第116話 留守番中
「スノウの勝ちー!」
「む、負けてしまったか……」
スノウとナナシさんがやっているのは、玩具のお魚釣りゲーム。
クルクルと回る円盤の中にいる玩具の魚たちに向けて釣り糸を垂らし、釣っていくだけのシンプルなものだ。
俺が前世のときに覚えていた玩具を再現し、レイナによって魔力で動くようにしてもらったものだが、今のスノウのお気に入りの玩具でもある。
「つぎー!」
「ああ、今度は負けないぞ」
二人は小さな玩具を挟んで、カタカタと動く円盤に向けて釣り糸を垂らす。
微笑ましい光景なのだが、ナナシさんの表情は真剣で、やっていることとのギャップが少し面白い。
「わーい!」
「むぅ……」
そして再びスノウが勝ったらしく喜んでいる。
ナナシさんは悔しそうに、自分が釣った玩具の魚を指で突いていた。
「しかし、ただの玩具だと思ったらずいぶんと立派な魔道具だ」
「え? そうかな?」
「ああ。寸分違わず同じ動きを繰り返す魔道具というのは繊細で作るのが難しい。熟練の技が必要だからな」
ちなみにこの玩具、俺がイメージを伝えると、レイナがすぐに図面を引いてくれた
後は言われたとおりに作っていっただけである。
それできちんと遊べる玩具を作れるのだから、この家を作ったときも思ったけど、レイナってやっぱり万能過ぎると思う。
「それを子どもの玩具にするなど、よほどの親馬鹿だぞ」
少しだけ呆れた様子だが、そこに悪意はない。
むしろ優しげな雰囲気すらあった。
「ぱぱとままが作ってくれたんだよ」
「そうか、愛されてるなスノウ」
「うん! スノウもすきー!」
玩具を放り出し、俺に突進してきた。
相変わらずの強い衝撃だが、なんだかんだでこの身体は無敵に近いので受け止めることは出来た。
だけどねスノウ。せっかく作った玩具を放り出すのは良くないかなぁ。
「そういえば、少しは記憶が戻りました?」
スノウの髪の毛をわしゃわしゃしながら尋ねると、ナナシさんは首を横に振る。
「いや、残念ながらなにも。さっきのもなんとなく言葉が出てくる感じで、意識的に思い出すことは出来そうにないらしい」
「そうですか……」
魔道具の話が出たからてっきり記憶が戻ったのかと思ったが、残念だ。
ただ言葉の端々から、彼女が高名な魔法使いなのは何となく分かった。
それならきっと、レイナたちに聞けばなにか記憶を取り戻す手掛かりは掴めるだろう。
「とりあえず今日は泊まっていってくださいね」
「ああ、すまない……」
ふと、ナナシさんが険しい表情をして外を見る。
何かあったかな、と思って俺も外を見ると、まあまあ強い力を感じた。
どうやらこの島の魔物が近づいてきたらしい。
「今は俺がいるから大丈夫ですよ。多分そのままどっか行きます」
「そうか……まあまあな力を感じたが、貴方がそう言うのであれば大丈夫なのだろう」
その言葉に少し驚いた。
この島の魔物は、七天大魔導のゼロスたちでも死を覚悟するレベル。
最近は以前よりだいぶ強くなって、一部の魔物には勝てるらしいけど、まだうさぎクラスになると相打ち覚悟でないと苦しいらしい。
そんなこの島の魔物の力を感じて、まあまあと言えるのは彼女の実力が高いからなのではないだろうか?
俺が近づいていた魔物の力をしっかり感じてみる。
「強さは、エンペラーボアくらいか……」
俺がそう言った瞬間、スノウの瞳が輝く。
「おにく⁉」
「うーん、食べれる魔物かまではわからないよ? それに、向かってこないなら狩らないし」
「そっかぁ」
空から気配を感じるのでおそらく大型の鳥系の魔物だし、食べられるだろう。
残念そうな顔をするスノウが可愛そうなので、狩ってしまおうかな……。
「む、去っていくな」
「あー……」
どうやら俺の気配に気付いたらしい。
遠ざかっていく魔物の気配に、スノウも残念そうな表情で空を見上げた。
「ママが帰ってきたら、美味しいご飯が食べれるからね」
「はーい」
スノウの頭を撫でつつ、そういえば慌てて出て行ったというレイナたちは大丈夫だろうか?
ゼロスとマーリンさんも一緒に出たって事は、魔法に関することだろうけど……。
「あれ?」
「ん、どうした?」
「いや……」
家の中で寝ていたはずのヴィーさんの気配が消えた。
「スノウ、ヴィーさんはなにか言ってた?」
「んーん」
「そっか」
ということは、本当に誰にも言わずに出かけたのか。
別に構わないんだけど、普通にリビングにいるのに声をかけなかった理由が少しだけ気になった。
「なるほど……奥にいた強い力の人がいなくなっているな」
「うん。どっか出かけたみたいです」
「そうか……」
ほんの少しだけ、ナナシさんが複雑そうな表情をする。
「なんとなく、どこか懐かしい気配だと思ったのだが……」
「懐かしい?」
「記憶がないのに、なにを言っているのだろうな」
初めて見たとき、どこか彼女の雰囲気がヴィーさんに似ているような気がした。
もしかしたら彼女も不死の存在で、この島に来る以前からヴィーさんと知り合いなのかもしれない。
「帰ってきたら紹介しましょうか?」
「……ああ」
一拍置いて頷く彼女の心境は、いったいどんなものなのだろうか?
「それにしても……」
レイナ達の慌ただしい様子。
突然いなくなったヴィーさんに、島の外からきたナナシさん。
「また、なんだか騒がしくなりそうだなぁ」
まあよく考えたらそれもいつものことか、と思う。
この島に来てから今まで、楽しく騒がしい日常が続いていて、落ち着いたことなんてほとんど無かったのだから。
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