第110話 復活

「ふっかーつ!」


 朝早く、家の中でそんな声が響き渡る。

 眠っていた俺たちはその声に起こされて、そのまま声の主――ルナの部屋へと入った。


「あ! お兄ちゃんおはようー!」

「おはようルナ。元気になったみたいだね!」

「うん! 元気元気! いつもよりずっと元気だよー!」


 どうやら昨日の魔力欠乏症は、やはりタマモさんの力を失っていたことが原因だったらしい。

 早速駆けずり回ろうとするルナの首根っこをマーリンさんが捕まえる。


「元気になったとはいえ、昨日は結構危なかったのよ貴方。多分大丈夫だと思うけど、今日一日くらい安静にしてなさい」

「えー!」

「えー、じゃない」


 魔力の大部分を失っていたルナにとって、昨日は命の危機すらあり得た事態だ。

 マーリンさんはそのことを理解しているからこそ、真剣な表情でルナに話をしている。


「あのままだったら貴方、この島の強い力を持つ魔物たちの魔力に当てられて、死んでいたんだから、今日くらい言うことを聞きなさい」

「そうだぞルナ! 我だって心配したんだからな!」

「スノウも!」


 みんなに心配をかけたことを理解したのだろう。

 ルナは普段のシュンとした顔をして、大人しくなる。


「ほら、ベッドに横になる」

「はーい……」


 ベッドに連行されたルナは、もう外にようとはせず素直に布団をかぶった。

 遊びたい盛りのルナにとって、健康な状態なのに大人しくしないといけないこの状況は苦痛だろう。

 それでも自分が周りに心配をかけたことをしっかりと理解して、少し落ち込んだ様子を見せる。


 昨日から泊まっていたエルガとリビアさんが、ベッドの横に膝をつく。


「おいルナ、明日も元気だったら、どっか行くか?」

「せっかくだから、みんなでお出かけしましょう」

「……いいの?」

「おう。行きたいところ、考えとけよ」


 ぶっきらぼうに、それだけ言うと立ち上がる。

 そうして部屋から出ようとするのだが、それを俺は止めた。


「なんだ?」

「今日は一日、ルナの傍にいてあげなよ」

「……ち、わかったよ」


 仕方ない、という風にベッドに戻る姿は、相変わらず素直じゃないなと思う。

 とはいえ、この中の誰よりもルナのことを心配していたのは彼とリビアさんだ。

 だからこそ、今日は傍にいてあげて欲しいと思った。


「まあでも一時はどうなるかと思ったけど、無事で良かったよ」

「そうね」


 俺の言葉にレイナが同意してくれる。


 俺はヴィーさんから先に話を聞いていたから、状態をある程度わかっていたが、ほかの人たちは気が気じゃなかったと思う。

 実際、元気になった今もみんな部屋から出ずルナの様子を見守っていた。


「明日になったら、みんなで遊んでくれる?」

「もちろん」

「全員で、ピクニックでも行きましょう」

「うん! じゃあ今日は……大人しく寝てる!」

 

 そうしてルナはベッドの中でみんなと話しながら、明日のことを楽しみにしているのであった。




 スザクさんにルナが元気になったことを伝えるため、傍から離れられないエルガたちの代わりに、俺が神獣族の里に向かうことになった。

 

