第121話 すれ違い

 せっかく鬼神族の里にやってきたのだから、また数日お世話になろうかな。


 俺が家を完全に空けると、魔物がやってきて壊したりもしてくるので少し心配だが、今はヴィーさんが引き籠もっているのでおそらく大丈夫だろう。


 そんなことを考えながら、ゼフィールさん、エディンバラさん、レイナと、俺を含めて四人でサクヤさんの家に行くと、なにやら言い争うような声が聞こえてきた。


 怒っているらしく、その声から力が外まで零れているような感じだ。


「これ、ギュエスよね? どうしたのかしら?」

「入ってみる?」


 振り向いてそう言うと、レイナ以外の二人が険しい顔をしている。

 エディンバラさんはそうでもないが、ゼフィールさんは顔色がだいぶ悪くなっていた。


「アラタ殿は、この力を前にしてなにも感じないのですか?」

「え? まあ結構強い感じはするけど……ああそうか」


 以前ならこれくらいの力でもだいぶ強いなと思ったが、最近ヴィーさんと本気でやり合ったこともあって感覚が麻痺してることに気がついた。


 真祖の吸血鬼であり、そして最強種の中でも最も古いヴィーさんの力はやはり頭一つ抜けているらしい。


 ギュエスやティルテュたちも同じく強い力を持っているが、まだまだ若い。


 この島でも本気のヴィーさんと同レベルは、スザクさんや闇の大精霊であるシェリル様といった悠久の時を生きる人たちだけらしい。


「でもレイナも平気だよね」

「まあ平気ってわけじゃないけど、さすがに慣れたわ。多分この島に来たときだったら、気絶してたかもしれないけど……」


 ゼフィールさんは顔色こそ悪いが、それでも気絶をするほどではなさそう。

 エディンバラさんも警戒こそしているだけで、気圧されている様子もなかった。


 とはいえ、この状況で二人を中に連れて行くわけにもいかないだろう。


「それじゃあ俺たちが行って事情を聞いてくるから、二人ちょっと待っててくれます?」

「ああ、それが良いだろう」

「わかりました」


 そうしてサクヤさんたちの家に入ると、怒号はさらにはっきりと聞こえてくるようになる。


「だから! 我らがやっているのは神聖な儀式で、それはわかって――」

「ギュエス、外まで声が聞こえてるけど、どうしたの?」


 扉を開けるとサクヤさんに詰め寄る形のギュエス。

 そして普段のおしとやかな雰囲気のサクヤさんには珍しく、悲しそうな顔をしていた。


「む? ああ、兄者か! 丁度良かった! 兄者もサクヤを説得してくれ!」

「説得って言われても、まずは事情を……」

「っ――⁉」


 ギュエスが視線を逸らした瞬間、サクヤさんが走り出す。

 その瞳には涙が浮かんでいた。


「あ! まだ我の話は終わってないぞ!」

「アラタ! 私はサクヤさんを追いかけるから、貴方はギュエスを!」

「あ、うん」


 走り去っていくサクヤさんを捕まえようと手を伸ばすギュエスの腕を掴み、そして拘束。

 その間に彼女は家から出て行き、レイナも追いかけていった。


「兄者! なぜ邪魔をする!」

「いや、ちょっと事情がわからないままだったけど……サクヤさん泣いてたからさ」 

「う、ぐ……」


 カッとなっていただけなのか、ギュエスもその言葉で力が抜ける。

 そしてその場に座り込んだ。


「それで、なんであんなに怒ってたの?」

「聞いてくれるのか?」

「そりゃあ、ね」


 サクヤさんのことも心配だが、レイナが追いかけたから大丈夫だろう。

 話を聞こうと思って、しかし外に二人を待たせていることを思い出した。


「ちょっと待ってて」


 一度外に出ると、ゼフィールさんだけが立っていて――。


「あれ? エディンバラさんは?」

「走り去るサクヤ殿と、レイナを追いかけて行ってしまわれた……」

「そうなんですね」


 まああの人なら大丈夫だろう。

 レイナとかゼロスたちの反応を見る限り、過去には結構色々とやっていた人なんだろうけど……。


 ――少なくとも、記憶を失ってこの島で生活をしている姿は優しい人だし。


 個人的には頼もしさもあり、大人な対応をしてくれる人だと思っていた。


