第135話 闇の牢獄にて

「ね、ねえ! アークは⁉ アークも無事なの⁉」


 そんな俺とカーラさんの話に割り込むように、エリーさんが焦った声を出す。

 アークというのは、あの勇者の彼だろう。


「いや、まだアークさんは見つかってないから……」

「っ――⁉」

「で、でも大丈夫だよ。セレスさんも、彼は強いからきっと大丈夫だって――」

「いくらアークが強くたって! あんな化物がいるような場所じゃ……」


 化物、という言葉に一瞬俺の背筋がぞくっとした。


 慌てて上空を見上げ、周囲を見渡すが黒い空間が広がるだけでなにもない。


 だけど俺は知っている。

 この空間はシェリル様の物で、そしてここで起きた出来事はすべて筒抜けであるということを……。

 

「ほんっとに、なんなんでしょうねあれは……私の闇魔法もなにも通用しなくて理不尽すぎですよー」

「まだ死ぬわけにいかないから破滅は使えなかったけど、あれに通用するかどうか……」


 ――あんまり、あれとか言わないで欲しいなぁ……。


 なんとなくシェリル様の機嫌が悪くなっているような気がして、俺は冷や汗をかいてしまう。

 

 このまま俺ごとしばらく閉じ込めておこうかなんて思われた洒落にならない。


「えっと、シェリル様は悪い人じゃないから」

「……アンタ、あの化物の正体知ってるの?」

「知ってたら教えてくださいー。あれを倒さないと、私たちも脱出出来ませんから……」


 なんで二人とも戦う気満々なんだ⁉

 温泉でのんびりしていたゼフィールさんを見習って、仲良くやってくれればそれで――。


 ――面白いじゃない。


「「っ――⁉」」


 俺そんなことを思っていると、闇の中からシェリル様が現れる。

 その身体からは強力な闇のオーラを纏っていて、俺ですらちょっと怖くて後ずさりをしてしまった。


「私を倒す? なら、相手をしてあげる」


 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべ、これ絶対に悪い意味で楽しんでるなと思う。


「くっ――⁉ この!」

「死になさい!」


 二人の反応は早く、突然の事態だったにもかかわらず爆発魔法と影魔法が同時にシェリル様に襲いかかった。

 さすがは人類最強の勇者パーティーのメンバーと、七天大魔導の魔法使いだ。


 ただ、相手は人類どころかあらゆる種族の歴史に名を残すレベルの最強種。

 闇の大精霊シェリル様であり――。


「その程度かしら?」


 直撃した攻撃は一切のダメージにもならず、その立ち居振る舞いはまさに古の魔王。


「あ、あ、あ……」

「ひぃ……なんなんですかこれぇ……」


 二人は怯えたような声を出し、身体を震えさせる。

 

 突然始まった『絶対に勝てないボス戦』。


 ――俺だったら、絶対に嫌だなぁ……。


 というわけで、二人を置いて逃げたい衝動に駆られつつも、仕方が無いので前に出て庇う。


「あの、その辺でいいんじゃないでしょうか?」 

「アンタが代わりにお仕置きされたいの?」

「いや、別に彼女たちも悪気があって言ったわけじゃないと思いますので……」


 俺が言い訳がましくそんなことを言うと、殺気を込めて睨んでくる。


 ――こっわ!


 多分あれとか化物扱いされたので怒ってるんだろうけど、正直言って今回のこれはシェリル様の自業自得だと思うんだよなぁ。


 俺の後ろに立っている二人など、もはや立っていられなくなってへたり込んでしまった。


「多分、お互いの事情を話し合えば解決するんじゃいかなぁと、思ったり……」

「……ふん。まあいいわ。とりあえずそっちの」


 シェリル様の視線がエリーさんに向く。


「今度私の神殿でそんなふざけた魔法を使おうものなら、二度と光に当たれないと思いなさい」

「は、はい!」


 ふざけた魔法ってなんだろう? と思っていたがどうやらエリーさんは心当たりがあるらしく、素直に返事をした。

 

