第123話 帰宅

 今回の件、部外者があまり立ち入るものではない、とゼフィールさんは鬼神族の里に残ることになった。

 そのためギュエスと一緒に家に向かっているのだが、森を歩きながらどういった経緯でそうなったのかを改めて考えてみる。


「しかし、サクヤはなぜ家出など……」

「そうだねぇ……」


 そもそも、鬼神族にとって古代龍族との喧嘩が大切なものだという認識はサクヤさんにもあったはずだ。


 いくらグラムのことを好きだと言っても、そこに無理矢理割り込むことが出来るわけでも無い。

 それよりも、俺たちを経由して知り合った方がいいだろう。


 ――ちゃんと紹介をする約束もしたのだから、それが理由とも考えづらいんだよなぁ。


「なにか心当たりはないの?」

「むぅ……」


 ギュエスは悩んだ様子で、思い浮かばないようだ。

 まあサクヤさんだって気持ちを胸の秘めているのだから、当然か。


「そういえば最近、グラムを見ないけど……」

「ん? ああ、なんでもあやつ、女を拾ったらしい」

「……」


 女を、拾った……?


「どうやら兄者たちと同じく島の外から漂流してきた者のようでな。怪我もしているようで、しばらく介抱のために喧嘩が終わればすぐに帰ってしまうのだ」

「そのこと、サクヤさんは、知ってるの?」

「我が言ったから知ってるぞ」


 なるほど、と空を見上げる。

 好きな人の下に女性が転がり込んだと知って、居ても経っても居られなくなってしまったと。


「それは、サクヤさんがこういう行動を取るのも、仕方ないよね」

「む、なにがだ?」

「……とりあえず、家に行こう。そこでちゃんと話をした方が良いと思うんだ」

「う、うむ……?」


 ギュエスは戸惑った様子だが、理由がはっきりした以上早めに帰って色々と進めてしまった方がいいだろう


 普通に歩いていてはかなり時間がかかるため、途中からは駆け足で家に向かう。

 そのおかげで日が暮れるより早く到着することが出来て、扉を開いた。


「あ、ぱぱ! お帰り!」

「あれ? レイナは?」

「んーと、サクヤお姉ちゃんと大切な話があるからって、あそこ」


 スノウが指さすのは、マーリンさんの家。

 どうやらあそこで女子会をしているらしい。


「……」

「あそこだな!」

「ギュエス、ちょっと待った!」


 慌ててそちらに向かって行こうとしたギュエスの腕を掴み、とりあえず家に入れる。

 そして力尽くで引っ張っていき、ソファに座らせる。


 その正面には俺も座り、なぜかやってきたスノウが寝っ転がって頭を膝に乗せてきた。


「いったん冷静になろう」

「だが兄者! 我は兄として……」

「多分これから、なんでサクヤさんが必死だったのかを伝えられると思う」


 おおよその事態は把握出来たが、ギュエスを連れてきたのはもしかしたら不味かったかもしれない。

 とはいえ、この辺りはおそらくレイナが主導となって色々と話をしてくれているはず。


 そう信じて、俺に出来ることはギュエスの心の準備をさせておくことだ。


「兄者は、サクヤが出て行った理由がわかったのか?」

「うん。ただこれはちょっと、サクヤさんにも時間を上げて欲しいかな」


 今考えると、レイナたちがサクヤさんを連れ出したのはナイス判断だったようにも思える。


 冷静になる時間は誰にでも必要だ。


「スノウ、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「んー?」


 膝の上に頭を乗せて転がっているスノウを一度起き上がらせる。


「あのね、ままたちに俺とギュエスが待ってることを伝えてきて欲しいんだ」

「なんでぱぱは行かないの?」

「今は女の子だけで話をしてるからね。それで、理由はわかったから準備が出来たら帰ってきて欲しいってままに教えてあげて」

「……うん!」


 ソファから降りて、スノウはそのままマーリンさんの家に向かって出て行く。

 それを見送って、俺はお茶を入れてギュエスが落ち着くまで雑談をするのであった。




 しばらくして、レイナたちが帰ってくる。

 サクヤさんは気まずそうな顔をしていて、それを見たギュエスもまた緊張感を高め、奇妙な空気が家の中に流れた。


「あれ? エディンバラさんは?」

「自分がいても出来ることはないだろうからって、マーリンと一緒にスノウの面倒を見てくれてるわ」

「ああ、なるほど」


 昨日の様子を見ると、マーリンさんの顔もだいぶ引き攣ってそうだなぁ。

 しかしゼフィールさんにしても、エディンバラさんにしても、気を遣ってくれる人たちだ。


 そんなことを思いながら、俺はギュエスの隣に移動をし、正面にレイナたちが座れるようにした。


「……」

「サクヤ。我になにか不満があるなら言うが良い」

 

 腕を組んだギュエスは、やや高圧的な雰囲気。

 兄として、一家の大黒柱としてやや威圧的になっている様子だが、実は内心では緊張しているのがよくわかる。


「私は……お兄様たちの戦いが……」

「サクヤさん。そうじゃないでしょ」

「……」


 顔を伏せながら震えるサクヤさんに、レインがそっと手を添える。


「言いたいことを言わないと、後悔するわよ」

「そう、ですね」


 レイナの言葉にサクヤさんが顔を上げてギュエスを見る。

 対するギュエスも緊張した様子だが、覚悟を決めた顔をしていた。


「うむ。我も隠していることがあるので、お前に伝えないといけないことがあってな……だから話はちゃんと聞こうと思う。」

「わかりました。では、私からお話しします」


 俺とレイナが席を離れようとしたが、目線で残っていて欲しいと訴えられたので止まる。

 

「いいの?」

「ああ。我は聞いて、そして兄としてすべてを受け入れる。その姿を兄者にも見届けて欲しい」

「わかった」


 そうしてソファに座り直し、俺はサクヤさんの言葉を待つ。


「私は――」



 ――古代龍族のグラム様のことをお慕いしているのです。


「……は?」


 それを聞いた瞬間、これまで緊張した様子で固かったギュエスの顔が崩れ、とても言葉では言い表せない表情となった。

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