第127話 森の違和感

 なんだかんだ、この島は広い。

 以前エルガから地図を貰ったとき疑問に思ったのは、誰がこの地図を作ったのかということ。


 実際に聞いてみると、神獣族の中でも変わり者がいて、自らの足で歩いて作ったらしい。

 そのとき、海沿いを歩いて一周したとき一週間ほどかかったらしく、感覚的に北海道くらいだなと思った記憶があった。


「今度、俺たちもやってみる?」

「それも面白そうだけど、スノウが飽きちゃいそうね」

「ああ、たしかに」


 俺が本気を出せば森の端から端までそんなに時間はかからない。

 そもそも飛んでいけば、どこにでも行ける。


 ただあえてそんなことをしなくても、時間はたくさんあるのだから、のんびりやれたらいいなと思う。

 昔と違って、結果より過程の方が大切なのだ。


「でも今日は二人だし、せっかくだから……」

「そうね」


 俺たちは手を繋ぎながら森を歩く。


 特に目的地は決めずに出てきたが、どうせなら今まで一度も行ったことのない方に行ってみようと、南に足を運んでみることにした。


「この辺りより先には行ったことなかったけど、たしかハイエルフがいるんだよね」

「エルガの話だとそうね。いきなり襲いかかっては来ないと思うけど、大丈夫かしら?」

「なにかあったら俺が盾になるから」

「ええ。そのときはよろしくね」


 実際、いきなり攻撃されたら多分本当に盾にするだろう。


 レイナも俺の身体の頑丈さは身に染みているだろうから、そこに躊躇いはないはず。

 というか、下手に躊躇われて彼女が傷つくなんて嫌すぎるから、そっちの方が助かるくらいだ。


「そういえば、ハイエルフとかそっちの大精霊様は俺のことも知ってるんだよね」

「前にアラタがヴィルヘルミナさんと暴れたあと、スザクさんたちが島中を回って説明したらしいから、そうじゃないかしら」

「だよね」


 俺は戦いのプロというわけではないので、不意打ちをされれば普通に攻撃は喰らう。

 動体視力とかは常人よりいいから見えれば反応は出来ると思うけど、守るといいつつ実はちょっと不安だった。


 とはいえ、ここまで来たら挨拶くらいはしてみよう、と思っていたら――。


「……おかしいわね?」

「ん? どうしたの?」


 しばらく森を散策していると、不意にレイナが困惑した表情をする。


「前に見た地図だと、もうすぐ森を抜けてしまうわ」

「え?」


 それを聞いて、俺はもうそんなに進んだのかと思うと同時に、それはたしかにおかしいと思った。

 なぜなら俺たちが住んでいる家から南に進むと、ハイエルフの里があるはずなのだ。


「……とりあえず、もう少し進んでみましょうか」

「うん。あ、一回地図出すね」


 収納魔法から地図を取り出し、念のため確認する。

 俺はどこになにがあるかくらいしかわからないが、レイナは地図からある程度正確な距離も把握できてるらしい。


「やっぱり、もうすぐ森を抜けてしまうわね」

「……」


 俺たちの住む拠点を中心とすると、北にはアールヴの里と大精霊の住処があり、その東側は古代龍族の里がある。

 ヴィーさんの城はその北側で、神獣族の里は家から東に進むところだ。

 鬼神族の里は神獣族の里の北側にあり、鬼神族と古代龍族の縄張りは隣接している形。

 

「今まで見てきた感じ、この地図に間違いはなかったわ」

「つまり、この南側だけ間違ってるって可能性は低いってこと?」

「ええ。でももう森を抜けて、このままだと南の湖に辿り着いてしまうわね……」


 レイナは一度、これまで進んできた道を振り返る。

 ハイエルフの里はそんなに大きな範囲ではないので、もしかしたら少しズレてしまったのかもしれない。


「もう少し森を探索する?」

「……いえ、これ以上遅くなると日も暮れちゃうし、今日はもうこのまま戻りましょう」


 空を見れば、太陽は頂点を越えていた。

 いざとなれば空を飛んで一気に帰ればいいとはいえ、せっかく天気もいいのだからのんびり帰りたい。


「まあせっかくだから、少し気にしながら帰ってみようか」

「ええ。元々ハイエルフに挨拶するためにこっちまで来たわけじゃないし、それはまた今度ちゃんと時間を取りましょうか」

「うん」


 そうして来た道を戻っていると、一瞬だけピリッとした感覚を覚えた。

 思わず振り返るが、同じ木々が並んでいるだけ。


「……」

「アラタ?」

「……ううん、なんでも無いよ」


 首を傾げていると、レイナが声をかけてくる。

 今の不思議な感覚に気付いた様子もないので、俺も気にしないことにした。




「そういえばグラムのことだけど、なにか女性を助けたらしいね」


 家に戻る道中、俺は先日ギュエスから聞いたことを話す。

 元を辿れば、サクヤさんが焦ったのもその件があったからだ。


「そうみたい。ギュエスもあんまり詳しく知らないらしいけど、もしかしたら一緒に来た面々の誰かかもしれないわね」

「だとしたら、明日一度グラムに会いに行ってみるよ。レイナはどうする?」

「そうね……正直カーラだったら面倒なんだけど……」 


 レイナはやや苦虫を噛み潰したような表情。

 マーリンさんたちが来たときよりも渋い顔をしているので、よほど相性が合わない相手なのだろう。


 せめて女性の特徴でもわかれば良かったんだけどなぁ。


「じゃあ明日は俺だけで行ってみるよ」

「お願い。ついでにグラムの近況も聞いて、サクヤさんに教えてあげてくれる?」

「うん、いいよ」


 レイナはサクヤさんの恋を全力で応援している。

 俺も色々とお世話になっているので、当然手伝いをすることに抵抗はない。


「サクヤさんの恋、上手くいくといいね」

「あんなに優しくていい人なんだもの。大丈夫よ絶対!」

「一番の壁は越えられたもんね」


 一番の壁、というのはもちろんギュエスのことだ。  

 なにせかなりの頑固者で、一度決めたら中々動かない。


 大切な妹の想い人が古代龍族で、その中でも一番のライバルだと言われたのだ。


 取り乱すのも仕方が無いとは思ったが、今は話を聞く態勢にもなったし、これなら色々と上手くいくかなとちょっとだけ気楽に思えた。

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