第128話 強い人
夕方頃、家に戻るとギュエスとサクヤさんは無事に仲直りを終えていた。
今日はもう遅いので泊まっていけばと言ったのだが、これ以上は迷惑をかけられないとのことで、お礼だけ言って帰っていった。
「まあ二人が本気を出せば、一時間もかからないもんなぁ」
「いつもお世話になってるんだから、ゆっくりしていけばいいのにね」
二人を見送ってから、レイナは夕食の支度があるので俺がマーリンさんの家にスノウを向かえに行く。
「マーリンさん、今日はありがとうございました」
「まああの子は可愛いから良いんだけど……」
そう言いつつ中に招き入れられると、スノウが家から持ってきたお気に入りにの魚を釣る玩具で遊んでいるところだった。
一緒にやっているのは前回と同じエディンバラさん。
相変わらず本気でやっているらしく真剣そのものだが、やはりスノウの方が上手らしく手持ちの魚の数に大差が付いている。
表情はあまり変わらないが、ちょっと悔しそうだ。
「あれがあの『終末の魔法使い』って恐れられたエディンバラだなんて……」
頭を痛そうにしているマーリンさんだが、俺としてはなんだかんだで見慣れた光景だ。
「スノウ、ただいま」
「ぱぱ!」
俺がそう言うと、スノウははっとした顔をして顔を上げ、嬉しそうな顔を見せた。
急いで立ち上がろうとして、少し困ったようにエディンバラさんを見ている。
どうやら遊びの途中であることに気付いたらしい。
俺を見て、エディンバラさんを見て、また俺を見て……。
相手のことを考えられる良い子に育ったもんだ、と俺が思っていると、エディンバラさんが優しく微笑んだ。
「私のことは気にせず行くと良い」
「うん!」
そしてスノウはそのままいつも通り俺にタックル。
最近威力が増してきた気がするそれを受け止めてそのまま抱っこをしてあげる。
「おかえりー」
「ただいま」
自分のほっぺをこすりつけながら全力で愛情表現をしてくるスノウを抱え直して、俺はマーリンさんたちを見る。
「すみません、最近いつもスノウの相手をしてもらってばっかり」
「いいさ、前も言ったが結構気に入っているんだ」
「まあ私もスノウは可愛いから構わないわよ」
「むふー」
たしかにスノウは可愛いけど、それでも元気いっぱいだからなぁ。
今も俺に抱きついてきているが、これ俺以外の人間だったら結構大変なことになるやつだったりする。
まあちゃんと力加減が出来るので、レイナとかに抱きつくときは全力の手加減をするという器用なことをしているのだが。
「良いわね、私も子どもが欲しくなってくるわ……」
「ゼロスとかどうだ?」
「ねえエディンバラ。冗談でもそれは言わないで欲しいんだけど」
「いや、冗談のつもりではないのだが」
「なお悪いわ」
喰い気味に否定するマーリンさんだが、俺もゼロスとの相性は悪くないと思うんだけどなぁ。
とはいえ、二人はライバルみたいなものなので、恋愛云々は違うのかもしれない。
「アラタはどう思う?」
「マーリンさんの睨みが怖いのでノーコメントで」
「そうか……」
ちょっとだけ残念そう。
とはいえマーリンさんからしたら絶対にあり得ない選択なのだろうし、これは仕方が無いだろう。
「ままは?」
「おうちでご飯作ってるよ」
「そっか!」
そしてそんな大人たちの会話などまるで気にした様子もないスノウは、ご飯と聞いたからか小さくお腹を鳴らす。
「ぁぅ……」
「お腹すいたね。それじゃあ帰ろうか」
「うん。あ!」
トントン、と俺の頭を叩いて、降ろしてくれという合図を送ってくる。
一体どうしたのだろうと思って降ろすと、スノウはそのまま玩具のところに。
まさか今からまだ遊ぶ気なのか? と思っていると自分の鞄に片付け始めた。
せっせと小さな身体で、一つ一つ拾っていく。
「ねえマーリンさん、あの子俺の子なんですよ」
