第112話 七天大魔導と聖女と勇者と破滅の魔女 中編

「これだけの人がいる前で戦えば、そちらもまずいのでは?」

「戦う?」


 冷静に、と自分に言い聞かせたアークがそう問いかけると、少女は首をかしげる。

 もしや戦闘をする気はないのでは、と一縷の希望を見出した、そのとき――。


「貴様らと私では、戦いにすらならんと思うぞ」

「なっ――⁉」

「こ、れ……」

「あぁ⁉」


 突如、すさまじい重力場が発生し、三人は耐えることもできずに倒れてしまう。

 前動作などなにもなかった。魔力が生まれる瞬間すらわからなかった。


 勇者アークは人類でも最強クラスの実力を持っているし、仲間の二人だってそうだ。

 その三人が、その予備動作すら見えないまま、こうして地面に這いつくばっている状況は――。


 ――格が、違いすぎる⁉


 カーラとセティの二人と対峙したとき、そこまで力の差を感じなかった。

 状況によっては倒せるかもしれないと思ったし、少なくともいずれ追いつき、追い越すことも出来るだろうと。


 しかし、この少女は……。


「質問だ。貴様らは最果ての孤島を知っているか?」

「最果ての、孤島……?」


 少しだけ重力が弱まる。

 おかげで話すことは出来そうだが、彼女の求める答えを三人は知らない。


 彼らの知る島の名はアルカディア。

 最果ての孤島などという名称ではない。


「ふむ……質問を変えよう。貴様らはレイナとゼロスを召喚したらしいが、どこから来たかを知ってるか?」

「知ら……ない」

「そうか」

「がっ――⁉」


 淡々と、感情のない声で一言。

 それだけでアークにかかる重力がさらに重くなる。


「アーク⁉」


 もう言葉すら発することのできない状況に、比較的軽い状態の二人がなんとか抜け出そうとするが、彼女の魔法はびくともしない。


「次は貴様だ」

「知らないわよ! 私たちだって今必死に探してるんだから!」

「そうか……」

「く、ふっ……⁉」


 エリーにかかる重力が増す。

 かつて世界の希望として戦った勇者パーティーが、たった一人に蹂躙される様は、彼らの実力を知ってる者であれば驚嘆することだろう。


 たった一人で災厄級の魔物以上の力を持つ、真正の化け物。

 それを前に、セレスはどうすれば今を逃れられるかを必死に考えていた。


「さて、元聖女。貴様はなにかわかるか?」

「わかりません……」

「貴様がこれまで行ってきた神獣召喚。そこでレイナたちが現れたらしいな。つまり貴様は、やつらが今どこにいるかわかるのではないか?」

「……わかりません」


 本当にわからないのだ。


 神獣召喚は教会ですら本来の力がどのようなものか記載されていない。

 わかっているのは、神によって選ばれた聖女が本当の意味で危険が迫ったとき、守護してくれる存在を呼び寄せる秘術であることだけ。


 実際、彼女が今まで使用してきて二度、同じ相手が出てきたことはない。

 最初は現人神であるアラタ。二度目は神殺しの魔王であるヴィルヘルミナ。そして前回はアラタの嫁と友人である二人。


 どれもアークたちすら圧倒するだけの力を持っていた。

 ふと、ヴィルヘルミナの言葉を思い出す。


 ――なぁに、すでに縁は結ばれた。もしお前たちが本当にアラタに会いたいと思えば、きっと私たちのところにもやって来れるさ


「縁……」

「ん?」

「縁が強くなれば、自然と辿り着けるとおっしゃってました」


 ただ一人、すべての事情を把握してるようなヴィルヘルミナの言葉は、彼女にとっても重要だ。


 ただの言葉遊びにも聞こえるが、あれだけの力をもった存在が、念を押すように話した内容。


 きっとそれには、意味がある。


「そうか……」


 先ほどまでと同じような、淡々とした声。

 また重力が強くなる、と身構えたセリスだが、不意に身体が軽くなった。


「え?」

「情報提供、感謝する」


 それだけ言うと、フードの女性は何事もなかったように自分の席に座った。

 戦々恐々としているウェイトレスを呼ぶと、さらなる料理を注文し始める。


「あ、え……?」


 事態を把握できないセレスたちは立ち上がりながら、どう動くべきか判断に迷った。


 このまま一目散に逃げればいいのか、それともこの場にとどまるべきなのか。

 普通なら前者であるべきだろうが、少女は普通に食事を再開してしまう。


 ほかの面々も、この行動に慣れたものなのか、あまり動じないし、自分たちに敵意を向けてくることもない状態。


 アークたちも困惑したままで、このままではらちが明かないと思ったセレスが声をかけようとすると、先に少女が口を開く。


「……明日、船を出す」

「は?」


 そんな間の抜けた声が自分から出たことに驚くよりも、その言葉の意味の方が驚いた。

 まさか今のは――。


「つまり、あなたたちも一緒に行きましょうってことですよー」

