第126話 思い出
家から出て、木漏れ日の下をレイナと二人きりで歩く。
思えば、こうして二人だけで過ごすのはいつぶりだろうか?
スノウがうちに来てからは、あの子が寂しがらないようにどちらかは一緒にいたし、そうでなくても他の誰かが常にいた気がする。
「この島に来たときは二人だけだったのに、ずいぶんと騒がしくなってきたね」
「ルナと出会って、エルガやティルテュが来て、ゼロスたちもやってきて……本当にたくさんの人たちと会ってきたわね
」
思い返すと、この島に来てからどれくらいの人と出会ったのだろうと思ってしまう。
神獣族の面々も未だにレイナの食事を求めてやってくるし、カティマたちアールヴや古代龍族、鬼神族と合わせたら凄い人数だ。
最初の頃はのんびりしている時間が多かったが、今では毎日が騒がしい日々が続いている。
だけどそれが嫌かといわれると、全然そんなことはなかった。
「それにしても、まさか師匠まで来るとは思わなかったわ」
「あはは」
ちょっと不満げな様子だが、本当にそう思っていないことはわかった。
彼女の過去を聞いていたので、もっと深刻な雰囲気になるかと思ったが、やっぱり記憶喪失というのが大きかったのかもしれない。
「レイナの話とはだいぶ違う感じだったけど、あれがエディンバラさんの素なのかもね」
「そんなわけないわよ。本来の師匠って人に興味がないないんだから」
「興味がない?」
「ええ。いつもどこか途方を見ていて、誰にも興味がない感じ。七天大魔導だって、あの人を繋ぎ止めるためにゼフィールが作った組織なのよ」
「そうなんだ」
俺の印象とずいぶん違うなぁ、と思う。
彼女はたしかにクールで浮世離れした雰囲気だけど、どちらかというと世話焼な印象だった。
実際、スノウのことも可愛がってくれるし、俺が困っていたらすぐに気付いて手伝ってくれたりもしたし……。
「昔なにかあったのかな?」
「さあ? なにせ最古の魔法使いだから、あの人の昔話を知ってるのだってゼフィールだけだしね」
そんな話をしていると、レイナが過去のことを思い出して色々とやられたことを話してくる。
以前聞いたこともあれば初めて聞く内容もあって、あまりレイナからこうした話は聞かないので新鮮で楽しい。
「ちょっと、なに笑ってるのよ……」
「え? 俺笑ってるかな?」
「ええ、なんだか子どもを見るみたいに笑ってるわ」
思わず手を口に当てると、たしかに笑っている気がした。
特に意識をしたわけではないが、普段は見せない顔を俺に見せてくれたか、ちょっと嬉しくなったみたいだ。
「色んなレイナを知れたからだよ」
「っ――⁉」
俺がそういうと、レイナはちょっと顔を紅くして目を背ける。
怒ってるのかな? と思ったが指を髪に絡ませているので、照れているだけだとわかった。
「ア、アラタはそういう話はないの?」
「俺? 色々あるけど、話してもわかりづらいんじゃないかなぁ」
なにせ俺の話をしようと思ったら、日本のことになってしまう。
レイナには異世界から来たことは伝えているし、たまに向こうの世界の話もするが、だからといって一度も見たことのない世界は想像出来ないだろう。
――俺、絵が下手だからなぁ。
以前スノウに請われて日本の絵を描いてみたことがあるが、残念ながらなにも伝わらなかった。
あのときのみんなの表情は、とても優しいものだったのが余計に心にきたものだ。
「わからなくても聞きたいわ」
「そう?」
「ええ。貴方のこと、もっと知りたいもの」
レイナとはそれなりに長い時間を一緒に過ごしているし、家族みたいなものだと思っている。
それでも正直、今の言葉はぐっときた。
「そっか。それじゃあ……」
俺は平静を装いながら自分の過去を改めて話していく。
とはいえ、過去に話したしんどい話をまたするのも違うだろうなと思ったので、子どもの頃の話。
「へぇ、そしたら平民でもみんな学校に通うのね」
「うん。みんなで遊ぶときに用意しているのとかは、だいたい学校で友達とやったことが多いかな」
思えば、この島ではなんちゃってスポーツなんかもよくやってきた。
カティマは野球が好きなのか、今でもたまに道具を用意して遊びに来るし。
とはいえ、スノウがあまり興味がないせいで、結局別の遊びに付き合わされたりしているのだが。
「文字だけじゃなくて算学に歴史かぁ……改めて聞くととんでもないわよね」
「大陸だとどんな感じなんだったっけ?」
「基本的に学校に通うのは貴族だけね。あと一部の商人の子どもとかが、将来のコネを得るために入学したりとかかしら」
そこで学ぶのも、ほとんどが貴族としてのマナーなどらしい。
勉学もやるが、貴族は家庭教師を雇っているため入学するころにはそれなりに勉強も出来る状態だったそうだ。
「あれ? 魔法とかはどうやって学ぶの?」
「子どもの頃に魔法の適正があるか一斉に調べて、そこで才能のある子には師匠が付くのよ」
「へぇ。じゃあそのときにエディンバラさんがレイナを弟子にしたんだね」
「ええ……あの時はビックリしたわ」
大陸最強の魔法使いが弟子にするなんて、その時点で将来が約束されたようなものだもんなぁ。
とはいえ、レイナ本人は魔法使いに憧れるより孤児の世話をしてくれたシスターのようになれたらいいって思ってたから、あんまり望んでなかったみたいだけど。
「最初のころは本当に嫌だったわ。私が凄い魔法使いになれたら孤児院の子たちの環境がもっと良くなるって聞かされてなかったら、逃げ出してたかも」
「どうだろう。結局レイナは最後までやりきる気がするけどね」
「……んんー」
なんだかちょっと可愛い感じで複雑そうな顔をしてるけど、たとえ嫌なことがあってもレイナが逃げるとはとても思えない。
「実際、逃げなかったから今があるんでしょ」
「そうだけど……逃げられなかったというのもあったし……」
どうにもエディンバラさんとの過去の話になると、彼女はどこか子どもっぽくなる。
普段見れないレイナに、やはり微笑ましく思ってしまいつい頭に手が伸びた。
「頑張ったおかげで、俺は今レイナと一緒に居られるんだよ」
「むぅ……アラタ、なんだか子ども扱いしてない?」
「してないしてない」
レイナは頭を撫でる俺の手を両手で押さえる。
もしかして嫌だったかな? と思ったが、俯いた割りには手は離してくれなかった。
「でもそうね。そう考えたら、今までやってきたことは絶対に無駄じゃ無かった、か」
そうして手を下ろすと、レイナはそのまま指を絡めてくる。
俺はそれを受け入れて、軽く力を入れた。
「久しぶりに、もう少しゆっくりしましょうか」
「そうだね」
スノウにはなにか喜ぶお土産でも用意しないとな、と思いつつ、手を繋いだレイナと一緒にこの島をゆっくり回り始めた。
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