第139話 南の森

 ハイエルフの里があると言われている場所は、実はそんなに遠くない。

 先日レイナと来たときなど、散歩気分で来れたくらいだ。


「良く良く考えたら、なんで今までこっちに行かなかったんだろう?」


 この島に来てから結構経ち、色んな知り合いも出来てきた。

 バタバタした日だって結構ある。

 だからといって毎日忙しいわけじゃないし、これだけ近いのであればもっと早く来ててもおかしくないんだけど……。


「それは恐らく、ハイエルフの結界のせいだろうな」

「結界って、見えなくするだけじゃないの?」

「いや、イメージとしては別次元に新しい空間を作る感じなんだが……」


 森を歩く道中、エディンバラさんが説明してくれるが、言葉を途中で切る。

 どうしたのだろうと思って見ていると、彼女は足を止めて首を振る。


「いや、心配しなくて良い。知識が勝手に頭に蘇ってくる感覚にまだ慣れていないだけだ」

「あ、そっか。記憶喪失だもんね」

「ああ。だが不思議と、ハイエルフのことについてはすぐに出てきたな」


 魔法も使おうと思ったらすぐ使えたみたいだから、身体に染み込んでいることはすぐに思い出せるみたいだ。


「別次元に空間を作るというのはどういうことなんですか?」


 一緒に来ていたセレスさんが俺と同じ疑問を投げかける。


「空間の条件をある程度自由に変えられるのが特徴だな。今回アラタが森に近づこうと思わなかったのなら、侵入者を防ぐのではなく、そもそも侵入者が来ないようにしたのだろう」

「来ないように?」

「人払い、という条件を付けたと言えばわかりやすいか?」


 それを聞いて、俺はなんとなく理解が出来た。

 たまに漫画なんかでもある、人が無意識のうちに離れていく人払いの結界。

 

 ハイエルフの結界には、それも含まれているのだろう、とエディンバラさんは推測したらしい。


「人の無意識に働きかける認識阻害というのは恐ろしいほど高度な魔法だ。なにせ精神に働きかけるのだからな」

「エディンバラさんでも難しいの?」

「私の場合は……」


 一瞬考え込むのは、自分がどの程度出来るのかを思い出そうとしているからだろう。


「多分、出来るな。どうやら大陸最強の魔法使いというのは伊達ではないらしい」

「あのレイナの師匠だもんね」


 俺がそう言うと、エディンバラさんはちょっと複雑そうな表情をする。

 覚えていないこととはいえ、レイナの過去を聞いて自分がしたことに思うところがあるのだろう。


 ――本当に、なんでなんだろう?


 少なくとも、俺はエディンバラさんが悪い人にはどうしても思えない。

 スノウが懐いているだけでなく、みんなのことをよく見て行動してくれているように見えるからだろう。


「とはいえ今回のこれは認識阻害に合わせて空間位相をずらし、さらに攻撃に対する防御的な結界も掛け合わせた代物だから、簡単ではないな」

「そっかぁ」


 俺なら出来るのだろうか?

 シェリル様のゲートはコピー出来なかったけど、あれはそもそも人間じゃ通れない魔法だからだったらしいから、なんとなく出来る気がする。


 ――というか、多分難易度だけで言えばヴィーさんの神殺しの魔槍≪グングニル≫の方が難易度高いよなぁ……。


 過去に神すら殺したことのある彼女の秘奥は、俺ですら死にかねない威力を秘めていた。

 それをコピー出来たのだから、多分これくらいなら大丈夫だろう。

 

 そしたらそれを応用して、家を魔物から守れるかもしれない。

 結構強化魔法で壁とかは壊れないようにしているけど、魔物が近づかないに越したことはないし。


「もしハイエルフたちが良いって言ったら、見せてもらおうかな」

「アラタ様は、やっぱり神様じゃないんですか?」

「ぱぱはぱぱだよ?」

 

 俺の発言を聞いたセレスさんがなんかまた勘違いしてそうな台詞を言うが、スノウの言う通り。

 俺は俺だから、そんな変な目で見ないで欲しいかな。




 しばらく四人で歩いていると、以前少しだけ違和感を覚えた場所まで辿り着いた。


「あ、ここだと思う」

「……私はなにも感じ取れないが、アラタがそう言うならそうなのだろうな」


 先ほどエディンバラさんに説明して貰ったからか、たしかに空間が少しズレているような感覚。

 それが前に来たときよりもはっきりわかるようになっていた。 


 認識阻害といっても、万能というわけではないらしい。


 ――まあ、そうじゃなかったらティルテュも見つけられなかったんだろうし。


 ある程度以上力をもった存在相手だと、完全に隠蔽も難しいのだろう。


「それで、どうしたらいいかな?」

「まあ敵対しにきたわけではないのだ。恐らく向こうからはこちらが見えているだろうから、しばらく様子を見よう」


 ハイエルフは好戦的な種族ではないが、排他的ではあるそうだ。

 だからまずは無害であることを示さないといけないと、シートを敷いて昼食の準備を始めた。


「あの、いいんでしょうか?」

「まあ駄目だったら別の手段を考えようよ」


 まるでピクニックをしに来たような行動に、セレスさんが戸惑った様子を見せる

 さすがに攻撃の意思を感じたら逃げるけど、今のところその気配は無い。


「……スノウ?」


 俺たちが準備をしている間、スノウはなぜかじっと一点を見つめる。

 たまに首を傾げ、手を伸ばし、そしてやっぱり止め、と不思議な行動。


「んー……やぁ!」

「っ――⁉」


 そして不意を打つように急な動きでなにかを掴んだ瞬間、空間が揺らぎ一人の少女が現れた。


「ぱぱ! 捕まえたー!」

「ああ、うん……」

「こういう場合、褒めてあげるのがいいのではないか?」

「そう、なんですかね?」


 まるで大きな昆虫を捕まえた子どものように自慢げだが、なにせ捕まえた相手はエルフっぽい姿で、しかもスノウと近い年齢の子どもだ。

 これを褒めてあげるべきか、正直悩んでしまう。


「……」

「あ、あぅぅ……」


 褒めて褒めて、と近くまでやってきて見上げてくるスノウ。

 その隣では捕まってしまい涙目になっているエルフの少女。


「スノウは凄いねー」

「えへへー!」


 頭を撫でて褒めてあげるととても嬉しそうだ。

 とはいえ、このままエルフの少女を放置するのも不味いので、そちらを見る。


「とりあえず、その子を離してあげて?」

「うん」


 ぱっと手を離すと、少女は逃げ出すように走り出す。

 すぐに近くの空間が歪み、エルフの少女はそこに消えてしまった。


「おー……」


 スノウは驚いたときによく出す声で、その空間を見つめる。

 まるで湖に石を投げたように、空間に広がった波紋。


「あれが入り口、なんですかね」

「どうしよう、入って良いかな?」

「……多分? あっ」


 俺とセレスさんがちょっと困惑気味にしていると、エディンバラさんは気にした様子もなく進んでいく。

 そして軽く手を入れ、特に問題なさそうなことを確認していから中に消えて行ってしまった。


「スノウもー!」

「あ、待って!」


 スノウは俺の制止を聞かず駆けだして空間に入っていく。

 もはや躊躇っている暇はないと、俺は追いかけるように空間の中に入っていった。

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