第119話 合流
サクヤさんの家の中でもあまり大きくない部屋の中、気まずい空気が流れていた。
とりあえず俺の隣にはレイナと、コアラのように彼女の胸に顔を埋めながら抱きついた状態スノウ。
顔が見えないが、ピクリとも動かないから寝てるのかもしれない。
正面にはゼロスとマーリンさん。
そして俺たちから見て上座の位置にナナシさんと、年配の男性が座っている。
「えーと、そしたら先にレイナたちの事情を教えてもらってもいいかな?」
「え、ええ。そうね」
チラチラと、ナナシさんを見ながらレイナは口を開く。
「事の発端は、鬼神族の里からギュエスがやってきたことからなんだけど……」
「鬼神族の里に人間がやってきたって言ってよ。その名前がどうも俺たちの知ってる名前だったんだよ」
レイナ、ゼロス、マーリンさんがそれぞれ事情を説明してくれる。
座っている老人の名前はゼフィール・アントマン。
七天大魔導の第二位にして、雷皇と呼ばれるほどの実力者。
そして、ゼロスたちの上司だった男性らしい。
彼は気付いたときにはこの鬼神族の近くで倒れていたそうだ。
「うむ……そしてこの里の者たちに助けて貰ったのだ」
海から船で来たはずなのに、気付いた場所は山の上。
夢遊病でなければなにか特殊な力が働いたとしか思えない現象で、彼はまず下手に動かず情報収集から始めたらしい。
そうして凶悪な魔物に襲われたところを、鬼神族の戦士に助けて貰ったという。
「色々と話を聞いた中で、ここが目的であった最果ての孤島だということを確信したのだが……」
「身動きが取れなかった?」
「う、うむ」
今一瞬、妙に歯切れの悪い返事をしたような気がしたけど……気のせいかな?
レイナやゼロスもだが、七天大魔導という最強の魔法使いたちですらこの島の魔物を相手にしたら分が悪い。
最近はテュルテュとかとの鍛錬のおかげもあって戦えるようになってきたけど、そこそこ強い魔物の場合は逃げの一手だから仕方ないのだろう。
「それが一週間前の出来事で、近くを通った鬼神族の奴らが教えてくれたんだよ」
「え?」
「なに?」
俺とナナシさんの声が重なる。
それが気になったのか、レイナが不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、俺がナナシさんを見つけたのが昨日なんだけど、そのときに漂流してきたっぽかったから」
「まあ、状況としてはそうだろう」
「ああん? そりゃ確かに変だな……」
一端状況を整理してみよう。
まず一週間前、ゼフィールさんが唐突に鬼神族の里の近くに現れた。
そして一人で行動するのも危険だと、今日まで鬼神族とともに生活をしていたという。
「で、昨日みんながここに集まったんだよね」
「ええ」
レイナたちが鬼神族に行ったのが昨日で、同時に俺はナナシさんを海岸で見つけたとなると……。
「やっぱりだいぶズレてるね。一週間も海に彷徨ってたら死んじゃうと思うし……」
「気絶していた身としてこういうのもなんだが、漂流していたのはそう長い期間では無いと思う」
「そうよね……」
とはいえ、この島のことを深く考えても仕方ないことかもしれない。
もっと不思議なことはたくさんあるし、そもそも生態系とかバグってるし。
「まあこっちはそんな感じで、この爺がいるって聞いて慌てて来たわけだ」
「なるほど……」
そうして、ゼロスたちの視線がナナシさんに向く。
「一応聞きたいんだけど、彼女もその……」
「ええ、七天大魔導『第一位』にして、終焉の怪物。始まりにして最強の魔法使い。そして――」
――私の師匠よ。
とても嫌そうな顔で、レイナはそう言った。
ナナシさん――本当の名前はエディンバラ・エミール・エーデルハイド。
色々と話を聞いた感じでは、七天大魔導の面々は相当彼女を恐れている様子だった。
