第140話 ハイエルフの里

 空間を抜けた先は変わらず森の中だった。

 ただ、明らかに先ほどまでいた島とは違う場所だということもわかる。


 まず、木々が俺たちが普段見ている島よりも大きい。

 地面に咲く花も見たことはないが生命力に溢れていて、そこに小さな妖精たちが集まって踊っている。

 川の水が木漏れ日を反射して童話に出てくる精霊たちが遊んでいるようにも見え、近くでは狼や鳥が喧嘩をすること無く水を飲んでいた

 

 まるで楽園だ、と思ってしまう。


「うわぁ……」

「これは、また凄いな……」


 この島に来てから色んな光景を見てきて、その度に驚いてきたけど――。


「ありのままの自然って、こんな感じなのかな……」


 神獣族の里、アールヴの村、鬼神族の里。

 自然と共存はしていたものの、それでもその種族が生活し易くするために人工的なものを作り出していた。


 だがここは違う。

 本当の意味で自然がそのまま残っており、誰かが手を加えた様子が一つもない。

 生き物たちの姿を見ても、侵入者がいることに驚いておらず、普段通りの行動をしているのだろう。


 あまりに自然過ぎて違和感も覚えるくらいだ。


「わーい! ぱぱー! こっちだよー!」

「あ、スノウさんがあちらに!」


 先に中に入っていたスノウが少し離れた場所でこちらに手を振っている。

 その後ろにはエディンバラさんがいて、スノウが走って行かないように、こっそり襟を捕まえているのはちょっと面白い。


「行きましょうか」

「うん」


 大木の根が地面から盛り上がっているため、足下に気をつけながら進んでいく。

 そうしてスノウに追いつくと、そのまま脇に手を入れて抱き上げた。


「捕まえた」

「捕まったー!」


 あははー、と笑うのでそのまま抱っこの体勢を取ると、隣のセレスさんが驚いていた表情をしていることに気付いた。

 エディンバラさんも、ただ黙ってそちらを見ている。


 いったいなにが……? と思っていると――。


「うおっ⁉」


 巨大な木々に囲まれた森からでもはっきりとわかる、一本の大木。

 遠目にあるはずなのに、凄まじい存在感を宿していて、つい声が零れてしまった。


「あれはまさか、教会の伝承にも出てくる世界樹?」

「なるほど。たしかにその名にふさわしいな……」


 二人もその巨大さに圧倒されているのがわかる。

 そしてそれは俺もだ。


 少なくとも、この島にいてあれだけの大木は見たことがない。

 というか、結構距離があるはずなのに認識した瞬間あの木から凄まじい力を感じた。


「おっきーねぇ」

「うん……というかあんなのが合ったのに、今まで気付かなかったなんて」

「先ほども言ったが、ここはそもそも空間の次元がズレているからな。普通なら気付けないものだ」


 たしかに、ぱっと見た限りこの森の広さは明らかに俺が知っている場所とは違う。

 どこまで続いているのかわからないが、少なくとも本来俺たちの家がある辺りは森に飲み込まれているのは間違いない。


「さて、それでどうする?」

「そうだね……」


 エディンバラさんの問いに、俺は少し考える。

 そもそも今回の目的は、南の土地にアークさんたちが流れ着いているかどうかを調べるためだ。


 まさかこんなに広いとは思っていなかったから、ここから探すのは一苦労かもしれない。


「幸いなのは、この場所には魔物の気配がないことかな……」

「そうですね。こんなに澄んでいる場所はこれまで見たことがありません」


 先ほど見た動物たちや、辺りにいるのは普通の生物で、決して魔物ではない。

 それこそセレスさんや七天大魔導の面々の敵にもならないだろう。


「ならば方針は決まったな。まずはハイエルフたちを探すぞ」

「でも、どこに……」

「とりあえずあそこを目指せばいいだろう」


 エディンバラさんが指すのは、大きく伸びた世界樹。

 そういえば、元々その守護をしているのが大精霊という話だった。

 それならあそこに向かえばハイエルフもいるということだろう。


「んー……」 


 方針は決まった、と思って歩こうとしたら腕の中のスノウがなにか不思議な声を出す。