「わかってるわよ」
あまりにも偉すぎると思って、ついそんなことを言ってしまう。
「手伝おうか?」
エディンバラさんが近づいてそう言うと、スノウはちょっと考える仕草をしたあと首を横に振る。
「お姉ちゃんは遊んでくれたから、お片付けはスノウがするよー」
「そうか」
軽く頭を撫でて、そんなスノウを見守るように見つめる。
「ねえマーリンさん、あの子俺の子なんですよ」
「アナタだいぶ親馬鹿になってきたわね」
いやだって仕方ないじゃないですか。
せっせと片付けをするスノウの愛らしさを全世界に見せびらかせたい。
「これでよし!」
そうしてリュックに玩具を詰め終えたスノウはそれを背負う。
玩具用のリュックは結構大きく、登山家のような格好になるのだが、幼く見えてもスノウは氷の大精霊。
力も強いので、体重が後ろにいくことなくしっかりしている。
「帰る準備できた?」
「うん!」
「それじゃあ、エディンバラさんも行きましょうか」
「……いや、止めておこう」
「え?」
一緒に帰るつもりだったのだが、彼女は首を横に振る。
「レイナと私の過去のことを考えたら、あの家に住むのはあまりよくないだろうからな」
「そう、ですかね……?」
「まあレイナはさすがに嫌なんじゃない? いくら記憶を無くしてても、結構無茶な修行をさせられてたみたいだし」
当時のレイナたちのことを知っているマーリンさんがそう言うのであれば、やはり修行は相当だったのだろう。
内容は俺も聞いていたが、すでに割り切っていると思っていた。
「あのね、いちおう言っておくけど七天大魔導っていうのはそんな甘い称号じゃないわ。才能だけじゃない。血の滲むような努力をしてきた天才たちを乗り越えて立つ頂点よ」
「……」
「それをまだ二十歳にも満たない魔法使いがなったっていうのは本来あり得ないことなの」
血の滲むような努力と言われて、神様から貰ったチートを貰っただけの俺では想像も出来ないような状況だったことを理解させられる。
だからこそ、安易にそれをわかった気にはなってはいけないと思った。
――そういえば、俺の力についてレイナはなにも言ってこないな。
彼女には異世界から転生したことも、そして神様にあって力を貰ったことも全部伝えている。
それだけ努力をしてきた上での力なら、普通もっと俺に嫉妬とかしてもいいと思うんだけど、これまで彼女からそんな気配を感じたことは一度も無かった。
「まあそういうことだから、今日のところは彼女もこっちで預かるわ」
「今後のことについては、明日また鬼神族の里に行ってゼフィールとでも相談しよう。どうやら奴は私に忠誠を誓っているらしいからな」
たしかに、温泉でゼフィールさんと話をしていても、大変だということは伝わってきてがそれでもエディンバラさんのことを悪く言うことは最後まで無かったっけ。
「わかりました。また力になれることがあればなんでも言ってください」
「ああ。アラタにはこれからも世話になることもあるだろうが、よろしく頼む」
「スノウもー!」
「そうだな。スノウもまた遊ぼうな」
記憶を失っているのに強い人だ。
レイナの話では何百年も生きたエルフであるらしいが、それらをすべて失ってなおこうして笑顔を見せられるのだから、本当に凄い人だと思う。
「それじゃあ二人とも、今日はありがとうございました」
「ばいばーい!」
マーリンさんの家から出て、先ほどの出来事をレイナに話すと、彼女は一言――。
「そう。まああの人は、本当に強い人だから大丈夫でしょ」
特別な感情もなく、当たり前のようにそう言った。
そして翌日――。
「じゃあ行ってくるね」
俺は古代龍族の里に向かって出かけるのであった。
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