「……今はギュエスも落ち着いてますけど、ゼフィールさんはどうします?」

「この里の者には世話になりましたからな。もし良ければ事情を聞かせて頂き、力になれることがあるなら……」

「じゃあ一度中に入りましょうか」


 そうして再び部屋に入ると、ギュエスがあからさまに凹んでいた。


「うぅ……兄者。我は、兄失格だ……」

「まあそう言わずにさ、先に事情を教えてよ」

「……実は――」


 そうしてギュエスはポツポツと話し始める。


 事の発端は、サクヤさんが鬼神族と古代龍族の決闘を見たいと言いだしたことだ。

 鬼神族にとってそれは成人の儀式でもあり、神聖なもの。


 特にギュエスはリーダーとして、これに強い想いを持っているのは知っている。

 それと同時に、彼は自らの罪を理解していた。


「知っての通り、我はもう先祖の名を知っている」

「うん」

「だが我は、まだそのことをサクヤに話していない」

「……ああ、なるほど」

「どういうことですか?」


 俺はその言葉ですぐに事情を理解したが、まだこの島に来てから日の浅いゼフィールさんは理解出来ていない様子。


「えっと、ギュエスたち鬼神族と古代龍族って、お互いを高め合うライバル同士なんです」

「そういう相手がいるのは良いことですな」


 過去になにかがあったのか、感慨深い表情。

 

「強くなった子は自身の先祖の名前を知って、成人になるんです」

「ふむ……ギュエス殿は非常に強い力を持っているように感じますが、これでまだ成人ではない、と?」

「それが……」


 チラっとギュエスを見る。

 これを俺が話すのは違うと思ったからだ。


「我はもうすでに成人している。そして、鬼神族は成人したらあの山に戻らねばならぬのだ」

「つまり……ギュエス殿はそれを隠していたと言うことですか?」

「うむ。とはいえ、サクヤにだけだがな」


 この里にいるのは成人していない鬼神族ばかり。

 掟でそうなっているとはいえ、ギュエスだってまだこの里の友人やサクヤさんと一緒にいたい。


 その気持ちは仲間たちにも伝わっており、その事実を知っていてもみんな山に行けとは言わないでいた。


「サクヤさんには言ってなかったんだ」

「あれは真面目だからな。もし我が掟を破っていたと知れば、山に行けと言うだろう」

「……」


 別に成人したから会えないというわけではない。

 だが鬼神族はプライドが高く、成人していないのに大人たちの住む山へ向かうのも、逆もまたあまりないことらしい。


「それじゃあさっきのは……」

「サクヤが我らの喧嘩を見たいと言い出して、ついカッとなってしまったのだ。サクヤからすれば、ただ兄の雄姿を見たいだけだったのかもしれないのに、我は、我は……」


 自分の都合で怒鳴ってしまったことで、相当ショックを受けているようだ。

 ただ多分、サクヤさんはグラムに会いたかったんじゃないかなぁ、なんて思う。


 ここでそれを言ったら追い打ちになりそうだから言えないけど。


「まあレイナが追いかけたから大丈夫だと思うけど、帰ってきたらちゃんと謝ろうね」

「……それが良いでしょうな。なに、サクヤ殿ならきっと許してくれますとも」

「うん。俺からも言うからさ」

「兄者、それにゼフィール殿……」


 俺たちの言葉にギュエスは感動したように瞳を潤ませる。

 大きい身体をして、相変わらず子どもみたいだなと思う。


 やっぱり、まだ成人というには早いよなぁ。


 そんなことを思いながら、男三人で笑い合っていると、レイナたちが帰ってきた。


「あ、お帰りレイナ。実は――」

「お兄様……」


 真剣な表情のサクヤさんが前に出る。

 そして一言。


「しばらく家出させて頂きます!」

「え?」

「それでは!」


 そしてこちらがなにかを言うより早く、彼女はそのまま出て行った。

 レイナとエディンバラさんがついて行くように外に出て行き、そして残った男三人。


「……」

「……」

「……」


 それぞれ言葉もなく、ただ気まずい空気が流れ続けるだけだった。

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