「面倒かけて悪かったな」

「面倒なんて思わなかったですよ。ルナは、大切な友達ですから」

「ふ、そうか……」


 素っ気ない言葉に聞こえるが、そこに込められた気持ちは伝わってきた。

 彼女にとって神獣族も、獣人も、我が子のようなもの。

 とても大切にしているからこそ、不安もあったに違いない。


「タマモさんにも直接会いましたし、色々と話も聞きました」

「ほう……」


 俺の言葉に、スザクさんの瞳が厳しいものになる。

 ヴィーさんですら警戒していた彼女のことはきっと、スザクさんもよくわかっているのだろう。


「あいつはなにか言ってたか?」

「いえ……ただ、ヴィーさんのことを気にしている様子でしたね」

「そうか……まああいつらは仲が良かったからな」


 スザクさんは少し遠い目をしながら、思い出すようにそう言う。

 どれだけの時が流れても、色あせることのない時間というのはあるのだろう。


「ヴィーさんには、タマモさんのことは口外するなって」

「へぇ、あいつが……それだけルナのことを大切に想ってたってことか」


 変わったな、と小さく呟く。


 俺がこの島に来たときにはもう、ルナとヴィーさんは仲が良かった。

 だから昔の彼女のことはあまりわからないが、少なくともヴィーさんにとってルナは結構特別な気がする。


「神獣族は、決して不死の存在じゃなく、ただ純粋に強いだけだ。まあ、俺みたいな例外は除いてな」

「……」


 語りだしたスザクさんの表情は真剣そのもので、俺はただ黙って相槌を打つ。


「でだ。当然死んだら終わりなわけだが、タマモに関して言えば、他の神獣族と違う点があってな」


 ――あいつは、死んでも転生して復活する。 


「それって、ルナの身体を奪ってってことですよね」

「おう。まあただ、今回に関してはヴィルヘルミナのやつが事前に手を打ったからな。普通にしてる限りルナはもう大丈夫だ」

「そうですか」


 思わずほっと胸をなでおろす。

 ヴィーさんからも大丈夫だと聞いてはいた。

 それでもやはり心配だったが、神獣族の長であるスザクさんから大丈夫という言葉が聞けて安心する。


「聞いてるかもしれねぇが、タマモのやつは認識できるやつが増えれば増えるほど、力を増す」


 ヴィーさんが言っていたことだと、俺は頷く。


「もしお前がルナのことを本気で守りたいなら、黙ってればそれでいい」

「……ルナは、そのことを知ってるんですか?」

「いや、今の状態なら大丈夫だろ。その代わり、先祖が誰なのかわからないままだろうけどな」

「そうですか。なら俺は、黙ってることにします」

「おう」


 簡潔な返事。

 だがスザクさんの瞳はどこか優しげなものだった。


「ま、変わらずルナと遊んでやってくれや」


 それからしばらく雑談をしてから、スザクさんと別れ、家に戻る。


「お帰りなさい」

「あ、レイナただいま。結構静かだね」

「みんながいるとルナが遊びたくなっちゃうから、解散させたわ。スノウも今はティルテュに付いて行って遊びに行ってるところ」

「ああ、なるほど」


 ルナの様子を見に行くと、エルガとリビアさんだけが残っていた。

 家族水入らずという雰囲気だったので、俺はなにも言わずにレイナのところに戻る。

 

「大丈夫そう?」

「ええ、今のところ特に問題はないわ。ただ……」


 結局、ルナは先祖の名前がわからないままだということらしい。

 俺としてはその方がいいのだが、このままだと成人の儀を行えないそうだ。


「本人はなんて?」

「わからないものは仕方ないよねー、だって」


 たしかにルナの言いそうなことだ。

 なんにせよ、本人が気にしてないなら良かった。


「それじゃあ、今度みんなでルナの回復パーティーでも開いてあげようよ」

「ふふ」


 俺の言葉を聞いたレイナが、おかしそうに笑いだす。


「どうしたの?」

「だってアラタ、ティルテュやスノウと同じことを言うんだもの」


 それを聞いて、二人ともルナのことを想って言ったのだろうと想像がつく。

 たしかに、みんな揃って同じことを言えばレイナが笑うのも無理はないだろう。


「じゃあ、決まりだね」

「ええ。せっかくだから、盛大にやりましょう」


 そうして俺たちは、ルナの回復パーティーでなにをしようか、笑いながら話すのであった。


―――――――――――――――――――――――

【お礼】

本日、1月25日作家になってから2周年となりました。

ここまで順調にこれたのも、読んで下さっている読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!


良ければこれからもお付き合い頂けたらと思いますので、よろしくお願いいたします!


※近況ノート『作家2周年』

https://kakuyomu.jp/users/heisei007/news/16817330652344547173


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