第129話 再会

 北のアールヴの村を越え、そこから少し東に向かう。

 普段であればのんびり歩いて行くところだが、今日は用事があるため飛んでいく。


 しばらくして、目的地である古代龍族の縄張りである岩山が見えてきた。


「さて……」


 彼らは他の種族に比べると縄張り意識が強い。

 遠目でもドラゴンが飛行をしているが、俺の知り合いである保証がないため迂闊に近づくわけにはいかないだろう。 


 とりあえず地上に降りて、岩山に向かって歩きながらこれからどうするか考える。

 思えば、こうして古代龍の縄張りに入ってくることはほとんどなかった。


 やってきたのもスノウの力を制御するために世界樹の蜜を貰いに来たとき以来。

 以前はティルテュの背中に乗って来たから、どこにグラムが棲んでいるのかもわからない状態だ。


「たしか、あの中央で一番高くそびえ立ってるのが、会議場みたいな場所だったよな」


 あそこで古代龍族の長老たちが難しい話をしているのだ、とティルテュは言っていた。

 俺の知り合いは基本若い子たちばかりなので、あそこに向かってもあまり意味が無いだろう。


「とりあえず、ティルテュの住処に行って事情を話そうかな」


 正確な場所は覚えていないが、たしか一番離れた岩山だったはず。

 道中で知り合いにさえ会えればそれで問題無いだろう。


「あれ? この気配……」


 そんなこと思っていると、一匹のドラゴンがこちらに向かっているのがわかった。


 この慣れ親しんだ力の強さはティルテュだ。

 どうやら俺に気付いて近寄っているらしい。


 これは助かったと、俺は少し見やすい場所に移動すると、ティルテュが凄い勢いで飛んできて、いつものように空中で変身して飛び降りてきた。


「旦那様ー!」

「おっと」


 しっかりキャッチすると、彼女の尻尾のようなサイドテールが嬉しそうに揺れ動く。

 まるで大型犬が甘えてくるような抱きつき方に、つい苦笑してしまった。


「むふぅー!」

「よくわかったね」

「我が旦那様の気配を間違えるわけがないのだ!」


 そうは言うが、結構な距離だった気がするし、俺だってもう少し近づかないとティルテュの場所はわからなかったことを考えると、察知能力は俺以上なのかもしれない。


「ところで旦那様がなぜこんなところに……?」

「ああ、実は――」

「もしや我に会いに⁉」

「グラムに会いに来たんだ」


 そう言った瞬間、ティルテュはむすぅと頬を膨らませて不満げな表情をする。


「なんで我にじゃないのだぁー」

 

 甘えるように頭をこすりつけてくるのは可愛い。

 ちょっと申し訳ない気持ちになったが、本当にグラムに会いに来ただけだからなぁ……。


「用事が終わったら、一緒にご飯でも食べようか」

「……うむ」


 ティルテュは離れると、背を向けた。

 表情は見えないが尻尾が左右に揺れているから機嫌も直ったみたいだ。


「しかし旦那様がグラムに会いに来るなど珍しいな」

「うん。ちょっと聞きたいことがあってね」

「それはもしかして、あの女のことか?」

「あ、ティルテュも知ってたんだね」

「ああ」


 もしかしてティルテュもその女性と会ったことがあるのかな? と思ったが、すぐにそれが違うと気付く。


「人間みたいだからマーリンたちの仲間かと思ったが、我はあんまり、その……」

「だよね」


 今でこそ俺たちと仲良くしているティルテュだが、元々はボッチを極めていた少女だ。

 新しく島の外からやってきた人間に簡単に近づけるなら、ボチドラなどと呼ばれていないだろう。


「実は他にも島の外から来た人がいてね。一緒に来た人なんじゃないかって話で確認しに来たんだ」

「そうか……今はグラムの住処にいるはずだから、我が案内しよう」

「助かるよ」


 元々お願いしようと思っていたので丁度良かった。

 そう思っていたら、なにかを考え始めると、俺に近づいてきて、無言でただ手を伸ばす。


「……」

「どうしたの?」

「……」


 聞いても応えてくれない。

 ただじっと手を差し出してきて、これは……繋げということだろうか?


 とりあえず小さなその手を掴み、そのまま握ってみる。


「これでいいの?」


 ティルテュは笑うと、そのまま横に並ぶように向きを変えて歩き出す。

 嬉しいのはわかったけど、なんでなにも言ってくれないんだろう?


 ――まあまたマーリンさんの入れ知恵だろうけど。


 別になにか困ることがあるわけではないので、そのまま歩き出した。



 

 ティルテュと歩いていれば、上空を飛び回っている古代龍族たちもなにも威嚇してこない。

 以前と同じように、ただ遠巻きに見てくるだけだ。


「あやつらはただの龍族だからな。我らのように話す知性はないが、力の差は感じているから襲いかかってこないぞ」

「そうなんだ」


 神獣族の里に普通の獣人がいるように、古代龍族の住処にも龍族はいるらしい。

 普通の龍族からすれば、古代龍族は神にも匹敵する力を持っていることは理解してるので、つかず離れずの距離を保つようだ。


「ティルテュと出会ってから結構経つけど、まだまだ知らないことばっかりだ」

「我だってまだ人間のことは知らないから、おあいこだな」

「そうだね」


 どうやら若い古代龍族の面々はだいたいが喧嘩に出て行ってしまっているらしい。

 残っているのは長老たちだが、年老いた古代龍族は会議以外で住処から出てくることは滅多にないらしく、姿は見えなかった。


 しばらく歩くと、ティルテュが一つの岩山を指さす。

 かなり高く、この高さと古代龍族の中での力は比例するらしい。 


「グラムはあそこだ。やつは今、人間の女の世話で喧嘩にも行かないから、今日も居ると思うぞ」


 おそらく中央の会議場とティルテュの住処を除けば、一番高い岩山だろう。

 よく見れば上の方に円形の穴が空いていて、そこから中に入れるようだ。


「飛ばないと入れないか」

「うむ」


 ティルテュの背中が少しだけ光り、羽が生まれる。

 俺も軽く魔力を使って浮遊すると、二人で上空へ飛んで穴に着地した。


「おおいグラムゥゥ! 我と旦那様が来たぞぉぉぉー!」


 穴に向かっていきなり叫ぶ姿は、酔っ払った大学生が下宿先の友人宅を訪れたようだ。

 もうちょっと言い方とかないかなぁ、と思っていると、穴の奥から一人の女性が現れた。


「あの……今グラム様はお出かけをしてまして……え?」

「あれ?」


 女性は俺を見て驚いた顔をする。

 俺もまた、なんとなく見覚えのある少女を見て、驚いた。


「君はあのときの――」

「あ、あああ! 貴方様は――」


 まるで信仰する神に出会ったような表情で、少女――聖女セレスは感極まったように膝を突いた。


「現人神アラタ様!」


 その言葉に、俺は顔を天井に向ける。

 岩山の天井は広く空いていて、その先には綺麗な青空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る