 それさえ聞ければ満足だったのだろう。

 シェリル様は小さくため息を吐くと、全身から放っていた殺気を消して腕を組む。


「この後、アンタ含めてこいつらも外に出すけど、外にスノウもいるから変なことはさせないようにね」

「あ、俺が見張る感じですか?」

「他に誰がいるのよ」


 ですよねー、と頷く。

 まあこれだけの力の差を感じたら、もはや抵抗なんてしようとも思わないだろうけど、カーラさんの性格は結構面倒そうだから念のためちゃんと言っておこうか。


「えーと、二人はここのことをどれくらい知ってますか?」


 振り向くと、二人とも瞳に涙を浮かべて、すでに戦意を喪失したような雰囲気。


「な、なんにも知らないわよ! 気付いたらこの神殿の近くにいて、人がいるかと思ったらあの化――」

「す、ストーップ!」

「モガ――」


 ――また化物とか言ったらシェリル様が怒って出てきちゃうから!

 

 慌ててエリーさんの口を抑えてそれ以上言えないようにすると、焦った様子を見せる。

 しかし俺の意図が伝わったのか、少しすると涙目になりながらも落ち着き始め、抑える手を叩いてもう大丈夫という視線。


 ゆっくり離すと、彼女も荒い呼吸を吐きながらなにも言わずに黙り込む。


「本当に、気付いたらここにいたんですよー。ところで、あの方はなんと呼べばいいんですか?」


 代わりに隣で様子を窺っていたカーラさんが引き継ぐように言葉を紡いだ。

 なんともないように振る舞っているが、身体の震えは止まっていないからよほど恐怖したのだろう。


「シェリル様、かな」


 今ここで闇の大精霊だとか話すとまたパニクってしまうかもしれないため、それだけ伝える。


 とりあえず二人がなにも知らない状態というのはわかった。


「二人はシェリル様の神殿に迷い込んじゃって、そこで魔法を使っちゃったんですね」

「だって、急に魔物が襲いかかってきたんだもの」

「私の魔法は全然聞かなくてー、この子の破滅魔法は効果があったからそれで神殿を崩して逃げようとしたら捕まっちゃった感じですー」

「……なるほど」


 ぱっと見た感じ、二人の力量はあまり差がないように感じる。

 しかしカーラさんの魔法が通じず、エリーさんの方だけ通じたということはなにかしらの効果があるのだろう。


 そして、その魔法のせいでシェリル様の怒りを余計に買ってしまったと……。


 ――そういえば、厄介な魔法を使うって言ってたな。


 それがあったから、わざわざ闇の牢獄を使って捕まえたのか。

 殺さなかったのは、俺たちに配慮してくれた結果かな?


「まあ事情はわかりました。とりあえず二人とも、俺たちの住んでるところで保護しますね。この島のこととか、話はそこで落ち着いてからにしましょう」

「……ええ、助かるわ」

「やっと一息吐けますねー……」


 二人とも歴戦の魔法使いのはずだが、さすがにシェリル様と対峙したのは参ったらしい。

 ホッとした様子で力が抜けた感じだ。


「というわけでシェリル様! 闇の牢獄を解除してくださーい!」


 俺は聞いているはずのシェリル様に声をかけるが、反応はない。


「あれ? おーい!」


 なんでだろう、と思って何度か声をかけるが、無視される。


 しばらくして、俺の目の前に空間が揺らぐ。

 そこには眠ってしまったスノウを抱っこしたシェリル様がこちらを見て唇を動かしていた。


 えーと、なになに?


 ――この子が起きるまで、そこにいなさい。


「……うそぉ」


 どうやら寝ているスノウを独り占めしたいらしい。

 いや、俺は別にそれでも構わないんだけど……。


「……」


 二人はいつ出られるのだろうかと、そわそわした様子。

 いつ殺されてもおかしくないような場所にいるのは精神的にもキツいだろう。


「はぁ……」


 とりあえず、出られない事情は説明しよう。

 ついでに、外に出てから話そうと思っていたこの島の生態系とか、住んでいる人たちについても。


 ――とはいえ、信じてもらえるかなぁ……。


 シェリル様という例があるとはいえ、これまでの経験上信じてもらえない気がする。

 まあ、そのときは仕方が無いと割り切って、二人に事情を説明するのであった。

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