らない俺でさえ無事なんだろうとしか思えなくなっている。


「信頼しているんだ」

「はい。たとえどんな困難が訪れても絶対に折れない強き心の持ち、人々の希望となる存在。それが勇者アークなんです」 

「そっか。ならきっと大丈夫だね」


 俺は彼女たちがしてきた旅を知らない。

 ただそれでも、きっとその信頼に足るだけの歩みをしてきたのだろう。


「はい……あ、あれを見てください!」

 

 少し進んだ先にある森の中、人が居た痕跡を見つけた。

 すでに解体されているが、雨避けを作るために使ったであろう木の枝。

 それに焚き火の後もある。


 恐らくつい最近まで誰かがここで生活をしていたのだ。

 セレスさんと顔を見合わせる。


「きっとアークです!」

「これは、一人分じゃないな……ということは七天大魔導のセティさんも一緒かも」


 良かった。この感じならきっとまだ生きているだろう。

 それに二人一緒に行動していたのがわかって、これ以上あちこち探さなくて済みそうだ。


 森の木が踏みしめられた跡がある。

 一瞬、魔物たちから逃げるためにわざと残した痕跡かもしれないと思ったが、その割には結構雑だ。

 多分ここで魔物と遭遇して、焦って逃げ出したのだろう。


「行きましょう!」

「うん」


 俺たちは足跡を追いかけて、出てきた場所とは違うところから森の奥に進んでいく。


 幸いなことに、この辺りは湿気で地面が濡れているので追跡しやすい。

 しばらく進むと、大木が倒れていて、二人分の足跡が途切れていた。


「おーい!」

「アーク! いるなら返事をして!」


 俺たちが声を上げるが、残念ながら近くにはいないようだ。

 さてどうするか、と悩んでいたら少し離れたところで魔物の雄叫びが聞こえた。


 叫び方が相手を威嚇するようなもので、なにかと戦っているような感じがした。


「行ってみよう!」

「はい!」


 魔物の声がする方へと駆け出すと、二足で立つ巨大なカエルが見える。

 ぱっと見、丸みがあって可愛らしい。

 だが隣のセレスさんの顔色を見る限り、やはり凶悪な魔物なのだと理解する。


 それに――。


「アーク⁉ そんな――!」


 ちょうど捕食されたばかりなのか、カエルのベロには二人の男性が巻き取られていた。

 片方はアークさんで、見覚えのないもう一人の鎧の人がセティさんだと理解する。


 すでにアークさんは気絶し、セティさんはその拘束から抜け出そうと必死だ。

 しかしその力が強いからか、上手くいかないらしい。


「セレスさんはここで待ってて!」


 俺は飛び出し、そのままカエルへ接近。

 いつもみたいに殴り飛ばしたら二人まで危険だから、まずは伸びている舌を掴もうとして――。


「うえっ……」


 にゅるん、と手が滑る。

 そしてとてつもない不快感のある液体が手に付いてしまい、思わず声が出てしまった。


「ギュエェェェェ!」

「っ――⁉」


 俺の存在に気付いたカエルが、苛立ち混じりで腕でなぎ倒そうとしてくる。

 それを慌てて回避。当たってもダメージはないのだろうけど、このカエル……全身ぬめぬめしているのだ。


 ――当たったら、またあの感触が……。


 俺はこの島の魔物たちの攻撃をほとんど避けない。

 それはティルテュやルナのタックルでも同様だが、このカエルの攻撃はもう二度と受けたくないと思ってしまった。


 とはいえ、このままではアークさんたちを助けられない。


「それなら……」

 

 掌を前に出し、かつてレイナが放った風の魔法を思い出す。


「ぐ……無駄だ!」


 カエルの舌に巻き込まれたセティさんは俺がなにをしようとしたのか気付いたのか、必死に声を上げた。


「俺も風の魔術は何度も試したがこの災厄級の魔物には、風の魔術は一切通用しな――」

「断罪の風刃!」

「ギュアェェェェ!」

 

 解き放たれた風の刃はカエルを真っ二つにし、その勢いでアークさんたちは舌から離れていく。


「……い?」


 空中で信じられない、といった雰囲気を出すセティさんは、そのまま地面に転がり落ちる。

 アークさんは気絶しているので当然だが、どうやらセティさんも着地出来ずに倒れてしまった。


「っ――⁉ ぐぅっ……」


 立ち上がれない様子で、どうやらあのカエルの舌には身動きが取れなくなるような毒があったらしい。


「セレスさーん! もうこっち来て良いから、二人を治してくれるー⁉」


 この島で怪我をすることのない俺は、回復魔法とかは覚えていないのだ。

 多分レイナは使えるのだろうけど、これまで使う機会がなかったので見たことも無くコピーもしていなかった。


 ――でも、もしかしたら使う機会があるかもしれないから、ちゃんと覚えておこう。


 セレスさんは慌てた様子でこちらに近づいてきて、すぐにアークさんの方に駆け寄った。


 そしてベトベトになった彼に躊躇うこと無く触れると、回復魔法を使用。

 淡い緑色の光がアークさんを包むと、悪かった顔色も徐々に良くなり、呼吸も安定し始める。


「貴様……聖女、か?」

「動かないでください! 毒が全身に回りますよ!」


 セティさんの言葉に答えることもなく、すぐにそちらにも回復魔法を使い始めた。

 普段の穏やかな表情とは一転し、とても真剣な顔つき。


 まるで手術をする医者のようで、凄いなと思う。


 そうしてセレスさんはあっという間に二人を治してしまうと、一息吐いて額の汗を拭く。


「これで大丈夫です。動けますか?」

「……ああ。見事なものだ」

「良かったです」

「……」


 柔らかく微笑む姿はまさに聖女で、木漏れ日を纏った彼女はまるで絵画から飛び出してきた女神のように美しい。

 俺でさえそう思ったのだから、直接彼女に助けてもらったセティさんもきっとそう思ったのだろう。

 ただ呆然と、なにも言えずにじっとセレスさんを見つめ続けるだけだった。


「……?」


 そして当の本人はというと、なぜそんなに見つめられているのだろうと首を捻る始末。

 

 ――中々罪な人だなぁ。


 そんなことを思いながら、俺はとりあえず倒れているアークさんの服を脱がすのであった。


――――――――――――――――

【あとがき】

おかげさまで最強種の島『5巻』も発売決定!

発売はおそらく秋~冬ごろだと思います。

改めてこれからも応援よろしくお願いいたします!


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