第141話 島を目指した理由

 強さ的には、ティルテュやルナたちよりもやや弱く、アールヴのカティマくらいだと思う。

 そういえばカティマもハイアールヴとか言ってたっけ?


 そんなことを考えていたら、エディンバラさんが前に出た。


「まあ土足で入ってきたのはこちらだからな。帰れというなら帰るが、その前に聞きたいことがある」

「それは、この島の外からやってきた異邦人たちのことですか?」

「その通りだ」

「あの、もし心当たりがあるなら教えて貰えませんか⁉」

「……」


 ハイエルフの女性がじっと俺を、というよりスノウを見ている。

 基本的に、アールヴは大地と火と闇の大精霊を、エルフは水と風と光の大精霊を信仰しているそうだけど、だからといって違う方を軽視しているとかはないと言っていた。


 ましてやスノウはまだ生まれたての大精霊。

 仮にアールヴ側に見られたとしても、彼女にとっても大切な存在だとは思うんだけど……。


「この空間にはいませんよ。そうですね、あなた方が入ってよりさらに南に向かってください」


 そこにいる、ということだろう。

 少なくとも無事であることがわかって、セレスさんがホッとした顔をした。


「情報提供感謝する」

「いえ。本来ならばスノウ様とお父上を追い返すような無礼はしたくはないのですが……」

「大丈夫ですか?」

「はい。我々には大精霊様がついていますから」


 それだけ言うと、ハイエルフさんは名乗ることもせずに消えてしまった。


「ないやら問題が起きているようだな」

「うん。なにか手伝えることがあればいいんだけど……」

「まあそれは向こうが言ってきたらでいいだろう。それより、元の場所に戻って――」


 エディンバラさんの言葉が途切れる。

 それと同時に、俺たちは元の森の中に戻っていた。


「……まったく、力尽くで追い出せるなら最初からそうすれば良かろうに」

「あはは。でも情報は教えて貰えたんだし、良かったですよ」

「そうです! えっと、このまま南の方に行けばいんですよね⁉」


 一応地図を開くと、今いる位置より南に進むと湖がある。

 俺もこの島に来たとき、最初にの飲み水を探したのだから、もし遭難しているとしたら……。


「それじゃあ、まずはここを目指してみようか」

「はい!」


 ようやくアークさんが見つかると思ったセレスさんは嬉しそうに返事をして歩き出す。

 それについて行こうとしたところで、俺の肩辺りを小さな手が叩いた。


「ん? どうしたの?」

「もう降りる」


 先ほどまでまるで赤ちゃんのようにがっつり抱きついていたスノウだが、もういいらしい。

 スノウを下ろすと、だいぶ元気になったみたいで、俺たちの前を走り出した。


 ハイエルフたちの空間に入って世界樹を見てから態度が変わったので、やっぱり世界樹になにかがあったのだろうか?


 まあでも、自分たちでなんとかするって言ってたし、向こうから求められていないのに干渉のしすぎも良くないか。


「こけないようにねぇ」

「はーい!」


 そんな彼女とセレスさんに先導される形でまっすぐ南に進んでいくと、森を抜けて巨大な湖が広がっていた。

 先ほど見たハイエルフの里に比べるとどうしても見劣りするが、それでもかなり美しい光景だ。


「みずだぁぁぁぁ!」

「あ、スノウちゃん待ってください!」


 海とは違う形の大きな水たまりを見て、スノウのテンションが最高潮になってしまう。

 うわぁぁぁ、と声を上げながら両手を挙げて走り出し、それをセレスさんが追いかけ――。


「……」

「エディンバラさん、どうしたんですか?」

「いや、先ほどのハイエルフのことを少し考えていた。直接会ってみた感じだが、やはりあれは私に似ていると思う」

「ああ、たしかに……」

「まあ、だからなんだという話ではないのだがな」

「もしかしたら、貴方のことを知っているエルフもいるかもしれませんね」


 元々この島はヴィーさんを封印するために神が作り出した牢獄。

 彼女を殺すために多くの怪物や最強種たちがこの島に連れてこられ、そうして今の形に落ち着いた。


 そんな中、何百年と生きられるハイエルフであればもしかしたら彼女のことを覚えている者がいるかもしれないと思ったのだ。


「ふっ……仮にかつての私の知り合いがいたとしても、ハイエルフはきっと忘れているさ」

「でも……」

「お前は何百年も前の出来事を覚えていられる自信はあるか?」


 そう言われてしまうと、無理だと思う。

 子どもの頃に遊んだ友達の名前だって全員は出てこないのに、何百年も前の出来事など覚えていられるはずがなかった。


「無理、ですね」

「人間ですらそうなんだ。エルフなど一部のこと以外にはほとんど関心がない種族だぞ? 覚えていられるはずがない」

「そう、かもしれません」


 俺の言葉を聞いても彼女は特に思うことはないらしく、ただ少し寂しげな表情を見せる。


「ただまあ、あの雰囲気を懐かしいと、少しだけそう思ったんだよ」

「それじゃあ、エディンバラさんにとって……」

「ん?」

「この島に来ることはきっと、凄く大切なことだったんでしょうね」


 ゼフィールさんが言っていた。

 記憶を失う前のエディンバラさんは、なにか明確な目的を持ってこの最果ての孤島――神島アルカディアに向かうと決めたのだと。

 つまり、何百年と生きてなお、忘れられないなにかがこの島にあると思ったのだ。


「ああ、そうだな。きっとそうなのだと思う」

「なにか心当たりはないんですか?」

「それは記憶喪失の相手にそれを聞いても意味は無いだろう」


 少し呆れたように言われて、たしかにと思った。

 なんというか、彼女は記憶喪失にしてはずいぶんと冷静で、大人びていることもあって、その事実を忘れてしまうときがある。

 まあレイナや他の七天大魔導の面々の態度から、本当にこれまでとは大きく違う性格をしているのだろうけど……。


 ――でも記憶喪失って、そもそもそんな人格が変わるものなのかな?


 俺の中のエディンバラさんは面倒見が良く、それでいて周囲をよく観察して対応してくれる人のイメージだ。

 だからみんなの言う暴君のような彼女がどうしても想像出来ない。


「まあ、記憶を無くして良かったと思うこともあるさ」

「え?」

「お前たちとこうして一緒にいるのは、悪くないからな」


 そうして微笑む彼女の視線には、走り回るスノウやそれを追いかけるセレスの姿があった。


「もし記憶を持ったまま出会っていれば、きっと私は敵対行動を取っていただろう」

「そうですかね?」

「他の者たちが語る私だったら、そうしてると思うぞ」

「だったら、たしかにそうかもしれませんね。でも俺は、エディンバラさんの記憶も戻って、それでも一緒にいられたらいいなと思いますよ」

「……」


 エディンバラさんは俺の言葉を聞いて、呆気にとられたような顔をする。

 そしてすぐに破顔して、くすくすと笑い出した。


 それ以上は特になにも言わなかったが、その表情で彼女も同じ想いなのだろうとわかる。


 ――本当に、この人はいったいなんのためにこの島を目指したんだろう?


 何百年もの時を過ごし、それでも叶えたいこと。

 記憶を取り戻したときにそれが見つかるといいなと、心の底からそう思った。

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