第130話 涙
奥に案内されると、整理整頓された部屋が広がっていた。
どうやらグラムは用事があるからと出かけてしまって、帰りは遅くなるらしい。
丁度入れ違いになってしまったが、まあ目的の一人である女性と出会えたので良しとしよう。
「ど、どうぞそちらに!」
「ありがとうございます」
椅子に座って周囲を見渡すと、壁一面に置かれている棚には宝石が綺麗に並んでいる。
ティルテュの家は結構雑多だったし、グラムもそんな几帳面な男には見えなかったので少し意外だった。
俺との再会がよほど驚いたのか、セレスさんは緊張した面持ち。
この子、俺のことを神様かなにかと勘違いしてるからなぁ……。
誤解は早めに解いておかないと、と思っていたらティルテュがセレスさんに近づいて行く。
「……」
「あ、あの? なんでしょうか?」
ジロジロと睨み付ける様子は、威嚇しているようにしか見えない。
というか、実際に威嚇をしているのだろう。
「セレスと言ったな……貴様、旦那様とはどういう関係だ⁉」
「え?」
「てっきりグラムの女だと思っていたから捨て置いたが、まさか我が夫(予定)に色目を使っている女狐だったとはな!」
「色目……? っ――⁉」
突然の言葉に困惑していたセレスさんだが、言われている意味を理解したのだろう。
彼女は顔を真っ赤にして否定し始める。
「つ、使っていませんよ! そんな恐れ多いこと出来るわけがないじゃないですか!」
「本当かぁ……? そのおっきなおっぱいで誘惑する気なんじゃないのかぁ?」
疑わしい瞳で見上げるティルテュが、セレスさんの胸を下から押し上げ始めた。
「あ、んっ……アラタ様は神ですから、このようなモノには興味は、ん……持たれませんから」
「ほうほうほう」
「んんん……」
恥ずかしいからか、凄まじく色気を持った我慢するような声。
いや普通に興味あるよ、とは言えない空気になってしまった……。
あとティルテュ、ちょっと興味深くなっちゃったのはわかるけど、それ以上したら不味いからね。
「ほら、そこまで」
「むっ?」
両脇に手を入れて、そのまま持ち上げて後ろに撤退させる。
そのまま俺の横に座らせたのだが、まだ疑っているようにセレスさんを見ていた。
「すみません。この子、まだ人が苦手で」
「旦那様の女関係をチェックするのは、嫁の役目なのだ」
またマーリンさんから学んだことだろうけど、ちょっと偏ってるからあんまり悪い影響は受けないで欲しいなぁ。
「えっと、先ほどから気になっていたのですが、夫や嫁というのは? アラタ様にはレイナ様という美しい伴侶がいるはずでは……」
「なぬぅ⁉ レ、レイナはたしかにいい女だ! ご飯も美味しいし、優しいし、身体もエロい! だが我だって正妻になるために色々と頑張ってるのだぞ!」
本人が聞いたら滅茶苦茶顔を紅くしそうなやりとりだし、俺もなんとなく間に入りづらい会話だ。
とはいえ、このままだと話が進まない。
「あのさ、もうその辺で止めて貰っても良いかな……」
「「あ……」」
俺が気まずそうにしていることに気付いた二人が、ようやく言葉を止めてくれる。
「ほら、とりあえずちゃんと自己紹介から始めよう」
「そ、そうですね。改めて、私はセレスと申します。アラタ様には以前は助けていただいて……」
「久しぶりですね」
「はい、ずっとお会いしたいと思っていました」
セレスさんがそう言うと、再びティルテュが睨む。
とはいえ、今度はちゃんと話を進めるつもりがあるらしく、横から口出しはしなかった。
「……ティルテュ。古代龍族で、旦那様の嫁だ」
「ちょっと人見知りしますけど、可愛い子なので良ければ仲良くしてあげてください」
「あ、はい」
ちゃんと挨拶出来たのは偉いけど、視線が微妙に横に向いてるんだよなぁ。
とはいえ、これでも成長した方か。
嫁云々は訂正したいところであるが、ここでそれを言うとまたこの子が拗ねちゃうので後で説明しよう。
