第109話 ルナの異変

 ヴィーさん……最後は普段通りの態度を見せていたけど、本当は……。


「っ――⁉」


 不意に目が覚める。

 外はまだ暗く、深夜の時間帯だというのはわかった。


 先ほどのタマモさんとヴィーさんのやり取り、あれは夢だったのだろうか?

 とりあえず身体を起こそうとしたところで、全身に違和感があることに気付いた。


「身体が動かない……」


 すぐ近くに寝息が聞こえて首を動かすと、俺の腕にくっつくようにスノウが抱き着いていた。

 反対側にはティルテュ。

 両腕を拘束されたこの状態では、身動きが取れそうになかった。


「なんで二人とも俺の部屋で?」


 たしか昨日は女子会をするとかいって、ティルテュとルナ、それにスノウがレイナの部屋に集まって寝ていたはずだ。


 俺が寝ていたときも一人だったんだけど……。


「んー……ぱぱぁ」 

「……まあいいか」


 俺が動いてこの子たちを起こすのはちょっとかわいそうだ。


「仕方がない」


 この天使のような寝顔を見続けながら、ヴィーさんについて考えながら時間を潰すことにした。


 太陽が上り始め、窓から光が差し込み、先に起きたのはスノウだ。

 ぱちりと、まるで電源の入った玩具のように一気に目が開くと、その瞳を輝かせる。


「ぱぱだ!」

「おはようスノウ」

「うん!」


 抱き着いていた腕に力が入る。

 この島には時計がないため正確な時間はわからないが、日の出とともに起きるのは実に子供らしい。

 朝から全力で甘えてくるスノウを見ていると、寝ていても起きてても天使だなと思ってしまった。


「俺、もしかして親バカなのかなぁ?」

「どうしたの?」

「なんでもないよ。ところで、昨日はレイナのところで寝たんじゃなかったの?」

「んー? あれ、ままは?」

 

