第114話 新たな遭難者
太陽の光がカーテンから差し込み目が覚めると、布団の中で抱きついてくるヴィーさんがいた。
正確には、寝ている俺の首に牙を突きつけて、チューチューと血を吸っているヴィーさんだ。
「……なにしてるんですか?」
「朝食だが?」
まるで悪びれた様子もなく、少し顔を上げて一言だけ返すと、再び牙を突き立ててきた。
そして始まる吸血行為。
朝から気怠さを感じるので止めさせたいところであるが、ヴィーさんにとって吸血行為は間違いなく生きるための手段。
つい先日、俺はヴィーさんに生きて欲しいと願い、色々あって彼女の住む城を壊してしまった責任もある。
結果的に城を直すまで家に住むことも、そしてこうして生きるために吸血行為を受け入れるのも、仕方が無いだろう。
「ところで、レイナのご飯じゃダメなんですか?」
「ん……まあそもそも真祖に飯も血もいらん」
「……じゃあなんで吸ってるんです?」
「旨いから。あと――」
扉が開く。
レイナがこちらを見ている。
とっても笑顔だ……怖い方の――。
「……違うんだレイナ」
「ええ、分かってるわ」
「こういうのが、見たいからだな」
そうして怒っているレイナにニヤリと嗤った後、ヴィーさんは自分の服をはだけさせて俺に密着してきた。
もちろん、これからいやらしいことをしようというわけではない。
ただレイナを挑発して、感情を高ぶらせようとしているだけだ。
「ヴィルヘルミナさん、離れなさい」
「いやだ。お前の男というわけじゃないんだから、いいだろう? ああそれとも……」
――実はお前ら、すでにヤったあとだったか?
「――っ⁉ そ、そんなわけないじゃない!」
彼女の綺麗な髪のように顔を真っ赤にして反論するレイナだが、それはヴィーさんの思うつぼだよ。
だってほら、さっきから最高に美味しいな、とでも言いたげな表情でニヤニヤとしてるし。
「じゃあ私が今からヤっても文句などないだろう?」
「こ、こんな朝からそんなの駄目に決まってるじゃない!」
「ほう、ほうほうほう! なら夜ならいいわけだ! なるほどな!」
「あ、今のは違――」
ヴィーさんは俺から離れると、言質は取ったぞ、とレイナを見上げる。
そんな彼女にレイナは推され、戸惑った表情。
「くっくっく……それじゃあアラタ。また夜にお前のところに行くから、せいぜい精の付くものを食べておけよ」
「だ、駄目よ⁉ アラタも、今日はご飯抜きだからね!」
「それはあんまりだ……」
そんな俺たちのやりとりを見て笑ってから、ヴィーさんは自分の部屋へと戻っていった。
釣り竿を持ち、海岸を歩く。
この世界に転生したときに聞いた波の音は俺にとって思い出の一つとなり、聞いているだけで心が落ち着くので結構好きだった。
「まさか、本当にご飯抜きにされるとは……」
朝からからかわれたレイナは、それが冗談だとわかっていてなお、疑いの目を向けていた。
――念のため、念のためだから!
そう言ってみんなが朝食を食べている間、俺だけ飯抜きという悲しい出来事が発生してしまったのだ。
別にこの身体は食事をしなくても死なないし、空腹も鈍いからいいのだが、みんなが美味しそうに食べている中で一人というのは流石に寂しい。
「あと地味に、スノウにままを怒らせたからめっ、って言われたのもショックだ」
というわけで、俺はそんな悲しみを背負って一人海にやってきた。
なんだか昔ドラマで見た、家族にリストラに合ったことが言えないサラリーマンが公園のベンチに一人座る夫、というのが頭をよぎる。
「……いやいや、別にそういうわけじゃないし」
などと脳内の妄想を消し、釣りのベストスポットである岩場の方へと向かっていく。
その道中、足下に紫色の帽子が落ちていることに気付いた。
「ん? なんでこんなものが……」
見た目は軍帽のようだが、この島の住民の物にしてはどうも違和感がある。
そう思って少し離れたところを見ると、海岸に人が倒れていた。
「えーと……」
長い金髪のせいで分かりづらいが、この島の住民ではない雰囲気。
というか、もう三度目になるのでなんとなく状況はわかる。
多分、島の外からの漂流者だ。
「とりあえず助けないと!」
急いで倒れている人に近づくと、レイナたちのとき違って水を飲んだというわけではないらしく、呼吸も安定している。
おそらくショックで気絶しているだけだろう。
「良かった……ってあれ? 耳が――」
大陸の人間は、俺と同じような姿なのはレイナやゼロスたちが証明している。
対して、この少女の耳はとがっていて、人だと思ったがどうやら違ったらしい。
「それに、どことなくヴィーさんに似ているような……」
「うっ……」
とりあえず抱きかかえて家まで、と思っていたら少女が目を覚ました。
赤い瞳と目が合い、驚いた様子。
「貴様は……? いや……」
「あ、目が覚めましたか。俺は――」
「私は、誰だ?」
「……」
そのパターンかぁ……。
濡れた小柄な少女を抱きかかえながら、俺はどこかで笑ってそうな悪戯の神を恨むのであった。
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