第118話 遭遇
「ままー、ままー、ままに会えるー」
家から出てから鬼神族の里までの道中。
先頭を歩くスノウは途中で拾った木の棒を持ちながら歌い、ずいぶんとご機嫌だ。
レイナに会えるのがよほど嬉しいらしい。
「一日しか経ってないんだけどなぁ」
「子どもの時間は大人とは違うからな。私たちにとって一瞬に過ぎていく時も、幼い子どもにとってはとても永く感じるものだ」
「ああ、そうかもですね」
たしかに、大人になってからの時間の流れというのはあまりにも早い。
特に社会人になってからは、一年があっという間に過ぎていったものだ。
俺からしたらたった一日でも、あの子からしたらとても長い時間だったのかも……。
「改めて考えると怖い」
「それが成長するということだろう」
「そうですね」
しばらくして、以前と同じ山道に入る。
ここを上ってしまえば鬼神族の里だ。
「スノウ、抱っこしてあげるからこっちおいで」
「うん!」
木の棒を持ったまま俺を素直に近づいてきたスノウを抱き上げ、ナナシさんとともに坂を上っていく。
「しかしレイナたち、なにがあったんだろう」
マーリンさんとゼロスも一緒だということは、もしかしたらまた七天大魔導の人がやってきてたりして……。
もしそうなら――。
ふと、隣を歩くナナシさんを見る。
彼女もまた、記憶を無くしてるとは関係者なのかもしれないな。
そう思っていると見覚えのある里の入り口が見えてきた。
「ほぉ。これは中々」
「凄い景色ですよね」
以前来たときも思ったが、巨大な穴に流れる源泉というのは迫力が凄い。
大自然と人工的な作りが混ざり合ったこの雰囲気は、なんとも言えない力を感じるのだ。
「レイナたちがいるとしたら多分……」
「サクヤお姉ちゃんとこ!」
「そうだね」
今日はいきなり来ちゃったけど、この島の人たちは大体約束とかなく遊びに来るから大丈夫かな。
まあそもそもこの島にはスマホなんかもないし仕方が無いから連絡の取りようがないんだけど……。
「変わった香りに、不思議な景色だ」
ナナシさんも感心した様子で辺りを見ながら、付いてくる。
いろいろな種族の人たちが歩いている姿は、以前レイナと来たときに俺も感じたことだ。
「あっ、ゼロス!」
「おう、アラ……」
サクヤさんの家に向かっていると、途中でゼロスの背中を見つけたので声をかけるとこちらを向いて、そして固まった。
「……」
唖然とした様子で、俺の隣に立つナナシさんを見ている。
やっぱり知り合いだったのか、と思いながらとりあえず近づくと、彼は引き攣った表情をしていた。
「いや、あいつだって来たんだ……だったらいてもおかしくは……」
「ゼロス?」
「おい……なんでこいつが一緒にいるんだ?」
戸惑った様子のゼロスになんて答えようかと思っていると、ナナシさんが前に出る。
「どうやらお前は私を知っているようだな」
「あ? なに言ってやがる」
「私は記憶喪失らしくてな。この島に来る前の事はなにも覚えていないのだよ」
そう言った瞬間、ゼロスは微妙に引き攣ったような、なんとも言えない顔をした。
とりあえず、一端落ち着いた場所に行こう、ということでサクヤさんの家に行くことに。
「ちょっとだけ頭を整理させてくれ」
やはり知り合いなのは間違いないのだが、名前すら教えてくれないのはどういうことだろう。
ナナシさんだって、本名くらいは知りたいだろうけど……。
「気にするな」
「え?」
「あの男が私の正体について言葉を濁しているのは、なにか理由があるのだろうからな」
当の本人が気にしていないので、俺からなにかを言う必要はなさそうだが、ゼロスの態度はとても不自然だった。
まるで、彼女の正体に触れて記憶が戻るのを恐れているような……。
「ナナシお姉ちゃん」
「ん? なんだ?」
「色々思い出しても、スノウと遊んでくれる?」
「ああ、もちろんだ」
たった一日だが、スノウはだいぶ心を許している。
ナナシさんにしても、スノウのことを可愛がってくれている様子なので、きっと記憶が戻っても大丈夫だろう。
「まさかこんな姿を見る日が来るとはなぁ……」
ナナシさんを見たゼロスがぽつりと呟く。
いったい彼女がなんだというのだろうか?
「そんなに隠さないといけないことなの?」
「あー、いやその……俺一人で抱え込みたくねぇって感じだな」
「……」
「レイナたちもいるからよ。つーかそいつも関わってることだから、全員揃ってるところで一回相談させてくれ」
「分かった」
俺としては、ここまで知ったナナシさんのことを信じたい。
たった一日だけだが、彼女が悪い人だとはとても思えないのだ。
スノウと手を繋いで歩く彼女は、優しく微笑んでいるのだから。
サクヤさんの家にはレイナと、マーリンさん。
それに見慣れないお爺さんがいた。
三人は三人とも、顔をぽかんとさせて驚いた表情。
その視線の先にいるのは、当然のごとくナナシさんだ。
「な、なんでアラタと一緒に……?」
「ままー!」
「きゃっ――⁉」
レイナがなにかを言いかけたが、それより早くスノウが突撃し、彼女の胸に飛び込んだ。
よっぽど恋しかったのだろう。
もう離さないと言わんばかりに、小さな腕でがっちりくっついた。
「ままー。いきなりいなくなって寂しかった」
「あ、あのねスノウ」
「寂しかった!」
ちょっと怒ったような態度を取りながらも、甘えるのは止めない。
レイナもそんなスノウにタジタジになり、優しく抱きしめる。
「……置いていってごめんなさいね」
「むぅ……許すけどしばらくこのまま!」
そんな微笑ましい光景なのだが、その横ではマーリンさんは顔を引き攣らせてナナシさんを見たまま。
お爺さんは驚いた様子だが、ゼロスたちとの態度とは違う感じ。
「どうやらここの人間たちは全員、私のことを知っているようだな」
その言葉に、事情を知らない三人が驚いた声を上げる。
対してナナシさんは飄々とした様子。
「私は記憶がない状態なのだ」
そう言うと、この場にいた俺とスノウ以外の面々がなんとも言えない表情をした。
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