 どうやらあまり覚えていないらしい。

 まあ多分、夜にトイレにでも行って、帰りに俺のところに来た感じだろう。


「まだ寝てるかもね」

「そっかぁ……ねぇぱぱ、あそぼ!」


 朝起きたらまず遊びたい。

 そういう子どもらしさ全開のスノウを見て思わず苦笑してしまう。


 遊んであげたいのは山々なのだが、反対側ではまだティルテュが寝ているので起き上がれないのだ。


「ティルテュが起きたらね」

「ティルテュちゃん?」


 どうやら俺を見ることに夢中で、ティルテュのことに気付いていなかったらしい。

 再び瞳を輝かせたスノウは嬉しそうに起き上がると、俺を踏み台にして飛び上がりながら、気持ちよさそうに眠っているティルテュに向かってダイブ。


「ティルテュちゃん、あーそーぼー!」

「ぐはぁ――⁉」


 そうしてまだ早朝というべき時間帯にもかかわらず、騒がしい一日が始まるのであった。


 レイナが朝ごはんを作っている間、スノウがティルテュと遊ぶいつもの光景。

 俺はそれを見ながらのんびりコーヒー飲んでいるのだが、ルナがまだ起きてこないことに気付く。


「ルナが朝起きてこないって珍しいね」

「え? あ、本当ね……私が起きたときは普通に寝てたけど」


 基本的に、俺たちの中で一番早く起きることが多いのはルナだ。

 まあ別に早起きしないといけないわけではないのだが、夢のこともあって少し気になった。


「ちょっと部屋、見てきていい?」

「ええ、お願い」


 レイナの部屋に入ると、本棚や机などが整然とされており彼女らしいなと思う。

 そんな中、布団で寝ているルナを見ると――。


「ルナ⁉」


 顔色が悪く、非常に苦しそうにうなされていた。

 慌てて近寄ると、息は荒く、汗も凄い。


「大丈夫⁉」

「う、うぅぅ……」


 俺の声に返事をすることも出来ない状態。

 先日のオルク病のときよりも、明らかに状態が悪いように見えて、焦ってしまう。


「っ――レイナを呼んでくるから、ちょっと待ってて!」


 以前オルク病のときも、マーリンさんの言うとおりに行動をしていただけ。

 医療の知識などない俺が変なことをするより、少しでも知識のある人に見て貰うべきだと思い、レイナを呼んでくる。


「ルナ⁉」

「ルナちゃん⁉」


 三人が急いでやってくるが、また流行り病の可能性があるため、スノウは部屋に入ってこないように言いつけておく。


 そしてレイナが診断する間、ティルテュがマーリンさんを呼んでくる! と出て行った。 


「病気、じゃないわね」

「え?」

「魔力欠乏症……単純に彼女の身体に魔力が失われている状態よ」

「それって、危なくないの?」

「普通の人間なら問題ないわ。でも……」


 魔力はあくまでも、魔法を使うための力であり、人間は生きるために魔力を必要としない。

 だから普通は問題ないのだが、ルナのような獣人は異なるという。


「ルナは神獣族なんて強い力を持った存在で、普通以上に魔力を消耗するわ……だからこのまま時間が経てば……」


 そこまで言って、レイナが目を伏せる。

 状況はそれほど悪いと言うことだろう。

 だがその話を聞いて、俺はほっとした。


「ちょっと待ってて!」


 俺は自分の部屋に戻り、そしてヴィーさんから預かっていた球を取り出す。

 昨日受け取った時点では、禍々しい黒色をしていたはずのそれは、今は初雪で作ったように真っ白な色をしていた。


 それを手に取り、再びルナのところに戻る。 


「レイナ、これを飲ませたらいいはず!」

「……これって」

「昨日のルナの魔力を固めたやつ、なんだけど……」


 俺は昨夜の夢であった出来事を語ろうとして、しかしタマモさんのことは言わない方が良いと言われていた。

 そのためヴィーさんのことだけを話したのだが……。


「わかった……」


 レイナは俺の中途半端な説明にもかかわらず真剣に話を聞いてくれ、そして深くは聞かずに頷いた。


 白い球体をルナの口元に近づける。

 荒い息をしている彼女が飲み込めるのか? と思ったが、本能的にそれが自分の力だと認識しているのか、ごくりと飲み込んだ。


「っ――⁉」


 変化はすぐに訪れた。

 ルナの身体から金色の魔力が一気に膨れ上がり、そして徐々に集約していく。


 ずっと苦しそうだった顔色も今は普段通りに戻り、呼吸も安定し始めた。

 これならもう大丈夫、と全員がほっとしたところで、扉が勢いよく開く。


「ルナ!」


 マーリンさんが血相を変えた表情で、それだけ心配してくれたということだろう。

 事情を説明して安心した様子を見せ、ルナを大切に思っているのがわかって少し嬉しく思う。


「状況はわかったけど……急激に魔力を取り込んだときにどうなるかわからないから、しばらくここで診るわ」

「ええ、ありがとうマーリン」

「……貴方にお礼を言われるようなことじゃないわよ」


 そういえば、この島に来た頃はレイナとマーリンさんは仲が悪かったはず。

 だけど今はそんな雰囲気もあんまり感じられず、親しい友人のように見えた。


「ルナ……早く元気になるのだぞ」

「ルナちゃん……」


 そしてティルテュがルナのことを心配して声をかけ、その横ではスノウも不安そうな顔をしている。

 みんなルナのことを案じているのを見ると、いつも元気で明るい彼女が如何に愛されているかが良く分かった。


「ん?」

「どうしたのアラタ」

「いや……」


 家の外に、ヴィーさんの気配を感じた。

 だがこちらに入ってこないということは、これ以上は干渉する気はないらしい。


「俺、エルガたちに事情を伝えてくるね」


 みんながルナを見守る中、家から出て神獣族の里に向かっていく途中、森の中で一度足を止めて振り向く。


「ヴィーさん?」

「ああ」

「どうしたの? ルナが心配なら、家に入ってもらってて大丈夫だよ」


 普段から悪戯ばかりしているせいでレイナには警戒されているが、ルナを想う気持ちは本物だ。

 それはレイナだってわかっているし、普通に中に入れてくれるだろう。


「いや、そんなのは私のキャラではないだろ?」

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

「キャラ付けは大事さ」


 少し茶化した様子でそんなことを言うが、多分本気でルナのことを心配していたのだろう。


 そうでなければ、こんな朝早くから彼女が動くはずがない。

「それで、俺になにか用?」

「ん……そうだな」


 ヴィーさんにしては珍しく、歯切れの悪い雰囲気。

 一体どうしたのだろうと思っていると、口を開く。


「昨夜のことだが……」

「……」

「まああれだ。タマモのことは、ルナに伝えなくていい」

「どういうこと?」


 たしかにタマモさんはちょっと危ない雰囲気を感じたけど、だからと言って本当に悪い人とは思えなかった。

 ルナにしても、自分の先祖のことは知りたいと思うんだけど……。


「あいつは幻想の中に生きている存在だ。その認識が強くなればなるほど、表面に出てくる」

「……」

「もしルナがその存在を深く知ってしまえば、またあいつが表に出かねない」

「つまり、ルナの身体でタマモさんが出てくるってこと?」


 俺の言葉に、ヴィーさんが頷く。

 それは、ルナが消えてしまうということだろうか?

 だとしたら、タマモさんには申し訳ないけど絶対に防がないと。


「今のところ、あいつの存在を知っているのは私と貴様、そしてフェニックスくらいだ。その程度であれば、ルナがどうこうなることはない」

「知ってる人が多いと、タマモさんの力がより強くなる?」

「ああ。とはいえ、やつも昨日の件で力を使ったから、しばらくはなにもできないがな」


 ふと、タマモさんはなにがしたいのだろうと思った。

 本気で現世に現れたいなら、もっとやりようがあるんだけど……。


「あいつの言葉に意味などないさ。あれはそう、意味のないことを楽しむだけの存在だ」


 それだけ言うと、ヴィーさんは背を向ける。

 どうやらその忠告をしに来たようだ。


「ありがとうございます」


 もしヴィーさんが伝えに来てくれなかったら、俺は夢であったことをそのままレイナたちにも話していただろう。

 そうなればタマモさんの力が増して、ルナの身体が乗っ取られてたかもしれない。


 ふと、タマモさんの言葉が思い出される。


 ――あの子は、はるか昔にあった最強同士が殺し合う、そんな殺伐とした世界を望んでいるのです。


「……ヴィーさんは、タマモさんが復活した方がいいんじゃないの?」

「夢の中で言っただろう? 私はもういいのだ、と」


 淡々と、感情を見せない言葉だけ残してヴィーさんは姿を消してしまう。

 昨日から、いやここ最近の彼女はどうも気持ちの面で不安定な気がした。


 だからこそ、俺はずっと引っかかってることがあったのだが――。


「決めた」


 これが本当にヴィーさんのためになるのかはわからないけど……。


「ヴィーさんが本当に殺し合いがしたいなら……」


 ――俺が全力で戦おう。

 この島の仲間として、彼女の望みを叶えたいと思ったのだ。

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