第124話 兄の役割
完全に固まってしまったギュエスに対して、サクヤさんは不安そうな表情。
当然だろう。
父のように育ててくれた兄に、犬猿の仲とも言える古代龍族の、しかもライバルを好きになったなど認めて貰えるとは到底思えないからだ。
「ギュエス……」
「な、なにを言っておるのだサクヤ! あ、ははは、そうか! これは兄者たちも巻き込んで我をからかって――」
「……」
冗談として笑い飛ばそうとしたギュエスだが、サクヤさんの真剣な表情を見て言葉を止める。
「……本気、なのか?」
「はい。私は古代龍族のグラム様に恋をしております」
「……兄者も、姉者も知っていたのか?」
「うん」
「ええ」
「そうか……」
俺たちが頷くと、ギュエスは無言で立ち上がり、フラフラとした様子で家の外に出て行く。
サクヤさんが追いかけようとするが、それは俺が手で制した。
「今度は、俺が行ってくる」
鬼神族でサクヤさんたちが出て行ったときと同じような状況。
俺は追いかけるように、家から出る。
逃げ出すように、というよりは状況に頭が追いつかず無意識に身体が動いてしまったのだろう。
ギュエスはただフラフラと、森の中に向かって歩いてた。
「……」
ギュエスの横まで駆け寄り、そのままなにも言わずにただ歩く。
俺やギュエスの力を恐れて魔物や動物たちは近寄ってこないので、森は静かなものだ。
時折聞こえてくる木々のせせらぎや木漏れ日など、本来は気分が上がるはずなんだけど……。
――まあ、この状況じゃ無理だよなぁ。
チラリとギュエスを見上げると、幽鬼的な表情。
ただ前を向いて歩くだけの姿はどこかパンデミックが起きたゾンビのようだ。
まあ、今はただ付き合おう。
そのうち意識を取り戻して話をしたくなったとき、誰かが傍にいた方が絶対にいいのだから。
「あ……」
しばらくして森を抜けると、海に出た。
まさかまた誰か流れ着いていないよな、と周囲を見渡しても誰もいないので、少しだけホッとする。
――レイナにゼロス、マーリンさん、そしてエディンバラさんと、だいたいここに流れ着いてるみたいだからなぁ……。
とはいえ、ゼフィールさんは気が付けばこの島にいたというので、なにか特別な力が働いてる感じはする。
などと思っていると、ギュエスは迷うこと無く海岸を突き進み、そのまま海に歩いて行く。
「え?」
「……」
足に水が浸かっても、止まる気配がないんだけど――。
「ちょ、さすがにそれはストォォォォプ!」
「ぬが⁉」
思わずギュエスの肩を掴んで浜辺まで引っ張る。
そのときの勢いが強すぎたのかギュエスが変な声を上げるが、さすがに今のは見過ごせなかったから許して欲しい。
「はっ――⁉ こ、ここは⁉」
頭まで水浸しになり、周囲をキョロキョロと見渡す。
どうやら本当に無意識に行動していたらしい。
「ふむ、どうやら兄者の家で衝撃を受けたような気がしたが、今は外なのでやはり勘違いだったか。なにせサクヤが、あの幼い頃から可愛がってきたサクヤが……」
ギュエスの身体がぷるぷると震え、瞳からは涙が零れ始める。
それらは海に落ち、波に流されて消えていき――。
「お、おおぉぉぉぉん! なあ兄者ぁぁぁぁ! 先ほどのは夢だよなぁぁぁ⁉ そうと言ってくれぇぇぇぇ!」
それが切っ掛けだったのか、何度も波に身体を濡らしながら大泣きし続ける。
しばらくして、泣き止んだギュエスは海から出て浜辺に座り込んだ。
俺はその隣に座って、海を見る。
「ちょっとは落ち着いた?」
「……む、うむ」
浜辺で膝を抱えながら座るギュエスはどこか思春期の子どもみたいだ。
「なあ兄者、サクヤは何故グラムのことを、その、好きになったのだ?」
「それは俺の口からは言えないよ」
「う、むむむむ……」
「だけどさ、もしあのサクヤさんが好きになったんだったら、それだけの魅力があったんじゃないかな?」
グラムが古代龍族のリーダーをやっているのは決して強さだけじゃないと思っている。
もちろん彼らにとって強さというのは絶対的な指標だろうが、それでも横暴なリーダーだったら下剋上が起きたって不思議じゃない。
そしてそれはギュエスにも言えることだ。
誰よりも仲間と家族を大事にしていて、みんなを守るという強い意志をいつも感じていた。
だからこそ彼らは、それぞれ互いのリーダーを信頼して付いて来ているのだろう。
「なぜ、よりによってグラムなのだ……」
「やっぱり認められない?」
「当然だ! 奴は我のライバル! そんな男に我が妹を任せるなど……」
「でもギュエスさ、前に言ってたじゃん。鬼神族の女は強い男に嫁ぐのが幸せなんだー! って」
「ぬ? なんの話だ?」
――きしんぞくのおんなはつよいおとこにとつぐのがしあわせなんだー!