「はぁ!? 私たちがアンタらと!? ふざけてんじゃないわよ!」

「ふざけてなどいないぞ」

「っ――!?」


 つい先ほどまでほぼ敵対関係に近い状態だったというのに、少女はまるで気にした様子はない。


 それが当たり前のことなのだと言わんばかりに、食事を続けていた。


「貴様らの言う『縁』。それが最果ての孤島へ辿り着くための最後のピースだというのであれば、ついて来てもらおうではないか」

「なるほど……おっしゃる通りですな」


 ナプキンで口を拭ったゼフィールが、意味を理解して同意を示す。

 そしてここからは自分が指揮を執る、と言わんばかりに立ち上がると、そのままこちらにやってきた。


「聞いての通りだ聖女殿」

「それに、私たちが同意するとでも思っているのですか?」

「不思議なことを言う。目的地が同じであるなら、一緒に行動した方がいいだろう?」


 それはそうだ。


 だが同じ船に乗るということは、そこから寝食を共にするということ。


「あんたらが信用出来ないって言ってんの!」


 横からエリーが声を荒げる。

 彼女の言う通り、とても信用できる相手ではない。


 ましてや、直接戦闘になれば勝ち目などなく、海という逃げ場のない状況で一緒に行動するなど出来るとは思えなかった。


「いや、一緒に行こう」

「え?」

「アーク!? なに言ってんのよ!?」

「ふむ……」


 アークの言葉に自分を含めてほとんどの者が驚く。

 驚かなかったのは、未だに食事の手を止めないフードの少女のみ。


「いいかいエリー。彼らはやろうと思えば、いつでも俺たちを殺せるだけの強さを持っている」

「……だから?」

「やろうと思えばここで全員気絶させて、強制的に船に乗せることもできるってことだよ」

「っ――!?」


 そうしないことこそが、この場で彼らを信用してもいいという話。

 理屈はわかるが、セレスとてそう簡単に頷けるものではない。


「それに、俺たちには海を渡る船なんてないだろう?」

「そんなの、この街にある船を借りたら……」

「どこまで進むかもわからない旅に、いったい誰がついて来てくれる? ましてや、向かう先は誰一人帰ってこない場所だ」

「……」


 アークの言葉に、エリーがなにも言い返せずに黙り込む。

 そして堂々とした立ち振る舞いでゼフィールと向き合った。


「皆さんは、最果ての孤島に向かうんですよね」

「そうだ。どこにあるか、どうやって行くかすらわからなかったが……聖女の言葉が真実なら、自然と辿り着けることだろう」

「なるほど……なら、お願いします」


 アークはそれが当然だと、頭を下げる。

 相手から無理やりではなく、こちらからお願いする形。


 おそらくゼフィールたちも、最果ての孤島の場所を正確に理解しているわけではない。

 だが消えた七天大魔導の面々が神獣召喚された以上、この海の先に間違いなく繋がっている。


 そしてたどり着くためには強力な『縁』が必要なのだとしたら、自分たちだけでなく、同じ七天大魔導の彼らの『縁』もあった方が、可能性は高くなるだろう。


「なるほど。勇者か……」


 そう呟いたのはゼフィールではなく、フードの少女。


「最初は聖女が鍵かと思ったが案外……面白い」


 これまで食べること以外に興味を見せなかった彼女が、少し楽し気にアークを見た。


「ゼフィール。こいつらは絶対に死なせるなよ」

「はい、承知しております」

「出発は明日の早朝だ。遅れるな」


 そうして食事に満足したのか、少女は立ち去ろうとする。

 ゼフィールは会計をしに行き、残りの二人は少女の後をついていった。

 そして残されたセレスたちは――。


「「「はぁぁぁ……」」」


 力を使い果たしたように椅子に座る。

 そしてテーブルにうつ伏せになったエリーが、弱々しくも言葉を紡ぐ。


「ねえアーク、本当にこれでよかったの?」

「……多分、ね」

「そ、ならいいわ」


 絶体絶命のピンチから生き残ったこと。

 そしてこれから彼らとともに行動をしなければならないこと。

 色々とあったが、結局は命あっての物種だ。


「きっとこれも、アラタ様のお導きですから」

「そうだとしたら、アラタ様はよっぽど私たちに試練を課したいのね」

「あ、ははは……」


 これまで起きた出来事を振りかえると、あまりにも試練が過酷すぎたのは間違いない。


 だがそれでも乗り切った。

 そしてこれからも、乗り切って見せる。


「まあいいわ。たとえなにが起こるかわからない、最悪な航海だとしても、あのメンツがいればマシでしょうし」


 いざとなったら盾にしてやる、と意気込むエリーを見て、セレスは笑う。


 そして翌日――。

 ゼフィールが用意した船に乗り込んだ一行の姿を見たものは、大陸に一人としていなくなるのであった。


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