第134話 闇の中で

 スノウを連れてさらに北、火山地帯を越えてシェリル様の住んでいる谷に辿り着いたのだが……。


「あれ? なんでまた闇の牢獄が?」


 以前俺が吹き飛ばしてからは闇の牢獄も展開していなかったはずなんだけど、今は何故か復活していた。


「ばぁば、なにかやってるのかなぁ?」

「ね?」


 俺と同じ姿勢で崖を見下ろすスノウと顔を見合わせながら、不思議だねえと声を揃える。


 しかし困った。

 

「このままだと、また前みたいに降りてから吹き飛ばさないといけなくなっちゃう――」


 ――それしたらぶっ飛ばすわよアンタ。


「え?」

「ばぁばの声だ!」


 そんな声に反応した瞬間、俺たちの視界は一瞬ゆがみ、そして気付けばシェリル様の神殿の中にいた。

 目の前には古代のコロシアムを模したような空間で、以前グエン様とジアース様が捕らえられていた場所だ。


 ちなみに、俺も無理矢理突っ込まれてこともあって、あまり良い思い出のない場所でもある。


「まったく、ふざけたこと考えるんじゃないわよ」

「あ、シェリル様。こんにちは」

「ばぁば!」

「いらっしゃいスノウ」


 ナチュラルに俺の挨拶をスルーするのはちょっと悲しいから止めて欲しいなぁ。

 スノウはスノウで久しぶりに会うシェリル様に甘えるように抱きつくし、パパはちょっと寂しいよ。


 シェリル様は普段の凜とした瞳の中に優しさを見せてスノウを抱っこする。

 普段からこれくらい優しげだったら俺たち――主に俺とグエン様とジアース様も怖がらなくて済むのになぁ。


「アンタたちは普段からふざけすぎなのよ」

「あ、はい……」


 まあ否定出来ない。


「あはは! ぱぱ怒られてるー!」

「怒られて凹んでるからね。指さして笑っちゃ駄目だよ」


 まあスノウも本気で怒られているとは思っていないのだろう。

 せいぜい家でレイナとコミュニケーションを取っている程度の思っているはずだ。


「それはそうと、なんかシェリル様が妙なやってるって聞いたんですけど」

「妙なことって……別に大したことはしてないわよ」


 そう言って視線を闇の牢獄に向ける。

 俺からしたらこの魔法を使っている時点で結構大したことだと思うのだけど……。


「なんか変な侵入者がいたから、捕まえただけ」

「……侵入者?」

「ええ。ちょっと厄介な魔法を使うものでね。殺しても良かったんだけど、面倒だから闇の牢獄に放り込んだのよ」

「……」


 俺はゆっくりとコロシアムに浮かぶ黒い球体を見る。

 一度入ったからわかるが、あの上下左右どちらを向いているのかすらわからないあの空間は、普通の人間には結構しんどい場所だ。


「あのですね、もしかしたら俺の友人の知り合いかもしれないんですけど」

「それってただの他人じゃない?」

「まあそうなんですけど……ちょっと解放してあげてくれませんか?」

「解放、ねぇ……」


 シェリル様はなんだか悩ましげな表情を作る。

 誰が捕まっているのかわからないが、この島の、しかも最強種の一角であるシェリル様がこんなに悩むなんて何事だろうか?


