第111話 七天大魔導と聖女と勇者と破滅の魔女 前編

 堕ちた聖女セレスにとって、教会に追われながらの旅は辛く――同時に楽しいものだった。


 聖女としての自分とは違う、素の自分で見る世界。

 どこまでも一緒にいてくれる、絶対に裏切らない親友たち。

 元々ただの村人でしかなかった自分が、聖女として祭り上げられてからは、教会の言葉通りに生きてきた人生。


 そして今、自分ですべてを選択できるというこの旅。


 自分で考えて行動し続けてきた今は、本当に得難い時間だった。

 だからこそ――。


「まさか、こんなことになるなんて……」


 これが自分たちの旅の果てなのだろうか。

 海上で巻き起こる巨大な嵐という、大自然による災害。

 セレスは自身の乗る船と仲間たち、そして同乗者の誰も生き伸びることはできないであろうと絶望の淵にいた。


「これも、試練なのですか……?」


 死を覚悟しながら、船に乗る前のことを思い出す。



 現人神であるアラタが住むとされる神島アルカディア。

 その手がかりを集めるため、大陸中を見て回った三人は、とある海洋都市に目をつける。


 レイナ・ミストラル、ゼロス・グラインダー、マーリン・マリーン。

 七天大魔導の三人の消息が失われたのは、どれも同じ都市から出た海だからだ。


 アラタの嫁として紹介されたレイナ、そしてゼロスが生きていた以上、その海の先にこそ神島アルカディアが存在するはず。

 そう判断したセレスたちは、教会の追ってを振り切って海洋都市にたどり着いた。


「それじゃあ情報収集するわよ」

「ああ。行方不明になった三人は有名人だからね。情報は必ずあるはずだ」


 闇の勇者アーク、破滅の魔女エリー。

 正義の心を秘め、決して悪として見られるべきではない高潔な二人。

 堕ちた聖女である自分と一緒にいるがゆえに大陸から指名手配されてしまった二人は、それでも責めることなく傍にいてくれる。


 セレスにとってなによりも信頼できる、かけがえのない親友だった。 


「やっぱり、ここには来てたみたいですね」


 それぞれ情報収集をした結果、やはり七天大魔導の三人がここから海に出たことは間違いないらしい。


 問題は、その行き先――。


「いくら話を聞いても、わからなかったですね」

「箝口令が敷かれていたみたいだから、仕方ないわよ」


 大量の兵士たちと、大量の食材や備品を乗せて海に出発したということ。

 結果、誰一人戻ってこなかったということ。

 酒場に集まった三人が集めた情報は、すべて同じものだった。


「困ったね。王国軍が動かした船だと、行き先を知ってる人間なんていないだろうし……」


 うーん、と三人で頭を悩ませる。

 これが市井の船を使ったのであれば、業者を探せばいい。

 しかし軍が関わっているとなると、セレスたちは指名手配を受けている状態ではもうお手上げ状態だ。


「とりあえず、この街の情報屋を探すしかないわね」

「でもエリー、情報屋なんて簡単に見つからないし、なにより危険かも」


 なにせ王国軍が隠している情報だ。

 そこらの酒場で見つけられる程度の情報屋では、ガセネタを掴まされて終わりだろう。


 アークたちは指名手配犯でもあり、迂闊な行動は自分たちの首を絞めることになりかねない。


「とりあえず、今日は休もう。久しぶりにベッドで休めるんだしね」

「……ま、そうね。ゆっくりもしてられないけど、七天大魔導クラスが出てこない限りは追っ手も返り討ちに出来るでしょうし」

「そうですよね」


 いくら慣れているとはいえ、長旅を続けてきた三人だ。

 久しぶりに飲むエールや、丁寧に調理された温かい料理は、心をほぐしていく。

 そうして雑談に興が乗ったところで、隣の席に人がやってくる。


「……あれぇ?」

「……え?」


 聞き覚えのある声に、最初に気付いたのは、セレスだった。

 どうしたの? とアークたちが不思議そうに視線を追う。

 四人組だ。しかもそのうち二人は見覚えのある人物。


「……」

「……」


 全員が沈黙。

 四人のうち、フードをかぶった小柄な人物だけがなにも気にした様子を見せずに席に座る。

 老魔法使いは戸惑った後、それに続き、残りの二人も同じように座った。


「……」

「……」


 そうして先ほどまで意気揚々と会話をしていたセレスたちも、黙々と食事を再開した。

 ただ、その顔は全員気まずそうだ。


「いや無理でしょ⁉」


 席を立ち、テーブルをバンっと叩きながらエリーが叫ぶ。

 酒場は繁盛しており、海の男たちが多い。