「彼女がレイナの話に出てきたお師匠様だったんだね」
「ええ。まさか師匠がここまで来るとは思わなかったわ……」
色々と情報が飛び出してきて、全員が疲れた状態。
サクヤさんが気を利かせてくれて、それぞれが別々の場所に泊まれるようにしてくれた。
俺たちはスノウの一言で同じ部屋で寝ることになり、今は浴衣に着替えて窓の外から里の光を見下ろしていた。
ちなみにスノウはもう布団で眠っている。
ナナシさん……エディンバラさんはゼフィールさんが責任を持って共にあると言うことで、別の部屋にいる。
「アラタには話したことがあるけど、本当にとんでもない師匠だったのよ」
「あはは……」
それはレイナの修行時代の話。
子どものレイナを危険な魔物の溢れる荒野に置き去りにされたとか、半死にするまで魔力を使わさせられたとか……。
とにかく無茶苦茶な修行を繰り返していたと言っていたっけ。
「本当に、本当に滅茶苦茶だったんだから!」
「んー……ままうるさい」
「あ、ごめんなさい」
身体を起こし、目をこすりながらちょっと怒ったスノウに謝る。
そして再び寝てしまった彼女を見て、俺たちはちょっと笑い合った。
「まあ、師匠が来たのも驚いたけど……記憶喪失になったことはもっと驚いたわ」
「そうだね」
「スノウも懐いてるみたいだったし……」
俺の知っているナナシさん――エディンバラさんは優しい人だった。
少なくとも、レイナの話からは想像も出来ないような人で、だからこそ不思議に思う。
「このまま記憶も戻らなければ良いのよ……」
「あ、ははは……」
とはいえ、たった一日一緒に過ごしただけの俺と、何年も共にあったレイナでは重みも違うか。
「その割には、ちょっと嬉しそうに見えるけど」
「そんなわけない!」
「ままー」
「あぁ、その、ごめんね」
「ん……」
また眠そうなスノウに怒られる。
「それで、これからどうしようか」
「……とりあえず、ゼフィールに任せましょう。師匠とは百年以上一緒にいる、あの人の右腕だから」
「百年、か」
まだ三十年くらいしか生きてない俺からしたら、百年も一緒にいるっていうのはどういう状況なんだろうか?
ずっと傍にいて、それでも離れないなにかが二人の間にあるというのなら……。
「やっぱり悪い人じゃないんじゃないかな?」
「なんでそういう結論に至ったのかわからないけど、あの人が記憶を取り戻したらきっとまた大変なことになるわ」
「あはは、まあそれは今更だからさ」
ただ問題は、エディンバラさんだけではない。
ゼフィールさんの話では、まだこの島には他の七天大魔導の面々や、前に島の外で会ったことのある勇者パーティーの面々も一緒にいるはずらしい。
彼女たちも歴戦の戦士たちだから大丈夫だろう、とのことだけど……。
「ちゃんとみんな、見つかると良いね」
「聖女の子たちは無事だったらいいと思うけど、カーラとセティは……どっちでもいいわ」
「あはは……」
あまり好きじゃないのは伝わってきたが、それでも死んで欲しいと思っているわけではないらしい。
とりあえず、明日から色々とこの島を回ってみよう。
ゼフィールさんみたいに、海以外のどこかに飛ばされている可能性もあるのだから。
「明日から、また忙しくなるな」
「別にアラタがしないといけない事じゃ無いと思うけど」
「だとしても、だよ」
島中を巻き込んだ大宴会を開くなら、みんなが笑い合える状況でありたい。
だから誰かが犠牲になるとか、そんなのは絶対に嫌なんだ。
「だから、頑張るよ」
「……アラタらしいわ
そう言うと、レイナは一瞬だけ困った顔をして、そのあと優しく微笑んでくれた。
肩をコツンと乗せてくるので、俺はそれをただ受け入れる。
そうして、鬼神族の夜は更けていった。
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