「この神殿、傷つけたらアンタの責任にして虐めるけどいい?」

「……」

「そこは即答しなさいよ」

「いや、シェリル様のお仕置きってなんか怖いですし……」


 とはいえ、このままでは話が進まない。

 仕方ないのでその条件を受け入れて、闇の牢獄から解放してもらおう。


「ところで、侵入者ってどんな人だったんですか?」

「二人組の人間の女よ」


 たしか、七天大魔導の残りの二人は男女ペアで、セレスさんの仲間も男女ペア。


「また面倒な予感がするんですけど」

「その面倒をアンタが解決するのよ。ほら、行ってきなさい」

「あ……」


 以前のように、いつの間にか黒い空間の真上に飛ばされてしまう。

 どうせ空を飛んでも重力魔法で落とされるんだろうなと諦めた俺は無駄な抵抗もせずに、そのまま闇の牢獄へと入っていった。




 ――相変わらず、ここはなんか変な感じだ。


 深い海に沈んでいるような、宇宙空間に入れられたような、そんな不思議な感覚。

 光の通さない場所のはずなのになぜか視界は明瞭で、しかし無限に距離があるからかなにも見えない。


 グエン様たちが喧嘩をしていたときみたいに魔力をまき散らしてくれたら見つけるのも楽なんだけど……。


「あ……」


 なにも見えないが、離れたところに小さな気配を感じた。

 多分これがシェリル様の言っていた侵入者だろうと思い、そちらの方に向かう。


 しばらくして、遠目から二人の人物が見える。


 一人は、見たことのない赤い修道服を身に纏っているシスター。

 レイナたちからの話を聞く限り、彼女がカーラ・マルグリッドさんだろう。


 もう一人は赤いリボンで黒い髪をツインテールにしている、魔法使いらしい格好。

 あちらの彼女は見覚えがある。


「おーい!」


 二人はなにやら言い争いをしている様子だったが、俺が声を上げると同時に振り向いて武器を構えた。

 どうやら敵とでも思ったらしいので、危害を加える気はありませんよと両手を振ってアピールをする。


「「――」」


 近づくと攻撃されそうだから一度止まり、しばらくすると二人は見合わせて武器を下ろす。

 どうやら敵意がないことは伝わったらしい。


「ア、アンタ⁉」


 あまり刺激をしないようにゆっくりと近づいて行くと、ツインテールの少女、エリーさんが俺に気付いて驚いたように声を上げる。


「エリーちゃん、知り合いですかー?」

「……」

「こんにちは」


 訝しげな様子でこちらを睨んできて、どこか警戒した様子。

 隣のカーラさんはとりあえず俺が敵でないとわかって、しかし状況に困惑している。


「そうよ……破滅の力を使っても壊せない魔法なんてアンタくらいなもんよね!」

「えーと、なにか勘違いしてないかな?」

「勘違い? これだけの力を持った空間に閉じ込めておいて、なにを今更――⁉」

「はーい、事情がわかりませんがー、とりあえず一度落ち着きましょうねー」

「っ――⁉」


 突然カーラさんがエリーさんの後ろから口を塞いだせいで、モガモガと言っている。

 どうやら彼女の方が話が通用しそうだと思って顔を見ると、怯えたように顔を逸らされた。


 ――え、地味にショックなんだけど……。


「と、とりあえずこの空間は俺の仕業じゃないし、なんなら二人を助けに来たんだよ」


 そう言った瞬間、二人の顔が一変する。

 そして力が抜けたように、同時にその場にへたり込んだ。


「た、助けに来たって、本当?」

「うん。セレスさんも心配してたよ」

「セレスは無事なのね⁉ ……良かった」


 エリーさんはよほど心配していたのか、俺の言葉にホッとした様子を見せる。


「わ、私のことも誰かが心配してくれてたんですかー?」

「え?」

「え?」


 レイナは、心配してなかったな。

 エディンバラさんはそもそも記憶がなくなってたし、ゼロスとゼフィールさんも気にしてなかったっけ。


「えーと……」

「……」


 段々と不安そうな顔をし始めるカーラさんだが、ふと思い出す。


「あ、マーリンさんはちょっと心配してましたよ」

「そう、マーリンが……マーリンだけ?」

「……」


 そう追求されたら、俺としては視線を逸らす以外にない。

 レイナたちから話を聞く限り、このカーラという女性は七天大魔導の中でも一番残忍で、人望がないらしいから……。


「ふ、ふふふ……そう、みんなして私なんて知らないと……」

「あ、でもまだ見つかってない人とかもいるから。ほら、セティって人」

「……他には?」

「……」


 再び顔を逸らす。

 だってもう、そのセティさん以外は全員見つかっているし、心配らしいこと言ってたのマーリンさんだけだし。


 それが伝わってしまったのか、カーラさんは結構ショックな顔をしていたが、これは俺のせいじゃないよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る