第125話 解決

 俺がギュエスと家に戻ると、不安そうな顔をしたサクヤさんが待っていた。


「お兄様……」

「サクヤ……すまん!」


 ギュエスはそう言うと、勢いよく頭を下げた。

 それまでなにを言われるのだろうと心配していたサクヤさんも、突然の行動に驚き目を丸くする。


「我はお前の気持ちを考えず、ただ自分の言葉だけを押しつけてしまった! 我は兄なのに、話を聞くということをせずまず否定してしまったのだ!」

「あ、あの! 顔をお上げください!」


 サクヤさんは慌ててギュエスに近づくと、その肩に触れて顔を上げさせようとする。

 しかし元々の力の差もあってびくともしない。


 気持ちはわかるが、このままでは話が進みそうになかった。


「ギュエス、話を聞くんでしょ。だったら貌を上げて、サクヤさんのことを見ないと」

「あ……うむ」


 自分のしていることと言葉が矛盾していることに気付いたのか、ギュエスはようやく顔を上げた。


「お兄様は、いつも私の話を聞いてくれません」

「お、あ……その」

「喧嘩だと出かけてばかりで、家のこともしてくれませんし」

「いや、それはだな……鬼神族の男というのはそういうもので……」


 拗ねた様子でこれまでの不満を語っていくサクヤさんに対し、どんどんと身体が小さくなっていくギュエス。

 少し関係ない話が出ている気もするが、それもご愛敬だろう。


 ギュエスはこちらに向けて助けを求める視線を送ってくるが、これも兄妹のコミュニケーションと諦めて貰うとして……。


「レイナ、スノウを迎えに行こうか」

「そうね」

「あ、兄者! それに姉者も⁉」

「お兄様、まだお話しは終わっていません!」

「あ、はい」


 家から出て行こうとする俺たちをギュエスは引き留めようとするが、サクヤさんの一言で大人しくなる。


「ギュエスはちょっと反省して、サクヤさんの話をちゃんと聞いてあげるように」


 縋るようなギュエスを置いて、俺たちは外に出てマーリンさんの家に向かう。


「ちょっと可哀想だったかな」

「いいんじゃない。サクヤさんも結構ため込むタイプみたいだし、たまにはこういうもの」

「そうだね」


 扉をノックをすると、マーリンさんが出てくる。


「あら、もう終わったの?」

「今はサクヤさんがギュエスに甘えて、言いたいことを全部吐き出してるところよ」

「そう、なら上手くいったのね」


 そう言いながら、マーリンさんは中に入れてくれる。

 ティルテュはよく遊びに行っているが、俺はあまり入ったことのないので少しだけ緊張した。


 一人で住んでいるためそう大きくない家のため、廊下を歩くとすぐにリビングがある。

 そこにはカーペットの上で寝転がり、エディンバラさんの膝を枕に寝ているスノウの姿。


「スノウ寝ちゃったんですね」

「ああ。中々いい遊びっぷりだったぞ」

「遊んでくれてありがとうございます」

「気にするな。どうやら私は、子どもが嫌いじゃないらしい」


 寝ているスノウの頭を撫でる仕草は優しく、言葉の通り子ども好きなんだろうと思う。

 ただ隣に立っているレイナは、そんな彼女の姿が自分の知っているものと違いすぎて、かなり複雑そうな表情だ。


 俺からすれば出会ったときからこんな感じなので、むしろ七天大魔導の面々が言う暴君のようなエディンバラさんの方が違和感があった。


 エディンバラさんは俺とレイナを見てから、ちょいちょい、と手招きをする。


「どうしました?」

「……せっかくだ。スノウはもう少し私が見ているから、二人は逢瀬でも重ねてくると良い」


俺が近づくと、彼女は少し顔を近づけてレイナに聞こえないように囁いた。


「逢瀬って……またずいぶんと古風な言い方ですね」

「ん? そうなのか?」


 そう聞き返されて、この世界の言葉が自然と日本語に翻訳されているのだから、変なことはないのだと気が付いた。

 今更だが、俺が聞いている言葉は全部この世界のもので、彼らの口調もそれっぽく聞こえているだけ。


 ――まあ、だけど本当に今更だよなぁ。


 この島に来てからそれなりになるが、これで困ったことはないし、多分困ることもないだろう。


「多分、俺の気のせいでした」

「そうか。それでどうするんだ?」

「それじゃあ……」


 どこかそわそわした顔をしているレイナを見る。

 先ほどのギュエスたちではないが、最近二人だけでゆっくり話す機会も少なかった気がする。


「お言葉に甘えさせてもらいますね」

「ああ」


 レイナに振り向き、二人で出かけようと伝えると、彼女は一度スノウを見た。

 穏やかに眠っていて、しばらく起きそうにない。

 それに起きてもエディンバラさんとマーリンさんが見てくれる。


「……うん」


 少し照れた顔をして、彼女らしくない子どものような返事。

 それがどこか可愛く思えて、俺もちょっと恥ずかしい気持ちになった。

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