「どうしたの?」

「なんかねぇ、スノウねぇ、あんまりあっち行きたくないなぁ……」

「えぇ……」


 ここまで来てそれは言わないで欲しかったなぁ。

 と思うが、スノウは大精霊だ。

 もし彼女が行きたくないというのであれば、それは子どものワガママではなくなにかしらの理由がある気がする。


「ふむ……とはいえ、今のところあれ以外に手掛かりもないぞ」

「そうですね。ねえスノウ、ちょっとだけ我慢できないかな?」

「んー……ぱぱがそう言うなら……」


 まだ不安そうではあるが、ぎゅっと抱きついてきて許可は取れた。


「スノウちゃん、どうしたんでしょうね?」

「多分本人もわかってないんじゃないかな」


 背中を軽く叩いてあげると、抱きつく力を強くする。

 これはもっと、という合図だな。


「大精霊と世界樹は密接した関係があるからな。本人が嫌がってるのだから、出来るだけ早く終わらせてしまおう」

「そうですね。じゃあスノウ、ごめんね」

「……ん」


 普段はこんなワガママを言う子じゃないので、多分本当になにかがあるのだろう。

 

 俺たちは世界樹を目印に、森の方へと進み始めた。




 まるで巨人の森だ、と思ってしまうほどに木々が大きい。

 ただそのおかげもあって木と木の間がかなり大きく、道は広く、足下の根さえ気をつければ歩くのはそんなに苦労しなかった。


 ただ歩いているとなんとなく視線を感じて、つい周囲を見渡してしまう。


「精霊か」

「あ、この視線ってそうなんですね」

「え? あ、これ……?」


 どうやらエディンバラさんは気付いてたらしく、俺の様子を見て答えてくれた。

 セレスさんが疑問の声を上げるが、集中するとその存在を感じ取れたのか、驚いた顔で俺たちを見てきた。


「お二人とも凄いですね。こんな希薄な気配に気付くなんて」

「なんかずっと見てる感じがしたんだよね」

「私の場合、この気配にはなんとなく馴染みがあるからだ」


 ――やっぱり、エディンバラさんってエルフなのかな?


 耳的にはエルフかなって思っていたんだけど、なにせ本人が覚えていないのものだからなんとも聞きづらい。

 もっとも、ヴィーさんみたいに吸血鬼でも似た耳だし、アールヴもそうだから俺の知らない種族なだけかもしれない。


 ――レイナたちも多分そうだろうって言ってたけど……。

 

 ただ寿命的にエルフでも長すぎるんじゃないかという話が出てるらしく、七天大魔導の人たちもエディンバラさんが何者なのかは知らないそうだ。


「もしかしたら、私の故郷はここなのかもしれないな」

「え?」

「ん? どうした?」

「いや、いきなり聞きづらいことをさらっと言ったので……」

「ああ。まあ自分でもわからんものなのだ。気にしても仕方が無いだろう」


 あっけらかんと、自然にそういうので俺もあまり気にしなくても良いかと思った。


「噂話ですけど、エディンバラさんはエルフの王族、伝説のハイエルフなのではないか、なども言われていましたね」

「伝説、か。なんだかここには伝説と呼ばれそうなのがゴロゴロし、そもそも私たちはそのハイエルフに会いに来ているわけだからな」

「あ、ははー……たしかにそうですねぇ」


 エディンバラさんは今更伝説などと言われても、といった感じだ。

 そんなことを言ってしまえば、俺の腕の中にいるスノウはもっと上の存在だろうし、見えている世界樹は神話の世界の代物。


「まあそれより、気付いているか? どうやらいつの間にかしてやられたみたいだぞ」

「え?」


 精霊が見ている、という話ではないらしい。

 いったいなんのことだろう? と思っているとエディンバラさんが立ち止まり、ある一点を見つめる。


 するとそこの空間が揺らぎ、そこから一人の女性が現れた。


「ようこそエルフの里へ。しかし我々は今、客人を相手にしている余裕はないので、お引き取りを」


 おそらくハイエルフだろう。

 黄金の髪を腰まで伸ばし、身体のラインがわかる白いワンピースを着た美しい女性は、感情のこもらない声でそう言った。

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