 それゆえに彼女程度の力で叩いた音など、周囲は気にもしない。

 ただし、それは隣に座っている人物たちには当然聞こえるわけで――。


「なんでアンタたちがここにいるのよ!」

「いやー、偶然ですねぇ」

「こんな偶然会ってたまるかぁ!」


 四人組のうち、こちらに反応を示したのは魅惑的な女性――カーラ・マルグリッドだ。

 彼女は人懐っこい笑みを浮かべながら、絶妙に頬を引き攣らせていた。


「隣に座って……こんな街中でやる気⁉」

「いやいや、本当に偶然なんですよー。だって今日はみんなで楽しい旅行なんですから」

「……みんな?」


 カーラの言葉に、セレスが疑問を覚える。

 彼女と一緒に行動をしているセティ・バルドルは分かる。

 しかしあとの二人はいったい……。


「カーラ。食事時に騒がしいぞ」


 ビク、とカーラの身体が止まった。

 フードをかぶったまま声を発した人物は、鳥の丸焼きを手に持って豪快にかぶりつく。

 こちらには興味がない、そう言いたげだ。


「あ、はははー。そうですよねー……食事は静かに、ですよねー」


 カーラ・マルグリットは狂気を身に纏ったような女。

 そういう噂が流れ、同時に直接対峙した三人はそれが真実だと知っている。

 そんな彼女が今、完全に怯えた様子を見せていた。


 つまり、このフードの女性は、カーラよりもさらに格上で――。


「……聖女か」

「え?」


 それだけ言うとフードの女性は黙々と食事を再開した。

 小さい身体に次々と入っていく姿を見ると、ただ美味しそうに食べているだけにしか見えない。


「ところであのー、聖女たちを追い詰めて最果ての孤島の情報を得るって話じゃなかったでしたっけー? たしか最重要任務って話だったと思うのですけど……」

「「「っ――⁉」」」


 カーラの言葉でセレスたちに緊張が走った。

 前回の戦いで、カーラとセティの二人にすら勝てなかった三人だ。


 さらなる戦力。しかも残りの二人の実力は、カーラたちすら上回ると推測出来る。

 もしここで戦闘になれば、今度こそ終わりだろう。


 一瞬、少女と目があった。

 フードの奥から見える深紅の瞳は、どこまでも深く先を見渡しているようで、セレスは恐怖すら忘れて見入ってしまう。


「今は食事が優先だ」


 だがそんなセレスたちの懸念など知ったことかと言わんばかりに、食事に集中する。

 これにはカーラも呆れてしまい、そしてすぐにいつも通りに笑い出した。 


「ま、そういうことなので過去は水に流しましょー」

「っ――! そんなわけ!」

「エリー。落ち着いて」


 一瞬、エリーがその言葉に食いかかろうとする。

 しかしすぐにアークが抑え、セレスもまたその言葉に嘘がないと判断しエリーを止めた。


 もしここで彼女たちの気が変わり戦闘になったら、自分たちの身を守ることもできないまま街が滅んでしまう。

 それほどまでに力の差があるのだ。


「くふふ、良い判断です」


 自身の席に戻ったカーラも食事を再開、しようとしたところで自分の席になにも置かれていないことに気付いた。


「あれぇー? 私の分は?」


 セティは自分で注文したものを食べ、老齢の男――七天大魔導『第二位』ゼフィール・アントマンも我関せずという風に食事を続けている。


 そしてどう考えても一人分じゃない皿を並べていくフードの少女を見て、ようやく自分の分が取られたのだと気づいた。


「……ま、また注文すればいいですからねー」


 引き攣った顔をしながらウェイトレスを呼ぼうとすると、フードの少女がその手を抑えた。


「食事は終わりだ」

「え?」

「次はこいつらに尋問するぞ」

「えぇー……」


 十分食べて満足したらしいが、あまりにも自己中心的な動きに、さすがのカーラも呆れてしまう。


 ゼフィールとセティはなにも言わず、自分の食事を食べたまま。


 ――本当に、協調性がない人たちですねー。


 自分のことを棚に上げて呆れるカーラは、とりあえず自分たちのリーダーである『第一位』に従うことにした。


「こんなところでやり合おうっての⁉」


 先ほどまでと打って変わって敵対の姿勢を見せる少女に、エリーが焦った声を上げる。

 周囲にはバカ騒ぎをする人々。

 海洋都市と言うこともあり、海を得意とするような荒くれ者たちが興味深そうに見ているが、彼らは知らないのだ。


 この小さなテーブル席にいるメンバーだけで、都市どころか国すら堕とせてしまうという事実を。

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