第122話 泣き上戸

「ぬおぉぉぉ……サクヤァァァァ……! なぜ、なぜだぁぁぁ!」


 サクヤさんが出て行ったことがショックだったのか、ギュエスが涙を流しながら自棄酒を飲み始める。

 俺とゼフィールさんはこの状態で置いていくわけにも行かず、酒に付き合うことにした。


「ほらギュエス。サクヤさんも本気じゃないと思うから、泣き止みなよ」

「う、うぅぅ……だが、こんなこと今までなかったのだぁ……」


 大の大人が号泣する姿はあまり見ていて気持ちの良い物ではないが、それだけショックだったのだろう。


 酒を注いでは呑み、注いでは呑みを繰り返している。


「参ったなぁ……」


 このままだと身体に悪いしどこかで気絶させるか? と悩んでとゼフィールさんが心配そうにこちらを見ていた。


「アラタ殿はあまり心配しておらぬのですな」

「ん? なにがです?」

「レイナのことですよ」

「ああ」


 どうやらレイナはスノウも連れて行ったらしく、家に戻るともぬけの殻だった。

 ただ手紙が置かれており、サクヤさんのことは家で見ておくから心配しないで、とあったので大丈夫だろう。


「まあレイナなら大丈……」


 ふと、恋愛事に関してポンコツ具合を発揮した彼女を思い出した。

 

「家にはヴィーさんがいるから……」


 ヴィーさんがいたら事態をよりややこしくしそうだと思いだし、言葉を止める。


「……エディンバラさんがいたら大丈夫かな?」

「うぅむ……あの方は今記憶を失っておるからなぁ。それにこの二百年、恋に現を抜かしたという話はついぞ聞いたことがないので」

「駄目かも」


 どうにもメンバーが悪い。

 というかそもそもこの島で一番恋愛事に詳しいのは誰だろうと思うと、思いつく人がほとんどいなかった。


「あ、エルガか」


 神獣族の兄貴分である彼なら恋愛相談も乗ってくれるかもしれない。

 あとはマーリンさんだけど、ティルテュの行動を見ているとあの人の恋愛観もちょっと偏ってそうなんだよなぁ。


「オオォォォン! サクヤァァァァ!」

「そろそろ気絶させちゃおうか」

「それはあまりに無情では……」


 とはいえ、一度落ち着いてからじゃないと話にならないと思うから仕方ない。

 酒に酔って潰れる様子もないので、とりあえず布団を持ってくる。


「ほらギュエス、ここで寝よう」

「われぁ……さくやをぉぉぉ、こんなぁちいぃさいときからそだてていたのだぁぁぁ」

「はいはい」


 暴れるギュエスを無理矢理連れいき、そのまま布団に押さえ付ける。

 枕に顔をうずくめてもがもが言ってるが、しばらくすると沈黙。


「寝たかな?」

「中々力業でしたな」

「この島の人たちは頑丈だから、これくらいは大丈夫だよ」


 この手段は神獣族で暴れる面々に、リビアさんとか女性陣がやっていたのを真似たものなのだ。

 さすがにこれはコピーの範囲外だったのだが、意外と上手くいった。

 

 しばらくすると、岩を動かしているようなイビキが聞こえてきたので、ばっちりだろう。


「そう考えると俺もだいぶこの島に慣れてきたもんだ」

「この島に来てから長いのですか?」

「まだ半年も経ってないはずですけど……まあ毎日が濃いから」


 レイナと出会って、神獣族のみんなやティルテュ、それにアールヴの里に行ったりと、いろんなところに行ったものだ。


「そういえばエルフの里にはまだ行ってないなぁ」

「エルフは大陸にもいましたが、ここのエルフはまたとんでもないのでしょうな」

「どうだろう? アールヴの友達はいるけど、まあまあ普通だよ」

「アラタ殿の普通は当てにならなさそうですが、ワシもこの島は気に入ってしまいましてな。良ければまた案内して貰えないでしょうか?」

「いいですよ。そしたら今度、男旅でもしましょうか」


 そんな気軽なノリで会話をしつつ、ギュエスが残した酒を注いで軽く杯を合わせる。

 先日も温泉で話をして思ったが、本当に苦労人だこの人。


 ブラック企業で働いていたときのことを思い出すと、自然と涙が出てくる。

 これからどうするつもりかは決めていないらしいが、できる限り力になりたいと思ってしまった。


 


 そのまま眠った翌朝、目が覚めて顔を洗って戻ってくるとギュエスは畳に頭をこすりつけいた。


「兄者、情けない姿を見せてしまい申し訳ない!」

「ああ、いいよいいよ。だから顔上げて」


 元々赤い肌だが、額だけ異常に赤くしているのは相当力を込めていたからだろう。

 それだけ反省しているなら、もう冷静に話が出来そうだ。


「育ててきた妹君が家出をしたのであれば冷静にもなれまいて」

「そうだね」

「兄者、ゼフィール殿……」


 感極まった様子だが、このまま変にテンションが上がってしまってはまた困る。

 早めに今回の件は解決させてあげないと、俺も帰りづらいのだ。


「というわけで、サクヤさんが見学に来ることを認めてあげようよ」

「……しかし、それでは」

「大丈夫だって。成人してるのに里にいるのを気にしてるんだろうけど、サクヤさんならきっとわかってくれるって」


 そこさえクリア出来れば、色々な問題が解決出来るのだ。


 例えば、サクヤさんとグラムを合わせることとかも。


「む、むむむ……」

「ギュエスが子どもの頃から育ててきたんでしょ? そこは信頼してあげなきゃ」

「そう、だな。あいわかった! サクヤにはしっかり説明をしよう」


 ようやく納得出来たのか、ギュエスの顔もすっきりしたもの。

 この流れでついでに約束もさせておこう。


「うんうん。そのとき、もしかしたら彼女からもお願いがあるかもしれないけど……」

「我のことを納得してもらうのだ。ならば兄として、願いの一つや二つ叶えて見せよう!」


 言質取った! と笑ってしまいそうになるが、まあこんなだまし討ちみたいなことで強制するのはさすがに可愛そうか。


「だから……その、兄者」

「ん?」

「もしものときは、我を助けてくれるか?」


 大きな身体をしているくせに、妙に身体を縮こませてそんなことを言う。

 ギャップがあって、ちょっと面白いけど、本人としては真剣なのだろう。


「大丈夫だよ。だって俺は、ギュエスの兄貴分だからね」

「おお……」


 瞳を輝かせる姿はどこか可愛い感じがする。

 まあ言葉にした以上、しっかり間に入って解決させてあげよう。


「それじゃあ、まずはサクヤさんを迎えに行こうか」

「ああ!」


 昨日泣き続けたのが嘘のように、ギュエスはすっきりした顔で立ち上がるのであった。

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