第133話 アールヴの村に来訪

 スノウを抱えながら北に飛んでしばらくすると、崖が見えてきた。

 断崖絶壁とも言えるそこには複数の穴が空いており、アールヴの村人たちが住んでいる場所だ。

 

 以前来たときはワイバーンなどが空から村人を狙っていたが、今は大精霊様たちが守っているからかその姿はほとんど見えない。

 その代わり、小鳥などが空を飛んでいて以前より柔らかい雰囲気を感じる。


「よっと」


 地上に降りると、作業をしている若いアールヴたちがこちらに気付いた様子で近づいてきた。

 その顔はみんなとても嬉しそうだ。


「スノウ様!」

「みんな、スノウ様が遊びに来たぞ!」


 俺の腕に抱えられたスノウは、いきなり囲まれてちょっと嫌そうに顔を隠してしまう。

 前にアールヴの村にいたときは平気だったのになんでだろう? と思っていたが、久しぶりで人に知りを発揮してしまったのかもしれない。


 大丈夫だよ、と背中を軽く叩きつつ近くのアールヴの青年に事情を説明して、俺たちを囲っている人たちには一度解散してもらうことに。

 ただやはり彼らにとって大精霊というのは神に近い存在だからか、遠目からでも気になる様子は見せていた。


 色々と聞きたいことがあるんだけどなぁ、と思っていると、見慣れたツインテールの少女が近づいてくる。


「スノウ様、それにアラタ!」

「あ、カティマ」

「っ――⁉」


 顔を隠していたスノウが慌てて降り向くと、いつものように叩いてきた。

 降りる合図だな、と地面に下ろすと、そのままカティマに突撃して行く。


「カーティー」

「す、スノウ様! ちょっとスピードを落として――!」

「マー!」

「うげぇっ⁉」


 女の子とは思えない鈍い声を出しながら、それでもスノウを潰さないように倒れるのは耐えたカティマ。


 彼女は頑丈だが、それでもティルテュのようにこの島でも最強クラスの強さを持っているわけではない。

 それでも耐えたのはその忠誠心ゆえのことだろう。


 そして明らかに辛いのを隠しつつ、にっこりと微笑みながらスノウの頭を撫でる。


「スノウ様、ようこそいらっしゃいました」

「うん! 遊びに来たよー」

「そうですか。それはみんな喜びます」


 周囲を見ると、羨ましそうな視線。

 そんな中で、一人の少女が近づいてくる。


「スノウちゃん!」

「あ! ミーアちゃん!」


 以前俺がワイバーンから助けたアールヴの少女だ。

 名前は聞いていなかったが、ミーアと言うらしい。


 この村でも一番スノウと年齢も近く、仲良しになって氷の彫像なども渡していた。


「ねえぱぱ。遊んできてもいーい?」


 少し甘えたような声を出しておねだりしてくるスノウに少しだけ考える。


 周りはアールヴの人たちがたくさんいるし、なんとなくグエン様の気配も感じるからどこかでこちらを見ているのだろう。

 以前のようにワイバーンもいないので、危険も無いはずだ。


「うん、いいよ」

「やったー! それじゃあ行ってくる!」

「村の外には出ちゃダメだからね」

「わかってるもーん! 行こ!」

「うん!」


 子ども同士手を繋いで走って行く様は見ていて微笑ましい。

 大人のアールヴたちも柔らかい笑みを浮かべてそれを見守っていた。


「それで、急にどうしたんだ?」

「ああ。実は……」


 ここ最近の出来事について話をして、誰かこの村に流れ着いていないか聞いてみる。

 

 エディンバラさんが海岸、ゼフィールさんが鬼神族の里、セレスさんが古代龍族の住処にいたことを考えると、この辺りにいてもおかしくないと思うんだけど……。


「いや、多分こっちには人間は来てないな」

「そっか」

「アールヴもだが、神獣族たちだってもし見慣れない人間がいたら、最初にアラタたちのところに案内すると思うぞ」

 

