第115話 記憶喪失

 今まで色んなトラブルと遭遇してきた俺だが、記憶喪失は初めてだ。


「すまない。降ろして貰ってもいいだろうか?」

「あ、うん」


 お姫様抱っこで運ぼうとしていた体勢から、彼女を地面に降ろす。

 彼女がどういう状況なのかわからないが、力強い眼差しには不安そうな雰囲気はなかった。


「状況を顧みるに、貴方が私を助けてくれたようだな」

「ああ、うん。って言っても見つけただけだけどね」

「なに、目が覚めたときに親切な人間がいてくれる。それだけで精神面も安定するものだ」

「おお……」


 なんというか、言葉の端々に相手を気遣えるような、懐の大きさを感じた。

 記憶喪失なのに大人だ、と思っていると彼女は周囲に熱風を発生させ、さっと水を乾燥させる。


「今のは魔法?」

「ん? そういえばそうだな。無意識に使っていたらしいが……」


 たまにレイナがやるドライヤーみたいな魔法。

 こういう生活に応用した魔法は結構繊細で、ゼロスなんかは火関係以外は苦手だと言っていた。

 それを無意識で行えるあたり、この人って結構凄いのかも……。


「名前もわからないんですよね?」

「ああ……困ったな」


 少女は海を見て、再び俺を見る。


「この島にはなにか不思議な力を感じる……貴方の名前は?」

「藤堂新。アラタでいいよ」

「そうか。私のことは……とりあえずナナシとでも呼んでくれ。呼称がないと困るだろうからな」


 黄金の髪をなびかせながら、ナナシは柔らかく微笑んだ。



 とりあえず、事情がわからないがあのままにしておく訳にはいかないと、ナナシを家に連れて行くことになった。

 海までは道を舗装して終えているので歩きやすくなっているし、最近はこの森の魔物たちは俺の匂いを覚えているのか、近づこうともしない。


「凄いな」

「分かるの?」

「ああ。とはいえ、なにが凄いのかは分からないが、この道に込めれた力がとんでもないものだということだけは分かる」


 言葉遣いといい、格好といい、軍人のような雰囲気だ。

 感心したように歩きながら、視線は絶え間なく周囲を警戒していた。


「多分魔物は襲ってこないよ」

「貴方の力を恐れてか」

「うん。どうも警戒されてるみたい」


 まあ狩りと称してティルテュやルナと一緒に魔物たちを恐れさせているのだから、仕方ないんだけど。 

 森を抜けると、家の外でスノウが竹とんぼで遊んでいる。

 

「ただいまー」

「あ、ぱぱー!」


 飛んでいった竹とんぼなど忘れたように、スノウは勢いよく抱きついてくる。

 可愛い感じにふわふわの髪を撫でてあげると、気持ちよさそうに見上げて笑顔を見せた。


「おかえり!」

「うん。レイナは?」


 スノウが外で遊んでいるとき、レイナも椅子を用意して外で本を読むことが多いのだが、周囲には誰もいない。


「なんか、マーリンおばちゃんたちと慌てて出てったよ? スノウはおうちでまっててーって言われた」

「慌てて? どうしたんだろう?」


 たしかにゼロスやマーリンさんたちの気配はなく、どこかへ行ったらしい。

 しかしスノウを置いて行ってなどレイナらしくはなく、ただ事ではない。


「どこに行ったかわかる?」

「んーん」

「そっかぁ」


 それじゃあ仕方が無い。

 心配だけど、レイナもゼロスたちもこの島にはだいぶ慣れてるし、それぞれベテランの戦士だから大丈夫だろう。

 それに、今は記憶喪失のナナシさんを放っておく訳にもいかないし……。


「私のことは気にしなくても良いぞ」

「さすがにそういう訳にはいかないですよ」


 今日は珍しく家に誰も遊びに来てないから、誰かがいないと家が魔物たちに壊される可能性がある。

 多分家の奥ではヴィーさんが寝てるだろうから大丈夫だろうけど、待つしかないだろう。


「とりあえず家でママが帰ってくるの待とっか」

「うん」


 スノウがそう頷きながら、不思議そうにナナシさんをジーと見る。

 初めて見る人に対して、よくやる仕草だ。


「はじめまして?」

「初めましてだ」

「そっかぁ!」


 なにがおかしいのか、スノウは明るく笑いながら俺の手をひっぱって走り出す。

 そんな様子をナナシさんは微笑みながら、ゆっくりと付いてきてくれた。




「なんというか、人の手があまり入っていない島だというのに、ここはずいぶんと人工的な物が多いな」

「ああ、なんか大陸から持ってきたものも多いみたいだからね」


 家の中に入ったナナシさんは、外と家の中とのギャップにやや驚いている様子。

 たしかにもう慣れてしまったが、レイナが持ってきた物って未開の孤島を探索するにはずいぶんと自由な物が多い。


 本人曰く、ストレス緩和は重要であるということと、この島で死ぬ可能性もあったから持ってこれる物は全部持ってきた、という感じらしい

 おかげでずいぶんと快適な生活をさせて貰っている。


 スノウはナナシさんのことを気に入ったらしく、近くをうろうろとしている。

 俺はとりあえずお茶を用意してソファに座る彼女に渡し、これからどうするべきかを悩んでいた。


「なにか思い出したことはありますか?」

「いや、さっぱりだ」


 さっきの魔法の件を考えると、彼女は高名な魔法使いである可能性が高い。

 と言っても、大陸にはエルフもいるって話だから、もしかしたら全く関わりの無い人かもしれないけど……。


「奥になにかいるな」

「ああ、一人寝てるけど多分夜には起きてくるよ」

「……」


 おそらくヴィーさんの力を感じ取ったのか、少しだけ警戒した様子。


「よくからかってくるけど、危険はないので……」

「貴方がそう言うのであればそうなのだろう」


 なんだか、彼女から妙に信頼されているような気がする。

 助けたからからな? と思っているとスノウがズボンを引っ張ってきた。


「ぱぱ……あそぼ?」

「あー……」


 レイナもカティマたちもいないため、スノウが少し寂しそうに見上げてくる。

 普段は誰かがスノウの相手をしてくれるからなぁ。


 とはいえ、流石にナナシさんもいるし……。


「なら私も一緒に遊ぼう」

「いいんですか?」

「子どもが寂しそうにしているのだ。なら付き合うのが大人の役目だろう」


 見た目はナナシさんも子どもに見えるけど、まあエルフかなにか長寿の種族なのかもしれない。

 それに本人の貫禄のようなものもあって、子どもには思えないけど……。


 まあでも、そう言ってくれるならお言葉に甘えよう。

 どちらにしても、俺じゃどうすることも出来ないし、ヴィーさんが起きてくるかレイナたちが帰ってくるまで遊ぶかな。


「それじゃあスノウ。なにか持っておいで」

「うん!」


 自分の部屋にある宝箱を取ってきて、なにをしようかわくわくしながら玩具を漁る。

 あとでちゃんと片付けないと、レイナに怒られるんだけど、今の楽しそうな顔を見ると注意をする気も起きないな。


「ふ、貴方の子は可愛いな」


 そんなスノウを、目を細めて見つめるナナシさんの表情は、とても優しそうだった。

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