初めて鬼神族の里でギュエスと飲んだ日、酔っ払いながらそう言った。
完全に酔っていたからこそ、この言葉が本心だとわかる。
「この里の者は我より弱い! とかもね」
「そ、そんなこと、我が……?」
「うん、結構はっきり言ってたよ」
まあでも、それは事実なのだろう。
――だからサクヤさんは俺のことを好きなんて勘違いしたんだろうなぁ……。
誰よりもサクヤさんの幸せを願っているギュエスは、自分よりも強い男を求めている。
鬼神族と古代龍族の集団を一人で相手に出来る俺は、きっとお眼鏡に叶っているのだ。
だけど俺も、そしてサクヤさんもそれぞれ想いは違う。
「グラムの強さはギュエスだって認めてるよね」
「だが、奴は古代龍族で――」
「それを言ったら、俺は人間だよ」
多分、と最近人間と言っていいのかちょっとだけ自信が無くなってきているけど、それは今は言うまい。
「別に、鬼神族と古代龍族が恋人になったら駄目なんてルールはないんでしょ?」
「それは、そうだが……」
「それに最近見てても、グラムとギュエスは結構相性いいと思うんだ」
喧嘩するほど仲が良いとでも言うのか、二人はぶつかり合いながら己を高めているようにも思える。
だからきっと、家族になっても大丈夫だと思うのだ。
「それはない、が……」
ギュエスは膝を抱えながら空を見る。
「やつの強さだけは、認めている」
「うん、今はそれでいいんじゃないかな。どっちにしてもさ、グラムはこのことを知らないんだし」
「そうなのか?」
「そりゃそうだよ。だってサクヤさんは昔グラムと会ってから、一度も喧嘩してるところに連れて行って貰えてないんだからさ」
まあだからこそ、恋い焦がれているのかもしれない。
昔の人も会わず手紙のやりとりで、いつか会える日を求めて自らの恋を高めていったような感じか。
――まあ、その手紙というのがギュエスの語りなわけだけど……。
そう考えると、ちょっとだけ不憫な気がしたので、考えるのは止めておこうと思う。
「それで、どうするの?」
「……我は、サクヤが幸せになれるならそれでいい」
「うん」
「もしグラムの奴が幸せに出来るというなら、認めてやらんでもない」
「そっか。なら、そのことをサクヤさんに伝えてあげないとね」
立ち上がり、ギュエスに手を伸ばす。
ゴツゴツとした手に握られ、引っ張り上げた。
「それじゃあ帰ろうか。今日は泊まっていっていいから、存分に話し合ったら良いよ」
「ああ……」
森に向かって進むと、ギュエスが立ち止まる。
「ギュエス?」
振り向くと、頭を下げていた。
「兄者、感謝する……」
「話を聞くのは兄貴の役割だからね」
顔を上げると、出て行ったときとは違ってすっきりした表情になっていた。
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