「俺はアラタです。この島に流れ着いて、今は結構楽しく過ごしてます」
「あの……私に敬語などは必要ありません。アラタ様は神なのですから……」
「……とりあえず、そっちの誤解はちゃんと解消しておきましょうか」
俺は自分がたまたま強い力を持って生まれただけの人間であることを伝える。
人間、と言ったときのティルテュの視線が若干気になったが、たとえ最強種たちより頑丈な身体を持っていても人間なのは変わらないのだ。
レイナと出会ったこと、神獣族たちと仲良くなったりしたこと。
「それに、ティルテュともその後出会ったんだよね」
「うむ! 熱烈なプロポーズを受けたのだ」
「ええ⁉」
「あの、それなんだけど……」
敬語は不要、ということだったので普通に会話をするよう、一つ一つこの島であった出来事を話していく。
俺と同じくこの島に漂流したレイナと出会ったこと。
そのあとでこの島の人々と交流を深めてきたこと。
色々と話していると、セレスさんの緊張も若干解れてきたのか相づちも柔らかくなる。
そして今度はセレスさんが
「そうだったのですね……」
「うん。だから神様とかじゃないんだ。ごめんね」
「ア、アラタ様が謝るようなことはありません! それに、私たちの命を助けてくれたことは間違いないのです。ずっと、ずっとお礼を言いたかった……!」
そうして、セレスさんは俺と別れたあとの出来事を教えてくれた。
レイナたちが出会ったのは聞いていたが、まさか間でヴィーさんも召喚していたとは……。
――というか、滅茶苦茶苦労してきたんだなぁ。
勇者と聖女と魔女。
三人の旅路はとても大変なものだったが、それでも人々のためになるならと戦い続けてきた。
それが信じていた教会の裏切りで、犯罪者の烙印を押されなんてなぁ。
俺だって、ブラック企業で働いてるときに上司に裏切られて失敗を押しつけられたらメンタルやられる自信がある。
セレスさんはもっと酷い目に合ったのに、強いなと思った。
「頑張ったんだね」
「っ――⁉」
突然、セレスさんが涙を流す。
「え? あ、その……これは、違うくて……」
ぽろぽろと零れる涙が机を濡らし、それを必死に拭おうとするが止まる気配はない。
少しして嗚咽交じりの 声が洞窟に響き渡った。
「ヴィルヘルミナ様が、おっしゃっていたのです。縁があればまた貴方様に会えると。それを心の支えにずっと頑張ってきたから……その……うぅぅ」
「……」
まだ少女と言ってもおかしくない年だろう。
ずっと神の試練だと思い、乗り越えられるものだと気丈に振る舞ってきたのだろう。
俺と出会い、目的を達成したことで、これまで抑えてきた心の壁が壊れてしまったのかもしれない。
「おかしいな。嬉しいのに、涙が止まらない……」
「おい、セレスと言ったな」
突然、俺の隣に座っていたティルテュが立ち上がると、セレスさんの方に行く。
「その涙を我は知っているぞ」
「え?」
「それはな、嬉しいときに流れる涙だ」
それは以前ティルテュがまだ古代龍族と鬼神族の喧嘩に混ぜて貰えず、一人きりだったときのこと。
俺が間に入り、そして彼女も一緒に喧嘩が出来るようになった。
そしてみんなで一緒に宴もして、ティルテュは笑顔で涙を流し、嬉しいと言った。
「我もそうだった。涙が止まらなかった。でも、流し終えたときは嫌な気持ちなんてなくて、心が軽くなったのだ」
ぽんぽんと、セレスさんの背中を優しく叩きながらティルテュは自分のことを語る。
「だから我慢なんていらん。全力で泣くがいい」
「あ、う、え……あぁぁ!」
その言葉が最後の切っ掛けとなったのだろう。
セレスさんはまるでダムが決壊したように、声を上げながら大泣きし始める。
まるで、子どものときに戻ったように……。
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