第131話 今後のこと

 しばらく号泣していたセレスさんは落ち着きを見せ、赤く腫れた瞳から柔らかい笑みを浮かべる。

 盛大に泣いたからか、だいぶすっきりした顔だ。


「恥ずかしいところを見せてしまいました……」

「だから恥ずかしいことなどではないと言っておるだろうに」

「そうでしたね」


 セレスさんの言葉にティルテュが訂正する。

 スノウと遊んでくれたりと、この子は結構面倒見がいいんだよな。

 ルナなんかは自分が楽しければなんでもいいって感じだけど、ティルテュはよく周りを見ている感じ。

 

 ――成長したなぁ。


 なんてちょっと父親気分で見てしまう。

 先ほどの件かあるからか、セレスさんのティルテュに対する距離感もだいぶ近いような気がした。


「そういえば、この島にはいつ頃やってきたの?」

「一週間ほど前ですね。気付くと一人でこの近くの森で気絶をしていて、魔物に襲われているところをグラム様に助けて頂きました」

「そっか」


 となると、ゼフィールさんとは少しタイミングずれてる感じかな?

 エディンバラさんは直近だったけど、やっぱり一人一人微妙に違ってるみたいだ。


「ここが最果ての孤島だというのはわかったのですが、出てくる魔物があまりにも常軌を逸していて私一人ではとても身動きが取れず……」

「まあそうだよね」


 結局、この島のことを知るまではグラムのところで世話になることを決めたらしい。

 古代龍族の住処であれば知性の無い魔物は簡単には近づいてこないし安全だと、案内されたそうだ。


 グラム以外の古代龍族たちもたまに様子を見に来てくれ、親切にもしてもらった。


「あいつらが親切に?」


 ティルテュが訝しげな表情を作る。

 古代龍族の子たちは結構排他的な性格をしているうえ、自分より弱い者にはあまり興味がない。


 だから親切にしていると聞くと、俺も少しだけ疑問が残る。


「あ、はい。私がアラタ様の名前を出したからかもしれませんが……」

「ああ、なるほど」

「あやつら……」


 たしかに俺の知り合いと言えば、みんな良くしてくれるかもしれない。


「あれ? だったらなんでグラムは俺の家に来なかったんだろ?」

「それは多分、私が高熱を出してしまい、その間付きっきりで看病してくださったからだと思います」


 セレスさんは助けて貰ってから数日、ずっと倒れていたらしい。

 譫言のように俺の名前を出したこともあり、グラムたちもとりあえず治るまで面倒見ようと決めたらしい。


 快復したのも先日で、ようやくグラムたちにもちゃんとした説明が出来、そして――。


「あ、ってことは今ちょうど入れ違いになっちゃった?」

「かもしれません」


 この状況でグラムが出かけるとしたら、俺の家だろう。

 なんてタイミングが悪いのか……。


「仕方ない。一回帰ろうか」


 もしかしたらまたすれ違いになってしまうかもしれないが、ここで待っていると日が暮れてしまう。

 最悪また明日会いに行けば良いし、と思っていると――。


「あの、私も一緒に行って良いでしょうか?」

「え? それは……」


 万が一すれ違ったとき、家にセレスさんがいないとグラムも焦るんじゃないだろうか?

 そう思ったが、彼女の瞳を見ていると駄目とはいいづらい。


「まあいいのではないか?」

「ティルテュ?」

「とりあえず、近くに棲んでいる誰かに言付けをしておけばいいだろう。我が言ってくるから、ちょっと待ってるのだ」


 テュルテュはそう言うと、グラムの家から飛び出る。

 前は他の古代龍族に話しかけるだけでも涙目になっていたのが嘘のようだ。


「ティルテュちゃん、良い子ですね」

「そうですね。この島の人たちは強い力を持ってるけど、みんないい人ばっかりですよ」


 そういえば、彼女は俺のことを現人神と呼んだけど、実際に神様みたいな人は結構いるよなと思う。

 スザクさんや大精霊のみんなもそうだろうし、大丈夫だろうか?


「そういえば、セレスさんの仲間の二人は……」

「……大丈夫です、きっと」


 つい言ってしまい、しまったと思う。

 彼女だってこの島の危険性はよくわかっているはずだ。

 そんな中で大切な仲間と逸れて、最悪な事態を想定していないはずがない。


 だがセレスさんは俺に対して笑顔を見せる。


「あの二人は、私なんかよりもずっと強いですから!」

「そっか」


 強い、という言葉の意味が単純な戦いの強さでないことはすぐにわかった。

 信頼しているんだな、とも思う。


 ――でも、早めに見つけないと……。


 この島の魔物たちは大陸に比べて強く、来たばかりのゼロスたちですら歯が立たなかったくらいだ。

 セレスさんやゼフィールさんたちみたいにどこかで保護されていない限り、不味い状況にもなりかねない。


 そんなことを考えていると、ティルテュが戻ってきた。


「これで大丈夫だ。それじゃあ行くぞ!」

「あ、ティルテュ」

「ん?」

「ドラゴンに変身して貰ってもいい? セレスさん、飛べないみたいだからさ」


 別に俺が抱えても良いのだが、なんというかセレスさんは女性として結構な体つきをしているので、あまりよろしくない気がする。

 ティルテュやルナであれば子どもとして思えるが、さすがに彼女は駄目だろう。


「……旦那様、今なにを考えた?」

「なにも?」

「ふぅーん……」


 ジトーと疑いの目で見てくるが、こればかりは言えないから諦めて欲しい。

 幸い、セレスさんは俺の思っていることを理解していないのか、特に気にした様子は無かった。




「わはははははー!」

「す、凄いです! まさか自分がドラゴンに乗ることになるなんて!」


 ドラゴンとなったティルテュが高笑いをしながら空を飛ぶ。

 結構な速度が出ているので、俺も一緒に乗ってセレスさんが吹き飛ばないように後ろから支えるが、彼女は気にした様子も無く楽しそうだ。


「それにこの光景……とても綺麗」


 上空から見るこの島の景色を見たセレスさんは、うっとりした様子。

 俺も以前スザクさんの背中に乗せてもらいこの光景を初めて見たときは感動したものだ。


「我の速度なら、あっという間に着くが……」


 セレスさんに気を遣ったのだろう。

 ティルテュが徐々にスピードを落としていき、流れる景色もゆったりとしたものに変わっていく。 


 俺も改めてこの島を見渡すと、以前よりも知った場所がどんどんと増えていて、少し楽しい。


「北と東の方は、だいたい行ったなぁ」


 神獣族の里に鬼神族の里、アールヴの村やヴィーさんが住んでいる城などは全部そちら側だ。

 逆に、島の南側はこの間行ったがあるはずのエルフの村を見つけることが出来なかった。


 ――色々なことが片付いたら、そっちも行ってみようか。


 セレスさんの仲間の二人、それにまだ見つかっていない七天大魔導の二人もか。

 この島で誰かが傷つくようなことはあって欲しくないから、まずはそちらが優先だ。


 それに、サクヤさんのこともサポートしないと……。


「やらないといけないことは多いけど、頑張ろう」


 それがきっと、俺の夢に繋がってるはずだから。

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