 たしかに、セレスさんは熱を出してしまったことが原因で案内が遅れたが、俺の知り合いだったら家まで案内してくれる気がする。

 ということは、神獣族の里に行ったレイナたちも駄目かも……。


「まあでも事情はわかったぞ。もし人間がいたらアラタたちの家まで送ろう」

「うん、そうして貰えると助かるかな」


 エディンバラさんたちは同じ船に乗ってきたが、それでもやってきたタイミングが違っていた。

 ということはこれからやってくる人もいるかもしれないのだ。


「今日ここにいるのってグエン様だよね?」

「ああ。会っていくか?」

「うん。ジアース様にはもう伝えたけど、二人にも一応言っておかないと……」


 特にシェリル様は結構容赦がない人なので、ちゃんと伝えておかないと大変なことになりそうだ。

 まああの人はあの人でスノウに甘いから、連れて行ったら多少穏やかに話も聞いてくれるだろう。


「そういえば、本当は今日って闇の大精霊様の担当なんだ」

「え? そうなの?」

「ああ。だけどなにか用事があるからって、火の大精霊様に変わって貰ったらしい」


 担当、というのはアールヴの村を守る順番のことだろう。

 グエン様、ジアース様、シェリル様の三柱の大精霊たちは、彼らを信仰するアールヴを守るためにこうしてやってくる。


 以前はスノウの件があったから彼らも来れなかったが、そうじゃなかったらルーティンで見守りに来てくれるはずだった。


「だから、もしかしたらなにかあるのかもしれない」

「うーん、ならグエン様に聞いてみるよ」


 俺が自分の感覚を研ぎ澄ますように集中すると、村の一部にある炎の中から強い力を感じた。


「あそこか。ちょっと行ってくるね」

「ああ。まあお前に関しては気をつけろもなにもないから、カティマは言わないぞ」

 

 いちおう、強力な力を持った大精霊様に会いに行くんだけどなぁ。

 まあ俺からしたらただ孫に甘いお爺ちゃんという印象しかないんだけど、カティマもだいぶ慣れてきたらしい。


 村の一角にある松明の前に立つと、炎の中から瞳が映る。


「なんだアラタ? ワシは今忙しいんだが?」

「スノウのこと見てるだけでしょ」

「ワシはお前と違って四六時中一緒にいれねぇんだ。遊びに来てくれた日くらいいいだろうが」

「質問に答えてくれたら、今度スノウに抱っこしてもらえば? って言ってあげますよ」


 俺がそう言った瞬間、グエン様は炎の中から飛び出して姿を表す。


「で、なんの用だ? 炎の大精霊グエン様がなんでも聞いてやるぜ」


 俺よりもずっと大きな身体に炎を纏ったその姿はとても力強く、炎の王と言われても納得のいくものだ。

 もっとも、出てきた理由がただの爺馬鹿だけど。


「シェリル様がなにしてるか知ってますか?」

「あん? 知らねぇよ。なんか急にワシに村を守るの代われって言ってきてな。まあ前の借りもあったから代わったが……」

「そうですか」

「気になるなら行けばいいだろ。他のやつならいざ知らず、お前なら大丈夫だろうしな」


 そうは言うが、俺的にシェリル様ってなんか逆らったら怖い感じがして苦手なんだよなぁ。

 戦えば負けないかもしれないけど、こういうのって本能的なものな気がするし、いざとなったらスノウに頑張って貰うか。


「わかりました。それじゃあこのあとシェリル様のところに言ってみますね」

「おう。あ、そういえばお前、人間探してるんだったよな?」

「はい。でもみんな心当たりはないって……」

「なんか南の方が騒がしいから、気が向いたら行ってみたら良いと思うぜ」

「南……」


 以前行った森の方だろうか?

 だがあそこにはなにもなかったような……。


「あっちの大精霊やエルフは隠れてるから見つけ難いだろうけどな」

「前に行ったときはなにも見つけられなかったんですけど、結界でも張ってるんですか?」

「ああ。だがスノウを連れて行けば多分自分たちから出てくると思うぜ」


 そういえば、大精霊はスノウを除くと六柱いるんだった。

 北に闇、火、大地。

 南に光、風、水。


 エルフが信仰しているのが南の三柱だということで、その力で守られているらしい。

 シェリル様たちから見ても可愛い孫のような扱いだから、南の三柱も同じように思っているのかもしれないな。


「お前らが探してる人間も、そこに紛れ込んでる可能性があると思うぜ」

「そうですか。ならそっちも探してみますね」

「おう」


 とりあえずシェリル様に挨拶だけしておこう。

 大精霊様の中でも一番真面目なあの人が、自分の立場を置いて引き籠もっているのも気になった。


「ところで、スノウは置いていってもいいんだぜ」

「そんなことをしたら俺、シェリル様に殺されちゃいますよ」

「どうせ死なねぇだろお前は」


 それくらい酷い目に合わされる、と言う話だ。

 というか、大精霊様まで俺のことを自然と人外扱いしてくるのは勘弁して欲しいなぁ。

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